酷暑が続く中、体を冷やすアイスクリームやビールを飲食すると、虫歯ではないのに歯がキーンと痛む……。そんな知覚過敏を抱える人は少なくないだろう。虫歯の続く痛みと異なり、これらは一過性の痛みなので我慢するケースも。このしみる痛みを「わさび」で治そうという試みに、東京歯科大学が取り組んでいる。わさびに含まれる成分が、歯がしみないよう組織再生に働くことを、産学連携で突き止めた。いま、同大学水道橋病院(東京都千代田区)で患者への臨床試験も行っており、もし効果が認められれば、薬剤として認可を目指すという。

神経を取ると歯の寿命は短く
冷たいものや甘いもの、あるいは強すぎるブラッシングの圧などで歯がしみる痛みは、どのようにして起こるのだろうか。同大学の澁川義幸教授(生理学講座)らの研究チームは「冷たいもので歯がしみる」という歯の痛み(象牙質痛)の成り立ちとそのメカニズムを最近、明らかにした。

歯は外側から、エナメル質・象牙質という層構造をしている。エナメル質は非常に硬いが、象牙質は比較すると柔らかい。象牙質の下には神経や、血管が多く存在する歯髄という組織がある。一般的に子どもや大人の虫歯は、エナメル質から細菌感染が広がる。初期であれば、治療によって痛むことも少なく、小さな詰め物で済む。
だが、虫歯が大きくなると、結果として歯を覆うような大きめの被せ物をしないといけなくなったり、神経やその周辺組織を抜いたり、また歯の根っこの治療が必要だったり、と大がかりな治療が必要になる。
治療で神経を抜くと血流が失われるだけではなく、歯の恒常性を維持する組織がなくなるため、歯の寿命は一気に短くなるとされる。長寿時代の今、「より長く歯を残す」ことが健康寿命の延伸につながる。かむ力が大きくかかる奥歯は特に、寿命よりも早く失うケースも珍しくない。ただ、自分の歯に勝る歯はないとされる。そこで、歯科医院ではなるべく神経を温存しようと試みるのだ。
食習慣と強いブラッシング圧で痛みが生じる
冷たいものでしみる痛みには象牙質痛が関与している。ワインなどの酒類、清涼飲料水、乳酸菌飲料といった、酸性の食品を頻繁に摂取すると、歯の表面が少し溶ける。こうした食習慣に強いブラッシングの圧が加わると、歯の表面が削れ、象牙質があらわになる。象牙質が露出すると、痛みを感じる。

象牙質にはトンネルのような小さな管が無数にある。象牙質に刺激が加わると、そこに存在する液体がトンネル内を移動する。この液体移動を、象牙質を作る細胞である象牙芽細胞が刺激として受け取り、神経伝達物質としてのアデノシン三リン酸(ATP)やグルタミン酸を、歯の神経細胞に放出することで象牙質痛が生じる。
象牙質痛を治す方法は、歯科医院で物理的にレジンを詰めたり、薬剤で象牙質表面を覆ったりする方法が広く採られている。だが、不適切なかみ合わせの部分を覆っても、取れてしまうこともある。
すし屋のわさびメーカー人脈、へいお待ち!
澁川教授は「象牙質を再生することで痛みを抑制できないか」という点に着目し、象牙芽細胞に直接働きかける物質がないか探してきた。
澁川教授らは別の研究で、TRP(トリップ)A1というセンサータンパク質が象牙芽細胞に発現し、象牙質の形成に関与することを明らかにしていた。TRPチャネルのうち、TRPA1チャネルはわさびの辛さを受け取るセンサーだ。このTRPチャネルの発見は、2021年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。同チャネルは皮膚や口腔粘膜に分布する神経細胞に多く存在し、わさびの他にもミントやとうがらし、熱・冷却などの刺激を感じる働きをする。
そこで「わさびを使えば象牙質を作ってくれるのでは」と考えた澁川教授は、夜ご飯を食べに東京・神田の寿司屋に出かけ、店主の男性に「わさび関連の企業に知り合いがいないか」と尋ねた。
店主はその翌朝に豊洲市場に向かい、老舗青果仲卸に顛末を説明した。すると仲卸の方がわさびメーカーの人に直接連絡をしてくれたという。その結果、澁川教授は朝7時半にわさびの商社である金印(名古屋市)の奥西勲さんから電話を受け、日本わさびに含まれる6-MSITCという成分に様々な効果があることを知った。その場で産学連携での研究がスタート。同社はこの成分にヘキサラファンという名前を付け、商標登録をしている。

象牙質再生を促すメカニズムを解明
今回、澁川教授らの研究グループは6-MSITCの合成試薬を取り寄せ、8つの誘導体を合成し、象牙芽細胞による歯の石灰化に対する影響を様々な点から検討した。石灰化は歯の発生と再生に非常に重要なプロセスであり、特にカルシウムイオンとリン酸イオンが歯の石灰化に重要だ。
その結果、6-MSITCとその誘導体の一つである6-MSFITCが、とりわけ石灰化を促していた。ラットの歯を一部削り、象牙質に直接6-MSITCを作用させると、象牙質の再生が観察され、この現象はTRPA1には依存しない、新たなメカニズムであることがわかった。
6-MSITCは象牙芽細胞のイオン輸送を活性化させることも明らかとなった。細胞内で重炭酸イオンや水素イオン、ナトリウムイオンなどの交換輸送を誘発し、最後にカルシウムイオンが重炭酸イオンの多い細胞外に排出される。これが石灰化の足がかりとなり、象牙質が再生されていた。

わさび成分入りガムで「冷たいものが好きに」
澁川教授は、同大水道橋病院で「冷たいものを食べるのを避けている」と答えた人を対象に、6-MSITC含有ガムを食べてもらう臨床研究を行っている。象牙質の再生で歯が守られ、歯の痛みが減少すると考えられるからだ。なお、このガムはわさびのようにツーンとする刺激はない。
その結果、「冷たいものが好きになった」と答える人がおり、一定の効果がみられている。今後はより多くの人に試験を行い、効果を測定するとしている。澁川教授は「今後も、現在の歯の治療に用いられている薬剤に代わる、より安全・安心でより強力な歯の再生薬剤を開発したい」と話した。

ただし、歯に痛みが出てから対処するよりも、予防の観点から、歯や歯ぐきに優しい食生活を心掛けたいものだ。澁川教授にポイントを尋ねると、「ビール・ワイン・スポーツドリンク・黒酢・乳酸菌飲料といったものを寝る前に飲まないこと。寝る前にこれらの酸性飲料を飲むと、歯ぐきのポケットの中に少し残ってしまう。それが寝ている間に歯を溶かし、象牙質痛を招いてしまう」とのこと。
寝る前はもとより、食事後の口すすぎと歯磨きの習慣を心がけたい。食生活の他にも、ブラッシングの圧を強すぎないようにすること、また、歯の異常を感じたら歯科医院に行き、かみ合わせの不正や、あっていない詰め物・被せ物の治療を行うことで、象牙質痛を防ぐことができるとしている。
本格的な夏が来て、冷たいものがおいしい時期になった。歯にキーンとした痛みがある人は歯科医院で治療を受けたほうが良さそうだ。そして、気兼ねなくおいしいものを食べて、この暑い日々を乗り切りたい。
関連リンク
- 東京歯科大学プレスリリース「ワサビで歯の再生が可能に:歯(象牙質)の再生にワサビ成分が有用であることを明らかにしました。」
- 今回の研究論文(英文)