シェア ポスト

レビュー

首都直下地震の緊急対策計画改定 死者を半数以下へ、火災対策など重視

2026.07.08

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 マグニチュード(M)7級以上の激しい揺れが襲う首都直下地震。M7級は今後30年以内に70%程度の確率で起きると予想され、政治、経済、行政の機能が集中する首都圏を直撃して国全体の経済・社会活動を大きく揺るがしかねない。政府は6月12日の閣議で「首都直下地震緊急対策推進基本計画」を大幅改定して新たな減災目標と対策を盛り込むことを決めた。

 改定計画では「死者約1万8000人、全壊・焼失建物約40万棟」とした想定被害(最大値)を今後10年間で「半数以下」に減らす。犠牲者の約7割は火災が原因と推定されるため、揺れを感知すると自動的に電気を遮断する感震ブレーカーを「おおむね設置」させることなどの火災対策を重視している。

 改定は2015年以来。近年はAI・デジタル化が進み、通信インフラを含む都市・社会構造は大きく変化した。地震防災を巡る環境・状況も複雑に変容し、巨大災害時のリスクも増大している。中枢機能が集積する過密巨大都市を襲う大地震への備えは一層重要になっている。

東京は政治、経済、行政の機能が集中する過密巨大都市だ。首都直下地震の被害イメージを紹介する動画の一場面(内閣府提供)
東京は政治、経済、行政の機能が集中する過密巨大都市だ。首都直下地震の被害イメージを紹介する動画の一場面(内閣府提供)

過密巨大都市の甚大被害は国の機能マヒに

 内閣府によると、東京都と神奈川・埼玉・千葉3県の「東京圏」には日本の人口の約3割に当たる約3690万人が住み、建物は約965万棟を数える。地下には陸側のプレート(北米プレート)があり、その下に太平洋プレートとフィリピン海プレートが重なって沈み込む世界でも珍しいプレート3重構造になっている。東京圏は常に大地震のリスクにさらされている。

南関東地域地下には3つのプレートが複雑に重なる特殊な構造になっており、場所によりさまざまなタイプの地震が起きる(内閣府提供)
南関東地域地下には3つのプレートが複雑に重なる特殊な構造になっており、場所によりさまざまなタイプの地震が起きる(内閣府提供)

 政府の作業部会が昨年12月に公表した新たな被害想定では、都心南部直下地震(冬の夕方、風速は秒速8メートル)による死者は火災による約1万2000人と建物倒壊による約6000人の計約1万8000人。建物の全壊は約13万棟、焼失は約27万棟の計約40万棟だ。

 また、避難者は約480万人、避難所の食糧不足は約1300万食、停電は約1600万世帯で、経済損失は約83兆円を超える。2013年の被害想定と比べて死者は約5000人、全壊・焼失棟は約21万棟減ったものの、政府が15年の緊急対策計画で目指した「おおむね半減」にはほど遠い数字だった。

 今回の改定計画は冒頭部分で「首都の中枢機能に障害が生じた場合、災害応急対策に大きな支障が生じるだけでなく、国全体の国民生活や経済活動に支障が生じるほか、海外にも影響が波及する恐れがある」「首都中枢機能の障害は巨大過密都市を襲う膨大な被害をさらに拡大させる恐れがある」と危機感をあらわにした。そして「中枢機能の継続体制の構築」と「ライフラインやインフラ機能の維持」を重要課題に明記した。

関東大震災型大地震の想定震度分布図(内閣府提供)
関東大震災型大地震の想定震度分布図(内閣府提供)

被害低減の数値目標を189項目

 改定計画は死者数や全壊・焼失建物数を「10年以内に半数以下」にすると明示した。単なる努力目標ではなく、それを実現するための具体的な数値も盛り込んだ目標を定めたのが特徴だ。その数は従来の47から189に一気に増えた。

 もう1つの特徴は、政府や自治体による「公助」には限界があり、「自助」「共助」も必要であることを強調している点だ。緊急に実施するべき対策として、「防災意識の醸成と社会全体での体制構築」を挙げた。「『行政が守る者、国民が守られる者』という考え方から『国民、企業等、地域、行政が共に災害に立ち向かう』という考え方に転換する」としている。

 もちろん、行政による「公助」の果たす役割は大きい。政府には目標達成に向けた自治体支援や住民啓発が求められる。国民・市民としては国や自治体が実施するべき政策・対策をしっかり見届けつつも、大きな災害の直後には行政の支援が届き難い現実も直視しなければならない。改めて一人一人ができる備えを徹底する重要性が増している。

新たな被害想定を出した政府の作業部会の報告書の表紙と本文の一部(政府/内閣府提供)
新たな被害想定を出した政府の作業部会の報告書の表紙と本文の一部(政府/内閣府提供)

火災対策の鍵は感震ブレーカー

 阪神・淡路大震災や東日本大震災では、火災の半数以上は電気系統が原因だったとの調査結果がある。首都直下地震でも、想定死者数と全壊・焼失棟数の約7割は火災が原因とされている。このため改定計画では火災対策を大幅に強化した。

 特に冬の同時多発火災による被害の拡大は最大の脅威で、感震ブレーカーの普及促進を重点施策に位置付けた。緊急対策区域となっている1都9県(茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、山梨、長野、静岡)の設置率20%(2024年度)を35年度に「おおむね設置」まで引き上げるという。

 感震ブレーカーは、地震で損傷した配線部分などから出火することを防ぐ装置で、揺れを感知すると自動的に電気を遮断する。分電盤内蔵センサーで揺れを感知して電気を遮断するタイプは工事が必要で、費用は最大8万円程度かかる。より簡易的なタイプだと1個3000~2万円程度で購入できるものもある。

