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インタビュー

【荒波の先に見る大学像 8】「学際創成学術院」を新設、広い視野で社会を支える人材を育てる 筑波大学理事・プロボスト 加藤光保さん

2026.09.18

文・一條亜紀枝/サイエンスライター、写真・後藤芽吹/サイエンスポータル編集部

 筑波研究学園都市(茨城県つくば市)の中核ともいえる筑波大学に、2027年4月、新しい大学院が誕生する。その名は「学際創成学術院」。英語名のGraduate School of Integrative and Global Multidisciplinary Arenaの頭文字から「G-SIGMA(ジー・シグマ)」と呼ぶ。さまざまな学術分野横断型の学位プログラムを展開してきた筑波大学が、いま改めて学際性を追求するのはなぜか。理事・プロボストの加藤光保さんに、背景と展望を聞いた。

筑波大学理事・プロボストの加藤光保さん
筑波大学理事・プロボストの加藤光保さん

AI時代に「人間にしかできないこと」とは

―いま、なぜG-SIGMAなのでしょうか。開設の背景をお聞かせください。

 AIの進化は目覚ましく、指示や質問を投げかければすぐさま的確に応答してきます。だからこそ人間は自ら問いを立て、それを探究していくことが重要だと言われてきました。

 問いを立てるのは人間が得意なことであり、AIは不得意なのですか? そうAIに尋ねると、「問いの文をつくること自体は、人間よりもはるかに得意です」と答えます。古今東西あらゆる情報を網羅して、100でも200でも問いを立てられると。

 「でも、私にはできないことが3つあります」と、AIは続けます。1つ目は「選択と賭けです」。問いを立てるという行為の核心は、疑問文をつくることではなく、無数にありうる問いの中からどれか一つに数年、時には人生を賭けると決めることです。百の候補は出せても、「これだ」と選ぶ行為は代行できません。2つ目は「本当に大切な問いは現実との摩擦から生まれることです」。AIには、うまくいかなさに直接つまずく経験がないというのです。3つ目は「私は膨大な量の情報を統計学的に処理するため、多くの人たちが素晴らしいと言うものを素晴らしいと判断します。なので、私からは地動説も大陸移動説も生まれません」。

 したがって人間は、あらゆる分野のいろいろな人たちと交流しながら視野を広げ、問いを立て、人生をかけてもその問いに取り組もうと決断することが大切です。判断力、審美眼、意味づけ、そして倫理的な責任の引き受け、これらは人文学と科学を切り離したままでは育ちません。後に振り返って「あのとき、正しい判断をした」と思えるよう、あらゆる専門分野の人と対話しながらチャレンジする問いを選択する目利き力を磨く。さらには、最終的な責任を取る覚悟を持つ。これらは人間にしかできません。つまり、人が自らを育てる場としてG-SIGMAを開設するのです。

今年3月に完成したばかりの「未来社会デザイン棟」。未来をつくるのは学生であるとの考えから、施設の管理運営は学生が担う。イベントホールや会議室など、企業や地域に開かれていて多様な交流が生まれやすい
今年3月に完成したばかりの「未来社会デザイン棟」。未来をつくるのは学生であるとの考えから、施設の管理運営は学生が担う。イベントホールや会議室など、企業や地域に開かれていて多様な交流が生まれやすい

大学のDNA「建学の理念」を体現する

―AIの普及という社会の「荒波」を乗り越える力を習得する場なのですね。

 これまで大学は、社会の要請に応えきれていないところがありました。AIがいろいろな仕事を代替する時代になるなら、そういう時代に適応した人材をどうやって育成するのかを徹底的に議論し、教育プログラムをつくらなければいけません。

 この考え方は、1973年の開学時に「建学の理念」として明文化され、ずっと引き継がれてきました。われわれ筑波大学の執行部は、常にこの原点に立ち返り、さまざまな改革を推し進めてきたのです。

筑波大学は、前身の東京教育大学の移転計画を契機に開学。そのときに策定されたのが「建学の理念」で、現在に至るまで同大学の指針として重視されている(筑波大学提供)
筑波大学は、前身の東京教育大学の移転計画を契機に開学。そのときに策定されたのが「建学の理念」で、現在に至るまで同大学の指針として重視されている(筑波大学提供)

 建学の理念には、こうあります。「国内外の教育・研究機関および社会との自由、かつ、緊密なる交流連携を深め、学際的な協力の実を上げながら、教育・研究を行う」。そして「変動する現代社会に不断に対応しつつ、多様性と柔軟性を持った新しい教育・研究の機能および運営の組織を開発する」。筑波大学のDNAともいえる建学の理念を体現するのが、G-SIGMAなのです。

 ところで、「シグマ」と聞いて何を思い出しますか?

