探査機「はやぶさ2」が5日、小惑星「トリフネ」の探査に挑む。同機は元々、別の小惑星「リュウグウ」の探査を目的に開発、運用され、2020年にいったん地球に帰還して試料を届けた。運用を延長し最終目的地の小惑星に向かう道すがら、トリフネを観測する。傍らを通過する「フライバイ」探査で、やり直しのできない一発勝負。高精度の制御が必要な、星の中心から800メートルの“超接近”を計画している。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所のチームは「打ち上げから年数が経って機体が劣化する中で、(衝突の)危険がゼロではない探査になる」と気を引き締める。

フライバイ、史上最短級にトライ
トリフネ(2001CC21)は地球に接近する軌道を持つ小惑星の1つ。地上からの観測により形は細長く、長い直径が750メートル程度などと推定されるが、定かではない。初代「はやぶさ」が探査した小惑星「イトカワ」のような岩石質で炭素が少ない「S型小惑星」だ。なお探査済みのリュウグウは岩石ででき、成分に炭素が多い「C型」に分類される。
はやぶさ2は5日午後6時半頃、トリフネの中心から800メートルの通過を試みる。この時の相対速度は秒速5.2キロ。2031年7月に小惑星「1998KY26」に到着するための通過点であるため、長期間とどまらずにフライバイにより探査する。

はやぶさ2は元々、リュウグウの上空に長く滞在して探査する「ランデブー探査」向けに設計された。そのため、フライバイで科学的に価値のある探査をするには、天体にかなり接近する必要がある。そこで今回、トリフネにぶつかる危険性の低いギリギリの距離を通過することになった。
接近できる距離はトリフネの大きさや形状に加え、はやぶさ2の機器類の動作の精度にもよる。チームはトリフネを大きめに見積もるなど慎重に検討し、最終的に中心から800メートルの領域を目指せると判断した。なおカメラの位置の制約で、最接近の瞬間にはトリフネを撮影できない。
従来の各国のフライバイ探査では、天体から最接近時に数百~数千キロ離れた事例が目立つ。JAXAの資料によると、史上最短は中国の月周回機「嫦娥(じょうが)2号」で、2012年に小惑星の表面から770メートル程度まで近づいている。今回はこれに匹敵する距離となる。
「心苦しいが、俺たちがついてるぞ」

はやぶさ2はトリフネを目指す軌道制御のため、エンジン噴射を繰り返してきた。フライバイ前日の4日にもエンジン噴射を計画。当日は10時間前に、フライバイ本番運用を始める。3時間前に地上からの指示で最後のエンジン噴射を実施。2時間前以降は地上の指示によらず、機体に搭載したコンピューターの自律制御でフライバイに至る計画だ。
チーム長を務める宇宙研の三桝(みます)裕也研究開発主幹は、探査を前に先月24日に会見し「(2020年の地球帰還から)トリフネを目指してきて、非常に感慨深い。至近距離を通過させるので危険はゼロではない。はやぶさ2に対し心苦しいが『俺たちがついてるぞ』という気持ち。小惑星のすぐ近くを通りたいドキドキと、どんな小惑星が見えるかのワクワクが、半々ぐらいだ」と心境を語った。
JAXAはフライバイの時間帯に、運用状況のインターネット中継を予定。結果は翌6日午後、記者会見で明らかにする。
イオンエンジンなど劣化、工夫重ね航行中
はやぶさ2は2014年12月に地球を出発。リュウグウでは18年6月~19年11月に上空にとどまり、2回にわたり着地して試料を採取するなど、探査を続けた。20年12月、地球の上空22万キロで試料の入ったカプセルを分離し、地上に着地させた。この時点で機体に、加速用のイオンエンジン(電気推進エンジン)の燃料が打ち上げ時の半分、姿勢制御用の化学エンジンの燃料が3割ほど残っており、まだ余力があった。さらに運用を続ければ技術を磨け、また新たな探査機を仕立てずに低予算で別の天体を探査できることから、延長が決まった。