 現在、購入補助をしている自治体もあるが、東京都の市区町村の場合、補助をしているのは3分の1程度(総務省消防庁の調査)。「おおむね設置」を実現するためには、「自助」だけでなく「公助」による補助拡充も必要になってくる。

さまざまなタイプの感震ブレーカー。「感震ブレーカーの設置促進に向けた取り組み強化」のプレスリリースから(内閣官房/内閣府/総務省消防庁/国土交通省/経済産業省提供)
さまざまなタイプの感震ブレーカー。「感震ブレーカーの設置促進に向けた取り組み強化」のプレスリリースから(内閣官房/内閣府/総務省消防庁/国土交通省/経済産業省提供)

 火災対策としては「出火」を食い止めるだけでは十分ではない。改定計画では「著しく危険な密集市街地の面積の解消率100%」も盛り込んでいるが、実現には住民らの移転先の確保など課題も少なくない。また、延焼遮断帯の整備や防火性能の高い建物への順次更新など、進めるべき施策・対策は多い。

 建物の耐震化も重要な柱だ。耐震化対策は長い間、1981年の「新耐震基準」より前に建てられた住宅の解消が主な目標だったが、阪神・淡路大震災の被害を教訓に強化された「2000年基準」以降の住宅の倒壊率が低いことが分かってきた。改定計画では緊急対策区域で耐震性が不十分な住宅を35年度に「おおむね解消する」とした。ここでも「公助」が求められる。

首都直下地震により発生した大規模火災のCGイメージ動画の一場面(内閣府提供)
首都直下地震により発生した大規模火災のCGイメージ動画の一場面(内閣府提供)

避難対策や帰宅困難者対策も重要

 想定避難者は最大で約480万人に上ることから、避難所が不足する恐れがある。このため改定計画では、在宅避難や被災地外への広域避難を推奨している。個人ができる対策として、在宅避難の場合は3日分以上の食料・飲料を備蓄する家庭を2035年度に全国で100%にするとし、家具の固定率も100%を目標にした。

 緊急対策区域の1都9県には、ホテルや旅館を避難所とする指針の作成を求めた。自治体は国際基準を満たす量のトイレやベッドなどの備蓄に努める。また、緊急対策区域の市区町村が民間団体から食事の提供を受ける協定を結ぶことなども定めている。

 このほか、2030年度には水道の導水管・送水管の耐震化率を62%に、下水道管路は81%に、緊急輸送道路上の橋梁は90%にする目標を掲げた。発電・送電システムも耐震化を進め、災害時の石油供給連携を進めるなど広くライフライン・インフラの強靱化(きょうじんか)も目指している。

 東日本大震災では鉄道が運行を停止し、東京都心部で多数の帰宅困難者が出た。歩行者や車で道路が混雑して救助活動にも支障をきたした。首都直下地震での帰宅困難者は約840万人に上ると予想され、大混乱に陥る恐れが指摘されている。改定計画では、一斉帰宅の抑制や民間を含めた一時滞在施設の確保を促した。SNSなどでデマが拡散されて混乱が生じないよう、政府が正確な情報の発信に取り組むことなど多種多様な対策を具体的に盛り込んでいる。

建物の全壊を減らすための耐震化対策の重要性を示すグラフ(内閣府提供)
建物の全壊を減らすための耐震化対策の重要性を示すグラフ(内閣府提供)

AI・デジタル社会の減災対策の視点を

 生成AIの急速な普及などで私たちの生活は大きく変容し、特に「大都市のAI・デジタル社会化」が進んでいる。その半面、大地震などの自然災害に対する脆弱性も危惧されている。1995年の阪神・淡路大震災では道路・建物の崩壊・損壊のほか電話がつながらないといった通信インフラの脆弱性が問題になった。

 首都直下地震が起きた場合、AIサービスが停止する、クラウドが止まる、キャッシュレス決済ができない、行政デジタルサービスが使えない、といった事態が想定される。もちろんデータセンターは免震対策が施されているが、長時間の電力供給や複雑な通信網の確保をはじめ、周辺機器を含めたシステム全体が完全に守られるという保証はない。また、GPSが途絶したり誤差が生じたりすると、物流などさまざまな分野に悪影響が及ぶとみられる。これら「見えないデジタルインフラ」の被害は、首都圏の中枢機能に支障をきたす危険性が大きい。

 今回改定された首都直下地震緊急対策推進基本計画は、きめ細かい減災対策を体系的に網羅している。ただ、大都市に浸透している5G通信網、クラウドコンピューティングなどの 「デジタルインフラ」や、製造・物流・交通分野などの「サイバーフィジカルシステム(CPS)」が抱える脆弱性の対策については技術的な課題も多い。

 首都の直下を襲う地震は、もはや単なる自然災害ではない。現代社会を支えるデジタル基盤を直撃する「巨大都市システム災害」でもある。耐震化や火災対策だけでなく、電力、通信、クラウド・データ管理なども含めた「デジタル・レジリエンス」をいかに強化し、AI時代の首都機能をどう守るかが問われる。首都直下地震への備えは新たな段階を迎えた。

AI・デジタル社会になっても多くの人が首都東京に集まっている。首都直下地震による影響を紹介するイメージ動画の一場面(内閣府提供)
AI・デジタル社会になっても多くの人が首都東京に集まっている。首都直下地震による影響を紹介するイメージ動画の一場面(内閣府提供)
サイバー空間と現実空間が融合した「人間中心社会」の「Society5.0」のイメージ図の一部(文部科学省提供)
サイバー空間と現実空間が融合した「人間中心社会」の「Society5.0」のイメージ図の一部(文部科学省提供)

関連記事