「8月12日の7秒間、地球の重力が消える」。今年のお正月、こんなあり得ないデマが、主に海外で飛び交ったという。「地球の重力はその質量で決まる」と全否定する解説記事などにより沈静化。そして当日やっぱり…何も起きなかった(海外で皆既日食はあったが)。デマなど絶対に流してはいけない。
ただ、モノ同士に働く力について考えること自体には、自然界の基本ルールに迫る面白さがありそうだ。地球の重力とは全く違うが、小さな原子核で働く力「核力」も不思議だ。粒子同士を引き合わせ、モノを存在させている。昨年末には理化学研究所などのグループが、核力の探究に役立つ激レアな原子核「ダブルラムダハイパー核」を特定したと発表。史上2例目の今回は機械学習を使う新手法を採用し、研究の一大ブレークスルーにつながりそうだ。この世界をのぞきたくなり、研究室を訪ねた。
粒子の間に、どんな力が?

まずは基本説明を。身の回りの物質は目に見えない小さな粒が集まってできており、その基本単位が原子だ。原子の種類である元素は水素、ヘリウムをはじめ118種類が知られている。それらが結びついて多彩な分子や化合物ができ、固有の性質を持つ。豊かな物質の世界は、こうして成り立っている。
原子の中には、プラスの電気を持つ原子核があり、その周りにマイナスの電気を持つ電子がある。原子核は普通、陽子と中性子で構成し、両者は「核子」に分類される。また、陽子と中性子の数の組み合わせで原子核の種類「核種」が決まる。陽子数が同じで元素としては同種でも、核種ごとに安定性などの性質が異なる。
核子同士に働く核力は、核子同士がキャッチボールをするように中間子を交換することで、引きつけ合う引力となる。ただし核子間の距離が近くなると、核力は斥力(せきりょく、反発力)に変わる。こうした働きで核子同士がぶつからず、原子核は安定して存在する。核力の仕組みは依然、謎が多く、物質や宇宙の成り立ちを理解するための物理学の一大テーマだ。

理化学研究所開拓研究所主任研究員の齋藤武彦さんは、10歳の時にノーベル賞物理学者、湯川秀樹の伝記を読んだのを機に、原子核の世界に興味を膨らませたという。「粒子が自由に動き回るのではなく、力が働きバランスがあって成り立っています。引力だけでは潰れてしまうので斥力も重要。こうした粒子の間に、どんな力が働いているのか。それを知りたくて研究しています」
小さな実験室「ハイパー核」
原子核の中で働く力の謎を、どうやって解くのか。研究者達がその一手法として採り入れているのが、地球の自然には存在しない粒子「ハイペロン」を取り込んだ原子核「ハイパー核(超原子核)」を実験で人工的に作り、その性質を調べることだ。「ハイパー核を、粒子間の力を研究する“小さな実験室”として使うのです。ハイパー核がどうやってできて、壊れるのか。ハイペロンがどう振る舞うのか。これらを見ることで理解を目指します」と齋藤さん。
ハイペロンは、陽子や中性子とは一部の部品が異なる粒子だ。ここで言う部品とは、物質の最小単位である素粒子の一種「クォーク」。具体的には、陽子がアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子がアップクォーク1個とダウンクォーク2個で構成される。これに対しハイペロンは、自然界には珍しいストレンジクォークを含む。

ハイパー核を構成する陽子や中性子、ハイペロンの数や種類には、さまざまな組み合わせがあり得る。研究者達はこうした、元々地球にない“変わり者”を作り、ありふれた原子核と比べて性質の違いを調べるなどして、謎を解こうとしてきた。このうち、ストレンジクォークを1個含むハイペロンの一種をラムダ粒子という。そしてラムダ粒子を2個含むハイパー核が、記事の冒頭で「史上2例目」と触れた今回の主役、ダブルラムダハイパー核だ。

