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レビュー

夜景が紙にきれいに写るんです 国際高専の“撮り鉄”教授が開発

2026.06.23

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 きれいな夜景を撮影しても、紙に上手に印刷できない。そんな悩みを解決し、夜景を見たままの印象で印刷できる技術を、国際高等専門学校(金沢市)の大塚作一教授(現:金沢工業大教授)らの研究グループが開発した。大塚教授は幼いころからの“撮り鉄”で、鉄道写真を撮るのが大好きだ。ただ、美しく情緒あふれる夜景も、写真にすると味気ない。「なぜなのか」という素朴な疑問から、この問題を解消するための研究を50年近く続けてきた。「趣味と実益が一致しました」と笑う大塚教授。線路ならぬ、研究は続くよ、どこまでも――。

国際学会で最優秀論文賞を受賞した大塚作一教授(国際高専提供)
国際学会で最優秀論文賞を受賞した大塚作一教授(国際高専提供)

幼少期のSLが教えてくれたこと

 大塚教授は、両親の実家がある岡山県津山市で生まれた。その後、両親の祖母に会うために、石川県と岡山県を鉄道で往復する機会が多く、SLが目の前に停車することもあった。黒光りする大きな車体の迫力や、汽笛の豪快さに心を奪われた。

 「子どものころから“てっちゃん”でして、中学・高校生の時にはカセットテープでSL列車の音も録音していました」。大塚教授は、そう振り返る。1970年代後半の高校・大学生時代には、当時、現役最後の活躍をしていたSLを追いかけ、遠く九州や北海道にも足を延ばした。

 撮影手法は時代とともに変化し、フィルムカメラからデジタルカメラになった。2000年代の初頭にはセンサーの感度が上がり、夜景の撮影もできるようになってきた。この頃には列車もカラフルになり、大塚教授は「美しい様々な列車の姿を記録したい」と、撮影しては印刷した。

 夜の列車は、暗い闇の中で漆黒の車体に光が反射して美しい。「暗いこと」と「黒いこと」は全く異なっており、この2つを区別できるような写真を追い求めた。だが、目で見た実物と印刷した写真の印象は大きく異なる。「昼はあまり違わないのに、夜はなぜこんなに違うのか」という疑問が、研究の“始発駅”だった。

教科書に疑問を持ち、脳や網膜の働きに仮説

 民間企業を経て、研究の世界に入った。専門は視覚情報処理学。ディスプレイのヒューマンインタフェースや、明るいところ・暗いところでの見え方を研究するうちに、目に関する教科書に書いてある文言に対して疑問が浮かんだ。「眼球内に入った光は、網膜で神経パルスに変換され、その後、脳の一次視覚野以降で情報処理が行われる」という記述である。

 この文脈では、網膜はカメラのセンサーと同じく、単純な信号変換器ということになる。視覚野以降では、情報がいろいろな成分に分解された後に再構成されることが解剖学的にも分かっている。役割の異なる脳の各器官で局所処理がなされた後、詳しい仕組みは分かっていないものの、それぞれの成分が統合されて視覚として認識されるのだ。

 大塚教授によると、立て続けに視点をあちこち素早く動かしても、視野全体の明るさのトーンは安定性を保っている。「見え方を脳内のみで処理している」という従来の説に立てば、像を映し出す処理をする際、「脳は局所処理に基づく高速処理をいくつもこなすことになる。例えるなら『エヌビディアのGPU(グラフィックス ・プロセッシング・ユニット)半導体が複数・全力で動いているのに、発熱しない』状態だ。そんなことがあるのか」と違和感を持った。

 また、「脳の視床下部にある視交叉上核(しこうさじょうかく)は光の情報を感知し、体内時計の調節をする」という教科書の記述についても、「視交叉上核は非視覚的な体調管理に徹して、見え方にいっさい関与しないというのにも何か不自然さがある」と思った。

これまでの学説では説明できない「見え方」のメカニズムがあると考えた(大塚作一教授提供)
これまでの学説では説明できない「見え方」のメカニズムがあると考えた(大塚作一教授提供)