ただし、機体の設計上の寿命は地球帰還まで。既に5年あまり延長して航行しており、あちこち劣化が進んでいる。イオンエンジンは4基のうち3基の劣化が著しく、温存してきた1基を使用中。この1基も劣化の兆候が出始めており、運用の試行錯誤が続いている。リアクションホイールと呼ばれる姿勢制御装置は、昨年3月に異常が発生しており、問題を回避する工夫をして使っているのが実情だ。カメラやアンテナなどにも注意点がある。化学エンジンや太陽電池パネルは正常という。
はやぶさ2は地球再出発から既に54億キロあまりを航行し、現在は地球から1億キロの位置にある。トリフネの探査後は、2027年12月と28年6月の2回にわたり地球の引力を利用して軌道変更する「スイングバイ」を経て、31年7月に最終目的地の1998KY26に到着する計画だ。片道切符で、地球に再び帰ることはない。
宇宙研の吉川真准教授は「いろいろな不具合や劣化があるが、トリフネのフライバイを成功させ、どうにか1998KY26にたどり着いてほしい。頑張れと言いたい」と願いを込める。
制約大きいが、貴重なデータを獲得
探査機には多くの場合、理学と工学の目的がある。今回の探査は理学では、太陽系や天体の理解への貢献を目指す。トリフネの大きさや形、表面物質、状態を知ることで小さな天体の知識を深め、物質の移動など、太陽系の歴史の研究材料にする。
観測装置の主役は、トリフネを撮影する光学カメラ。このほか温度を測定する中間赤外カメラ、水の存在や構成物質を調べる近赤外分光計、観測の正確な位置を把握するためのレーザー高度計を活用する。
吉川氏は「フライバイ探査で得られるデータは少ないが、それでも非常に貴重な機会だ。これまでに(世界の)探査機が接近して高精細な画像が撮れている小惑星は、せいぜい十数個。そのうち地球に接近するのは6個しかないが、そこに新たなデータを加える」と説明する。

天体の地球衝突、リスクや対策の研究に貢献
工学の目標は、超接近のフライバイにより、地球で暮らす人類を天体の衝突から守る「プラネタリーディフェンス(惑星防衛)」に役立つ技術を獲得することだ。小惑星の至近を正確に通過できれば、危険な天体の素性を調べたり、軌道を変更して地球を危機から守ったりするための、基礎技術となる。
白亜紀末の6600万年前、直径10キロの天体が地球に衝突して恐竜絶滅の大きな原因になったことが知られているが、これに限らず、地球には大小の天体が衝突し続けてきた。将来、人類を脅かすような天体が迫った時、われわれは対応に迫られる。
太陽系では155万個の小惑星が発見済み。このうち地球に近づくものは4万2000個ほどあるが、吉川氏によると、今後100年ほどは衝突しないことが分かっている。直径10キロ以上のものは全て見つけたとみられ、恐竜を絶滅させた規模の衝突の心配はないという。ただ、特に1キロ以下のものの発見数が増え続けており、つまり未発見の天体が多いことを物語っている。

2013年にはロシア・チェリャビンスク州に直径17メートルの隕石が落ち、深刻な被害が起きた。こうした天体を衝突前に早目に発見し、避難などにより被害を抑えることや、天体に機体をぶつけて軌道を反らす技術開発が重要となる。プラネタリーディフェンスは防災の一分野といえる。
米国は2022年に機体「ダート」を小惑星に衝突させ、小惑星の軌道を変更することに成功した。トリフネへの超接近フライバイにより、わが国も“小さな天体に機体をぶつける”ことに匹敵する技術を実証することになる。
地球に衝突する天体が見つかり、かつ時間の猶予が短い場合に、既に別の目的で航行中の探査機を向かわせて緊急フライバイ探査をすることが考えられる。今回はその実証実験の意味も込められている。
週末は久々、はやぶさフィーバー

なおトリフネの名は公募で、3082件の中から2024年9月に決まった。日本神話の神や神が乗る船「天鳥船(あめのとりふね)」が由来で、はやぶさ2が探査を安全に行えるようにとの願いを込めた。
初代はやぶさはトラブルを重ねて絶望視されながらも、執念の運用で2010年、初めて人類に小惑星の試料を届けた。夜空に輝きながら燃え尽き、身を挺(てい)して自らの使命を完遂した物語が、複数の映画になるなど国民的な感動を呼んだ。うって変わって“しぶとく”旅を続ける後継機のはやぶさ2にとって、今回のトリフネ探査は重要な一章となる。
イトカワやリュウグウの精細な写真をはやぶさ、はやぶさ2が地球に送信した時、それらの予想外の姿が人類を驚嘆させた。トリフネの姿はいかに。今週末は久々に、はやぶさフィーバーがやって来る。
関連リンク
- JAXA「はやぶさ2拡張ミッション」