独創的な発想を持つ若手研究者の基礎研究を支え、世界に先駆けた科学技術の芽を育てるにはどうすればよいか――。科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「さきがけ」の35周年に合わせ、東京都千代田区のJSTで11日、シンポジウム「若き知が躍動し未来へ駆ける35年」があった。2025年にノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授や生理学・医学賞を受賞した大阪大学の坂口志文特別栄誉教授ら、「さきがけ」にゆかりのある研究者らが討論した。

「さきがけ」は1991年、独創的個人研究育成事業(さきがけ研究21)として始まった。独創的で国際的に高い水準の先駆的な基礎研究を推進し、科学技術イノベーションの源泉となる新技術シーズを生み出すことなどを目的に、若手研究者が異分野の研究者とのネットワークを築きながら挑戦的な研究を進めることを推進してきた。3年6カ月以内の研究に対して、課題ごとに総額3000万~4000万円の研究費を支援する。

知の創造には「伏流性」がある
シンポではまず、「さきがけ」で「材料の創製・循環」の研究総括を2024年から務めている京都大学の北川特別教授が「創造の源流を育てる―伏流研究から世界を変える科学へ」と題して講演した。
ノーベル化学賞受賞の理由となった多孔性材料であるMOF(モフ、多孔性金属錯体/金属-有機構造体:metal-organic framework)は、金属イオンに有機分子が結合して分子レベルの無数の孔を持つ多孔性配位高分子(PCP)の1つです。
吸着や分離、貯蔵といった目的で使われる多孔性材料としては、活性炭やシリカゲル、ゼオライトがある。1グラムの表面積は、ゼオライトがバスケットコート程度で、活性炭ならサッカー場半分。しかし、MOFならサッカー場かそれ以上です。とてもスカスカな材料だが、言い換えれば分子がいっぱい入るということ。ノーベル賞受賞でこの研究分野が世界的に認められたと実感し、喜んでいます。一般の方にも認識してもらえるようになり、講演会などで専門家が思いもよらなかったアイデアをいただける機会が得られるのではないかとも期待しています。

今後、技術立国である日本が科学のパラダイムシフトを起こし、人類の将来に貢献するには、創造の源流を育てることが大切です。ノーベル賞に通じる研究成果は一朝一夕ではできませんでした。「知」は長く潜っていて、あるところから出てきてノーベル賞につながる。非常に新しい知の創造となる研究は、降った雨が地面にしみこんで、伏流となって集まって大河になるようなものだと考える必要があるでしょう。真のブレークスルーの前夜には、この「伏流性」とでもいうもの、いわば目に見えない潜行の時代が必ずあることを知っていただきたい。表面的な短期指標、例えば論文数や引用数などでははかれない真の創造性を育むため、この見えない潜行の時代を明示的に評価し、少額でも自由な発想を許容する基礎的支援をし、自由な学風と余白を保護しなければならないと思っています。
日本人のノーベル賞受賞者について、成果が結実するまでのタイムラグを調べると、故・湯川秀樹先生は15年、故・白川英樹先生は23年かかっていました。そして坂口先生は30年、私が同じくらいの28年を要しています。故・南部陽一郎先生は48年、真鍋淑郎先生は54年。伏流期間はとても長いです。サポートする側も、何か出てくるんじゃないかと期待しながら辛抱して支えていただきたい。

私は1997年にノーベル賞の受賞理由となる論文を出していますが、それまでにも研究を進めて論文を出していました。その時期の資金繰りは、科研費などで100万円、150万円と、今の物価でしたら500万円ぐらいの価値があるかもしれませんが、特に高額な研究助成金は得ていませんでした。多くの研究者が注目する2価の銅ではなく、色も特殊でなければ磁性もない1価の銅に着目して研究を進めました。「無用の用」という言葉の通り、リダンダンシー(redundancy:冗長性)、余剰、遊びから、独創的なものが育ったのでしょう。非常にのんびりした時代にお金の心配をせず、自分の発想を豊かに進めることができました。
こうした状況を今に移すにはどうしたらいいか。多額の研究費を出すのではなく、若手が研究を進める上で邪魔をしない、足を引っ張らない、そういうファンディングが重要です。助成額を減らさない、また、助成するとすぐ「報告書しっかり書け」と文書を急かすことなく、時間をたっぷり与えることが大切なのではないでしょうか。若き研究者が、焦らずじっくり自分の研究を進めることが重要です。プロジェクトではなく人を見る支援、サクセスよりポテンシャルを見る支援、そして時には待つことも支援だという姿勢をお願いしたい。
「知りたい、解決したい」を楽天的に
続いて大阪大学の坂口特別栄誉教授が「制御性T細胞:その発見から新しい免疫医療に向けて」と題して講演した。坂口特別栄誉教授は、「細胞と情報」研究領域さきがけ研究者(1992~94年)として、最初に「さきがけ」の支援を受けた1人だ。
私は「さきがけ研究21」の第1期生です。若い頃、アメリカに10年近くおりまして、そろそろ日本に帰ろうと思ったとき、ノーベル賞を受賞した故・利根川進先生が「日本の若い研究者が独立して研究できるようにしなければ」と提言して発足した「さきがけ」に応募しました。当時、免疫を抑制する制御性T細胞はあまり注目されていなかったので、次の研究費をどう確保するか悩みながらも、自分のアイデアを軸に研究を進めたいという思いがありました。「さきがけ」に採用していただき、日本に軟着陸できたのです。