 そのため大塚教授は「網膜は視交叉上核と連携して高機能なアクティブセンサの役割を持つ。視交叉上核は、『ブルーライトの感知や不眠になど非視覚的生理現象にのみ影響している』という従来の説は、一部正しく、一部は誤っている。非視覚的情報のみを感じ取っているのではなく、昼夜の明るさに応じて明るさの感じ方を調整する役割を持ち、視覚の初期段階でも働いている」と仮説を立てた。

暗い夜ほど高性能、不思議な人間の目

 この仮説が正しいことを検証するため、“各駅停車”での地道な実験が始まった。まず、「見える」とはどういうことなのかを突き詰めた。見え方の研究は、聴覚や触覚の研究と同じく、他人と自分の感覚を一致させるのが難しい。そこで、「どこまで暗くても物が見えるか、もしくは、どのくらいの明るさなら物が見えるか」を人の目やカメラなどの各種画像で示すことにした。

 月は、古くから人間にとって重要な観察対象だった。月を眺める和歌や歌謡があるように、人はいにしえから月を肉眼で見てきた。同時に月は夜の光源でもあり、月明かりがあれば、かなり暗い場所にも足を踏み入れることができる。

月明かりや月見は百人一首や浮世絵によく出てくるモチーフだ(『十二ケ月の内 八月 月見』 渓斎英泉・著、蔦屋吉蔵・出版、国立国会図書館デジタルコレクションより引用)
月明かりや月見は百人一首や浮世絵によく出てくるモチーフだ(『十二ケ月の内 八月 月見』 渓斎英泉・著、蔦屋吉蔵・出版、国立国会図書館デジタルコレクションより引用)

 一方、昼間は光源である太陽を視野の端に入れることはできても、直に見つめることはできない。まぶしい太陽を見ていないため、夜とは違って明暗の差を認識する必要はそれほどない。昼間のほうが明暗の差を最大限に認識しているように思えるが、実はそうではないのだ。

 最も暗いところから最も明るいところまで、風景の明るさの幅や、それを人間の目が認識したりカメラが撮影したりできる明るさの幅を「ダイナミックレンジ」という。目やカメラの場合、数値が大きいほど性能がいい。人間の目は、昼のダイナミックレンジが3万対1なのに対し、夜は100万対1以上と高性能だ。

 このため、暗闇に目が慣れると街灯がなくても物を識別できる。遠くの街の明かりや信号機、空の星の色など、明るい部分は昼間と同じようにカラフルに見え、暗い部分はモノトーンに近い状態となる。これを「薄明視(はくめいし)」という。色を感じる錐体(すいたい)細胞と色を感じない桿体(かんたい)細胞という2種類の視細胞が同時に機能することで、夕方から夜にかけて明るい場所と暗い場所が混在していても色を識別できるのだ。

「カメラの目」と人間の目の違いとは

新潟・長岡の花火大会。HDR画像(図A)に比べ、今回の研究で実現したhMDR画像(図D)は人の見え方に近く、河川敷の人影も確認できる(大塚作一教授提供の図を元に編集部改変)
新潟・長岡の花火大会。HDR画像(図A)に比べ、今回の研究で実現したhMDR画像(図D)は人の見え方に近く、河川敷の人影も確認できる(大塚作一教授提供の図を元に編集部改変)

 一般に私たちが目にするカメラの画像は、SDR(Standard Dynamic Range:スタンダード・ダイナミックレンジ)画像と呼ばれる。新潟・長岡の花火大会で撮影した写真では、図CがSDR画像だ。ダイナミックレンジは200対1程度で、ディスプレイに問題なく表示することができ、通常は紙にも印刷できる。

 一方で、私たちが日常生活している環境のダイナミックレンジはSDRをはるかに上回っており、それをそのまま記録したものをHDR(High Dynamic Range:ハイ・ダイナミックレンジ)画像と呼ぶ。花火の写真では、図Aがこれに当たる。HDR画像は、データとしては正しく保存されていても、そのまま印刷することができない。