―数学で使う記号の「Σ(シグマ)」でしょうか。

 あの記号は「総和」を表していますよね。G-SIGMAには、筑波大学の学生・教職員一人ひとりを全て足して、みんなで教育を担っていくという意志を込めています。いま、大学院教育に携わっている教員は1700人ほど。そのうちの約400人がG-SIGMAに参画します。「学際性」「国際性」「実践性」の3つを掲げ、あらゆる専門分野の知を融合するだけではなく、対立する概念を新たな次元で統合する、いわば「知の創成」を目指すのです。

未来を切り開く5つの学位プログラム

―G-SIGMAでは何が学べますか。

 5つの学位プログラムを用意します。未来の法制度を研究する「創成法学」、人文社会科学の知見や手法を用いて科学技術と社会をつなぎ、社会の本質を探究する「ソーシャルエコロジー」、筑波大学が取り組んできた水素エネルギーやフュージョン(核融合)エネルギー、環境技術を研究する「次世代エネルギー共創」、生物や環境から創薬まで、ライフサイエンスを基盤に社会イノベーションを目指す「ライフイノベーション」、主に医学とロボット工学を融合した「ヒューマニクス」です。そして、プログラムの枠を超えて、あらゆる分野の学生が一緒に対話しながら学ぶのがG-SIGMAです。

学際創成学術院の5つのプログラムの概要(筑波大学提供)
学際創成学術院の5つのプログラムの概要(筑波大学提供)

―「創成法学」は、従来の法学とどう違うのでしょうか。

 法学とは、六法全書を正しく解釈して、社会の中で適用できる人材を育てる学問とされています。「もし人間が月で暮らし始めたら、どういう法律をつくるべきか」「物流の問題をドローンで解決する場合、空中交通ルールをどう定めるべきか」など、六法全書に関わりのない問いには答えてくれません。

 新しい科学技術を社会に実装するときには、現行の法律を熟知しながら未来の法制度を整えられる専門家が必要なのです。そこで、秋山肇先生(筑波大学人文社会系助教)が中心となって「創成法学」のプログラムをつくりました。

秋山肇さん。「いろいろな分野の研究者が集まり、議論できる筑波大学だからこそ、創成法学学位プログラムができました。学際的な視点から専門性とは何かを見つめ直し、新たな専門性が生まれる。簡単ではないけれど、G-SIGMAだから可能になると、いまから楽しみです」
秋山肇さん。「いろいろな分野の研究者が集まり、議論できる筑波大学だからこそ、創成法学学位プログラムができました。学際的な視点から専門性とは何かを見つめ直し、新たな専門性が生まれる。簡単ではないけれど、G-SIGMAだから可能になると、いまから楽しみです」

―5つ目の学位プログラム「ヒューマニクス」とは?

 2012年設置のヒューマンバイオロジー学位プログラムと、14年設置のエンパワーメント情報学プログラムを担当してきた教員が参加して、ヒューマニクス学位プログラムをつくりました。ここでは、分野の異なる2つ以上の指導教員の研究室で学ばなければいけません。例えば、「嚥下(えんげ)能力を飲み込むときの音で測る」という技術の開発には、医学と工学の両方の知識が必要だからです。

 また、ヒューマニクスには、睡眠研究の第一人者である柳沢正史先生(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長、2026年ラスカー賞・基礎医学部門を受賞)が、開設当初より主たるメンバーとして参画しています。本機構は本学で唯一、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択されている研究拠点であり(WPI-IIIS)、睡眠の基礎研究から大学発ベンチャーまで幅広く学べるでしょう。

柳沢正史さんが立ち上げた国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)。18の研究室で国内外の研究者が、睡眠の謎を解明するべくユニークな研究を進めている(筑波大学提供)
柳沢正史さんが立ち上げた国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)。18の研究室で国内外の研究者が、睡眠の謎を解明するべくユニークな研究を進めている(筑波大学提供)

全ての学問を対象に「学び」を広げる

―既存の学際的プログラムとG-SIGMAの違いは?

 これまでの学術分野横断型の学位プログラムとの最大の違いは、筑波大学全体を網羅したプログラムになっていることです。学内全ての学問がつながり、名実ともに学際的プログラムになっています。学生一人ひとりが自分の興味に合わせて分野を広げていけるという意味で、それぞれが自分で選んだ学際性をトッピングしていくところが特徴的です。

 また、学内外のさまざまな研究者や実務家との対話を通じて研究を深める「マルチメンター制度」を取り入れるなど、学際的な学びを促す仕組みを整えています。

―「学際性」と「専門性」は両立しますか。

 「学際的に学ぶと専門性が深まらないのではないか」と学内外でよく言われますが、決してそんなことはありません。学問は階段を駆け上がるように進むものではなく、どこかで壁にぶつかって足踏みしながら、ゆっくり進んでいくものです。ここが限界かと諦めそうになるとき、1つの専門分野に閉じこもるよりも、さまざまな分野の研究に触れる方が、最終的にはより深く、より高く成長できます。

 これからの社会においては、博士人材がさまざまな場で力を発揮できるようにならないといけません。学際的な学びを経た高度な専門人材が必要で、大学院は社会で活躍する博士人材を育てることが求められます。学際的だからこそ、成果が出るまでは時間がかかるでしょう。G-SIGMAの学生たちには、覚悟して、ゆっくりじっくり成長してほしいです。

学生宿舎の一つ「グローバルヴィレッジ」では、日本人学生と留学生が共に生活する。学内には、学問分野や国、立場などを越えて交流する場や制度があり、学際的な学びを支えている
学生宿舎の一つ「グローバルヴィレッジ」では、日本人学生と留学生が共に生活する。学内には、学問分野や国、立場などを越えて交流する場や制度があり、学際的な学びを支えている

加藤光保(かとう・みつやす)

筑波大学理事・プロボスト

1985年東北大学医学部卒業。仙台市立病院での勤務を経て、87年より東北大学医学部助手、95年より財団法人癌研究会癌研究所研究員。2002年、筑波大学に基礎医学系教授として着任し、21年より筑波大学副学長・理事(教育担当)を務め、25年11月より現職。教育研究の管理運営マネジメントを担う。

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