免疫系は自分を守るだけではなく、自分を攻撃して病気を引き起こすことがあります。この自己免疫疾患のメカニズムを知りたくて免疫学の研究を始めました。自分に反応するような危険なリンパ球は、体内で(1)排除される(2)不活化される(3)別のリンパ球によって抑えられる、という3つの可能性が考えられていました。排除の考え方は、分子生物学でのアポトーシス(細胞死)の研究が進んでいたこともあり、多くの研究者が取り組んでいました。一方、私が選んだ(3)の考え方は、一番人気がありませんでした。抑制の考え方が正しいのであれば、危険なリンパ球を抑える別のリンパ球を体内から除いてしまえば、自己免疫疾患が起こるのではないかと考えました。
「さきがけ」での研究で、リンパ球を持たないマウスをつくると自己免疫疾患が起きました。別のグループでも同じような結果が出ていたので、候補を狭めていき、(たんぱく質の)CD25を持つリンパ球を除くと自己免疫疾患が起き、元に戻すと疾患が起きないことをマウスで示しました。免疫機能を抑制するヘルパーT細胞(Treg)が存在することが分かったのです。1992年から94年の「さきがけ」研究の成果として発表した95年の論文がノーベル賞の授賞理由で評価されましたが、当時は、ネイチャーやサイエンスといった主要な学術誌には蹴られてしまい、免疫学の専門誌に掲載されました。2001年には、ヒトにおいて自己免疫疾患を引き起こす遺伝子が見つかり、マウスだけでなくヒトでも免疫を抑えるリンパ球の制御性T細胞があるという研究成果に結びつきました。

現在、タクロリムスやステロイドといった薬剤では実現できない抗原特異的な免疫抑制について、アレルギーや移植の拒絶反応を起こすリンパ球をTregに転換させる技術で実現できないかと研究を進めています。文科省やJSTなどの支援を得て、治験をするところまでたどり着きました。
日本人で初めてノーベル賞を受賞した故・湯川秀樹先生が残した言葉の中で印象深いのは、「学問とは自分を納得さすことである」です。私が若い人に何かを伝えるとすれば、流行を追うのではなく、自分が知りたいこと、解決したいことを研究して欲しいということです。何事も時間がかかります。どんな時でもペシミスティック(悲観的)にならず、楽天的になっていただきたい。私の研究がノーベル賞につながったのは、アメリカの研究者がヒトでの自己免疫疾患に関わる遺伝子を発見してくれたからで、これは自力で達成したことではなく他力でした。サイエンスはいろんな人の努力や知見が一緒になってある時にドンと前に進むものです。自分のやれることをやり続けていれば、自分だけでなく全体として研究は進んでいきます。どんな人でも良い仕事ができますので、楽天的であることは重要だなと思っています。
日本の研究力低下を止めるには
2025年のノーベル賞受賞者2人の講演の後、「さきがけ」の支援を受けた東京大学大学院工学系研究科の塩見淳一郎教授と九州大学大学院工学研究院の山西陽子教授、文部科学省の西條正明研究開発局長の3人が加わり、「さきがけ」などで研究主監を務める大阪公立大学エグゼクティブアドバイザーの辰巳砂昌弘名誉教授の進行でパネル討論をした。