核種の特定が重要
ハイパー核は、実験では加速器と呼ばれる装置で生み出す。中間子をビームにして標的の原子核にぶつけ、核内の粒子をハイペロンにするなどして作る。茨城県東海村にある大規模な加速器施設「J-PARC(ジェイパーク)」などで、実験が精力的に行われてきた。例えば、ごく希にできるダブルラムダハイパー核を調べれば、2個のラムダ粒子の間に働く力など、核力の理解につながっていく。
史上初のダブルラムダハイパー核の特定は、2001年に発表された。岐阜大学や京都大学などの研究グループが、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の加速器を使い、ヘリウムで見つけたものだ(長良イベント)。19年には岐阜大などの別のJ-PARCの実験により、ベリリウムのダブルラムダハイパー核を「発見」したとの発表もあった(美濃イベント)。
ただし、長良イベントでは中性子の数まで特定できたのに対し、美濃イベントは「4~6個のいずれか」と幅が残った。原子核物理の世界では、核種まで特定してこそ、原子核の質量や構造が分かり、その安定性やエネルギーに関わる性質の議論を進められる。齋藤さんは言う。「(2019年の)美濃イベントではベリリウムがラムダ粒子を2つ含み得ることが分かり、成功した実験です。今後は、中性子の数を確定させることが重要になります」
人力作業から一大革新
実験データは、中間子のビームを標的に当てて作った粒子が「原子核乾板」と呼ばれる写真フィルムに痕跡を残したもの。電荷を持つ粒子が乾板に飛び込むと、通った部分が反応し、点や線の痕跡が残る。これまでの手法は、この乾板を人力で顕微鏡を使って観察するという、地道な職人技の作業だった。
こうした中、ドイツで研究生活を送っていた齋藤さんは「機械学習の進展による画像分析を、この分野に生かせないか」と興味を抱いた。2019年に理研に移籍するのに先立ち、美濃イベントの研究責任者に相談。機械学習の専門家の協力も得た上で、美濃イベントの実験で使われた乾板を機械学習で改めて調べることにした。まず、ハイパー核の仲間「ハイパートライトン」の検出に成功。さらに、ダブルラムダハイパー核の検出にも挑み、本格始動後10カ月で成し遂げた。昨年12月に陽子5個、中性子6個、ラムダ粒子2個からなる、ホウ素のダブルラムダハイパー核の特定に成功したと発表。核種まで突き止めたのは長良イベント以来、実に四半世紀ぶりとなった。
具体的にはこうだ。J-PARCで中間子ビームを標的に当ててハイペロンの仲間の粒子を作る。この粒子が乾板の窒素の原子核に捕えられると、ホウ素のダブルラムダハイパー核が生まれ、さらに崩壊を重ねていく。この痕跡を乾板の画像データから検出するモデルを、深層学習を用いた独自技術で編み出した。このモデルで乾板の画像を調べた結果、粒子の痕跡の特徴などから、ホウ素のダブルラムダハイパー核が生じたことを特定した。

長良イベントで見つかったのは、軽い元素であるヘリウムのダブルラムダハイパー核だった。齋藤さんらが今回、やや重いホウ素で見つけたことの意義は、単に2番目というだけではない。同じダブルラムダハイパー核でも、元素が違い核子の数などが異なる状況の中では、ラムダ粒子の振る舞いが変わるかもしれない。核力の理解につながる、貴重な果実となったのだ。
「宝はまだまだ埋まっている」
この成果の意義について、齋藤さんは慎重に語る。「ユニークリー・アイデンティファイ(一意に同定)までできたのは長良イベント以来で、所詮まだ2例目。一方、機械学習を使い、わずか10カ月で見つかったことの価値は大きいと感じます」。人力の観察では見落とされたような痕跡も、機械学習ならどんどん捉えてくれそうだ。冒頭で「激レア」と紹介したが、いずれそう呼べなくなるのだろう。

研究グループは理研と立教大学、岐阜大学、福井大学、東北大学、スペイン・物質構造研究所(IEM)などで構成。成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に昨年12月12日掲載され、理研などが同18日に発表した。
美濃イベントの実験で使われた乾板は1300枚。そのうち、機械学習の手法で10カ月をかけ、わずか0.2%を解析した段階で、今回のダブルラムダハイパー核1個の特定に至った。全てを解析すると500個ほどが見つかる計算だ。「宝はまだまだ埋まっているので、全部掘り出しちゃいましょう」と齋藤さん。米国の加速器施設で新タイプの検出器を使い、さらにデータを取ることにも意欲を見せる。

中性子星や元素合成の解明にも貢献
ハイペロンやハイパー核の研究は、宇宙にある超高密度の天体「中性子星」の理解にも欠かせない。質量が太陽の8~10倍以上の恒星が「超新星爆発」で一生を終えた後に残ったものだ。名前の通り、主に中性子でできている。内部の中性子や、存在するとされるハイペロンの性質、それらの相互作用などは物理学の大きな関心事だが、まだよく分かっていない。

中性子星は宇宙の彼方にあるが、その研究には、私たちの身の回りにある物質のルーツを探る意義もある。周期表に並ぶ多彩な元素は、宇宙の始まりや、天体のさまざまな運命と共に生み出されてきた(これはこれで一大テーマであり、詳細は別の機会に譲りたい)。そのうち金やプラチナのような重い元素の起源は長く謎だったが、中性子星同士が合体して生み出されたことが、近年の重力波の観測や研究を通じて分かってきた。
「物質とは何か。また(宇宙の始まりの大爆発である)ビッグバンに始まり、自然界を作る元素がどのようできてきたのか。原子核の研究は、そういう基本の解明に欠かせません」と齋藤さん。
研究者としての自身のモチベーションも交え、さらに語る。「僕はプロジェクトの創造者でありたく、誰もやらなかったことに楽しみを感じます。ハイパー核の研究で原子核乾板を機械学習で見る方法は、自分がいなかったらもっと時間がかかったかもしれません。この研究は道筋ができ、間違いなく発展します。僕のことは要らないかも…実は今、既に全然違うことにも頭がいっています」
ハイパー核の研究はとかく、物理学者の細かくマニアックな世界のようにみえる。しかし実は、物質存在の根源に迫り、元素の謎のパズルのピースを埋める基本の作業であるようだ。ミクロな原子核の世界を見つめ、宇宙の理解へも繋(つな)げていく。人類の好奇心が詰まっている。

関連リンク
- 理化学研究所プレスリリース「地球上にない二重ラムダ超原子核の同定に四半世紀ぶりに成功」
- 論文(英文)