コラム - ハイライト -

科学、技術を大きく変える光格子時計

東京大学大学院工学系研究科 教授 香取秀俊 氏

掲載日:2015年5月25日

科学技術振興機構理事長定例記者説明会(2015年4月22日)の講演から

光格子時計のアイデアを発表したのは2001年に英国のセントアンドリュースで開かれた周波数標準の国際会議だった。9.11米国同時多発テロが起きた翌日のことだ。7年に一度しか開かれない会議のため、世界各国から原子時計研究のボスたちが皆、参加していた。皆、突拍子もない話と思っただろうが、ボスたちが「これはお前のアイデアだ」と認めてくれた。14年で大変な進歩を遂げた。

秒の再定義の最有力候補に

秒の単位は、昔は地球の自転速度から決められた。季節変動が激しいということで公転速度に変わり、さらに英国のルイ・エッセンがセシウム原子時計を発明し、これが秒の単位となった。1967年のことだ。原子時計は、原子の振り子を使う。周期を知り、何回振れたか数えることで経過した時間が分かる。周期が狂うと時間も狂う。時計の性能は、何日でどれだけ狂うかで決まる。例えばこの腕時計が1カ月で数秒狂うと6桁(10のマイナス6乗)くらいの精度となる。原子の振り子は非常に小さいので、狂いが小さい。ただし、セシウム原子時計も精度は15桁(10のマイナス15乗)が限界だ。

私が発表したアイデアは、「魔法波長」と名付けた特別な波長のレーザー光を干渉させて作った微小空間(光格子)に、レーザー冷却された原子を一つずつ捕獲し、原子同士の相互作用が起きないようにする。次に、これらの原子にレーザー光を当て光を吸収する「原子の振り子」の振動数を精密に測定し、この光の振動を数えて1秒の長さを決める、というものだ。従来、原子時計の実現手法は二つあったが、同じことをやってもしようがない、と新しい手法を考えた。

2003年に科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」で最初の光格子時計を作った。しかし、2005年までは外国の研究者の参入はほとんどなかった。その後、米国、フランスの研究者たちが研究を始め、2006年に日本、米国、フランス3国の研究チームが光格子時計による同じ周波数測定に成功、同年の国際度量衡委員会で「秒の二次表現」、つまり新しい秒を再定義する際の最有力候補に採択された。これで一挙に世界的な競争が始まった。今、世界で20くらいのグループが光格子時計の研究に取り組んでいる。

講演中の香取 秀俊 氏
香取秀俊 東京大学 教授

160億年で1秒しか狂わない時計

われわれは2カ月前に、18桁のストロンチウム光格子時計を作った、と発表し、「160億年で1秒しか狂わない時計ができた」と報道された。セシウム原子時計は15桁の測定しかできない。2台のストロンチウム光格子時計をつないで、比較することで18桁の精度だと確認できた。18桁の時計ができるとセシウム原子時計のいい加減さがよく見えてくる。今までの秒で見えない時間の隙間に新しいサイエンスを見つけようというのが、次の狙いだ。

量子論がどうしてできたかというと、19世紀末ドイツで鉄鋼業が生まれたことと関係している。溶鉱炉の温度制御が大事ということで、プランクが溶鉱炉のスペクトルを見ているうちに光子のアイデアを出し、考えて量子論に至った。今の光格子時計も同じで、時計というツール(道具)を先鋭化することで、科学にフィードバックがかかる。

宇宙の質量の4分の1を占めるといわれるダークマターは、今の物理のモデルで説明できないのでいろいろな考えが出ている。光格子時計を使うとダークマターが見えるかもしれない。欧州原子核研究機構(CERN)で大勢の研究者が宇宙の根源に迫る研究をしている。スモールサイエンスである光格子時計で同じことに挑戦しよう、と考えている。

サイエンスだけでなく、技術的にも非常に有望だ。社会実装の観点から今、東京大学と理化学研究所の光格子時計を光ファイバーで結んで周波数を比較する研究を行っている。相対論的時空間は頭の上の時計の方が足下より速く進む。質量とエネルギーが等価というアインシュタインの等価原理によると、励起された原子はエネルギーをもらった分重くなる。その原子を上に持ち上げてやると重力のポテンシャルエネルギーを余分に獲得する。その原子が光を放出するとき、重力ポテンシャルのエネルギー分だけ周波数の高い光が出る。18桁の精度というのは、二つの時計の原子の位置(高さ)がわずか1センチ違うのを時計の周波数のずれから見分けられるということだ。

水準測量や資源探査のツールにも

国土地理院とも共同研究している。二つの地点の重力ポテンシャル差を水準測定で求めてもらい、その測量結果と光格子時計による測定結果とどちらが正しいか、比べようというわけだ。国土地理院の水準測量というのは、1キロメートル測量するのに1日かかるという。光格子時計では30分ほどで15キロメートル離れた理研と東大の実験室の標高差が見えてくる。

さらに地下で大きな質量が動いたのが時計で見える時代が来る可能性がある。例えば富士山の下のマグマだまりが動いた、といったことが地上から分かるような。小型化すると、相対論的カーナビゲーションの時代が来るかもしれない。地下に重い資源が埋まっている場所を探り当てる新しい資源探査のツールになる期待も持てる。日本で新しい時間のインフラを考えるようなことをするため、産業界とインタラクション(協力)できないか相談したい。

かつて時間の研究は、いわば欧米の手のひらの上で進められてきた。最高精度の時計を持つことは、覇権の象徴でもあり、英国が大英帝国を築いたのも良い時計を作ったからだ。世界の海を手の内にし、グリニッジ天文台が時間の原点となった。15年前、日本が自分たちで秒の枠組みを計測できるなんて夢の世界だったのが、現実になった。10年後にはいずれかの光時計で秒の再定義が行われるだろう。

光格子時計の基礎技術は完成した。20~30年後の世界はどうなっているかを想像し、そこから今後の光格子時計の展開を考えるべき時に来ている。

(小岩井忠道)

東京大学大学院工学系研究科 教授 香取秀俊 氏
香取秀俊 氏
(かとり ひでとし)

香取秀俊(かとり ひでとし)氏のプロフィール
茨城県立土浦一高卒。1990東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻修士課程修了。91年同博士課程中途退学、東京大学教務職員。東京大学工学部助手 ドイツ・マックス・プランク量子光学研究所客員研究員 東京大学大学院工学系研究科 助教授などを経て、2010年から現職。05~11年科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業CREST研究代表者、10年から同ERATO「香取創造時空間プロジェクト」研究総括。11年から理化学研究所・基幹研究所・香取量子計測研究室・招聘主任研究員、14年から同光量子工学研究領域・エクストリームフォトニクス研究グループ・時空間エンジニアリング研究チームリーダーも。工学博士。

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