2011~14年度、「さきがけ」で「相界面」研究領域の支援を受けた塩見教授が「『さきがけ』は予算もありがたかったですが、人とのつながりができたのが一番良かった。当時知り合った研究者と、研究に限らず20年弱の付き合いがあり、知的揺さぶり、健全な刺激をもらっています」と口火を切った。
2009~12年度に「ナノシステム」研究領域で、13~16年度には「細胞構成」研究領域で、それぞれ支援を受けた山西教授が「私は『さきがけ』の支援を2回受けました。1回目は留学から帰国したばかりのころで、次の10年間、専門性にこだわらずにどう研究を進めていくかという点で鍛えられました。最初の3年間は成果が出ませんでしたが、研究総括やアドバイザーから熱心にアドバイスをいただき、お尻をたたかれながら、オンリーワンの技術を生み出そうとしました」と振り返った。「2回目は工学からバイオに分野が変わりましたが、成果が人の役に立つと分かる瞬間があり、これまでの研究成果が発展するのが楽しかった」。その後、科学技術イノベーションにつながる卓越した成果を生み出すためのチーム型研究「CREST」や、より大胆な発想に基づく挑戦的な「ムーンショット型研究開発制度」に研究が展開しているという。
政策立案側として西條局長は日本の研究力が低下している問題を挙げ、「政策の核のひとつが『科学の再興』です。ビジネスと近接している基礎研究は国力に直結している」とし、有識者会議などで挑戦の乏しさや国際化の不十分さ、人材の不足などが問題視されている状況を説明。「研究システムの問題として、安定したポストなど若手の研究環境の整備を進めている。資金も科研費の大幅増となる中、『経費をつけるのではなく投資をしよう』という考え方で、重要な研究課題への資金提供を増やそうとしている」と述べた。
研究システムと資金の問題については、卓越大学に選ばれた京都大学の副学長も務める北川特別教授が「若手を独立させ、雑用をさせずに研究の時間を与える必要がある。上質な議論空間をつくることも大切です」と、人材支援の重要性を強調した。
一方、坂口特別栄誉教授は「安定したポストにつけば、若手がキャリアパスを描けるという訳ではないでしょう」と指摘した。様々なラボ(研究室)を回って刺激を受けることが、自分の研究の核を作るために必要という考え方で、「一定期間、若手研究者が任期付き教員として経験を積み、自分のテーマで実績を上げて終身雇用のポストを得る『テニュアトラック』の流れでポストを得るということではないでしょうか」と話した。
「武者修行をしてはどうか」
坂口特別栄誉教授はさらに、自身が「さきがけ研究21」の第1期生になる際、「アメリカから日本に帰るとき、偉い先生の下、徒弟制度にある研究室ではやっていけないと思っていたので、「さきがけ」で理研に部屋を借りて独立して研究できたのは良かった」と振り返りながら、「数十年も『さきがけ』が続く中で、安全運転な支援になりがちではないでしょうか」と問題提起。「ポストを持たない若手が専任で研究をできる制度は、任期後に無職の研究者を生み出す側面もあると思います。支援に対する研究成果という意味では歩留まりが悪いかもしれませんし、制度における成果の見栄えは悪くなるでしょうが、やる気はあるけど仕事はない、面白いことをやろうという人を支援していた『さきがけ』の当初の良さを再評価して欲しい」と今後の「さきがけ」への期待を述べた。
「さきがけ」に対しては、研究費の拡充や採択者同士や他領域との交流強化、3年6カ月の期間を延長して欲しいといった要望もある。北川特別教授は「研究費増、ネットワーキング、期間延長に加えてもう一つ、論文を書いた後、自分がぜひ伝えたいことをレベルの高い国際会議などで議論して仲間を増やすことができるようになるといい」とし、「さきがけ」アドバイザーの研究室を採択者が訪問し、自分の研究を発表する「武者修行」のような取り組みをしてはどうかと提案した。

目先の成果より、長い目で支援を
筆者は以前、新聞社が科学者に出す賞の受賞者選考をお手伝いしたことがある。その際、先輩から「様々な科学賞を受賞しノーベル賞候補とされている先生でも、若手時代にもらった賞はずっと感謝してくれるものだ」と聞いたことを、今回のシンポジウムを取材して思い出した。北川特別教授と坂口特別栄誉教授が口をそろえるのは「研究には時間がかかる」ということ。科学者でない私たちができることは、目先の成果ばかりを問うのではなく、長い目で研究者を支援する重要性を認識することだなと思った。
関連リンク
- JST戦略的創造研究推進事業「さきがけ35周年記念シンポジウム ~若き知が躍動し未来へ駆ける35年~」
- さきがけホームページ