 この問題を克服するため、主に2つの方法が採用されている。1つ目は、撮影の際に反射板やライトといった補助機材を用い、通常のSDRに収まるように被写体である風景そのものを改造してしまう方法だ。補助機材を適切に用いることができれば、美しい画像を入手できる。

 しかし、風景の改造が難しい場合は、ごく一部の明るさの情報しか適切に記録できない。花火の写真の例では、通常のSDR画像(図C)は、明るい部分が白飛びを起こし、暗い部分はつぶれて見えなくなってしまっている。

 2つ目は、最近のデジカメやスマホなどに標準的に搭載されている「HDRトーン」と呼ばれる画像圧縮技術だ(花火の写真の図B)。人間の視覚野の働きをヒントに、局所処理を中心に大胆に画像処理を加える方法で、明るい部分と暗い部分それぞれの色味や彩度、コントラストを強調し、従来のSDRの欠点を補おうとするものだ。

 ただ、この技術をもってしても、花火のようなシーンでは、図Bのように人間の見え方とは明らかに異なった画像になってしまう。このように、従来の「カメラの目」は、人間の目とは異なる仕組みでものを見ていたといえる。同じ「目」でも、“複線の線路”のように異なるものだった。

画像処理で「錯視」を再現できるか

 HDR画像を今の普通紙に印刷することは難しい。「見たままの美しい写真」として印刷するには、カメラの「見え方」を人間の目の見え方に寄せる技術を改善していくしかない。

 例えば、目の前の風景を正しく見るには、錯視を起こす必要がある。錯視とは、目から入った視覚情報を脳が処理する際、実際とは異なる形や大きさと認識してしまう現象のこと。人の目は非常に優れており、明るさを圧縮し、暗い部分を持ち上げて、光を自然に感じるようにできている。つまり、人間は実際の風景ではなく、目や脳で調整された画像を見ており、それが自然な風景だと思っているのだ。

 そのため、カメラに記録したデータを紙面で再現するだけではきれいに見えない。つまり、人間の錯視を画像処理によって再現できれば、きれいな画像を紙に印刷できることになる。やっと“トンネル”の先に明かりが見えてきた。

 どのくらい調整をかければ人間の目に近づけるか、大塚教授は様々なダイナミックレンジで調べた。その画像の数は3万枚。「まるでAIが取り扱うような大量のデータだった。目の見え方を、見ることができないブラックボックスの中で調べ続けた」と、骨が折れる作業だったことを振り返る。

花火の写真、2段階加工で「まるで本物」

 そんな折、運が味方するようなイベントがあった。妻の実家がある新潟・長岡の花火大会で、信濃川の河川敷に設けられたカメラマン席の抽選に当選したのだ。2025年8月、シャッターチャンスでカメラのボタンを押し続けた。その画像を使い、大量データから算出した数値で加工に挑んだ。

長岡の花火大会。(a)の撮影画像から(b)に加工した。(c)と(d)は既存の手法(大塚作一教授提供)
長岡の花火大会。(a)の撮影画像から(b)に加工した。(c)と(d)は既存の手法(大塚作一教授提供)

 まず、HDRで撮影した画像を、人間の目に合わせるように明るさを圧縮した。明るすぎる部分は抑えめに、暗すぎる部分は持ち上げるような加工を施す。HDRの広すぎる明るさの幅を70対1まで圧縮できた。

左がディスプレイ表示用のhSDR、右がマット紙・普通紙に印刷可能なhMDR画像(大塚作一教授提供)
左がディスプレイ表示用のhSDR、右がマット紙・普通紙に印刷可能なhMDR画像(大塚作一教授提供)

 この処理と同時に、紙に適合するように、大事な部分は残して無駄な差を縮めるという追加の加工をして、30対1でも自然に見える画像に調整すると、紙に印刷できるようになった。「人に合わせる」「紙に合わせる」という2段階の加工により、美しい夜景や緻密な昼の景色を紙に再現することに成功した。これがhMDR(hyper-realistic Moderate Dynamic Range:ハイパーリアリスティック・モデレート・ダイナミックレンジ)画像だ。

晴れた日の朝、夜の帳が下りる頃など、シーンを変えて、どの明るさにすれば自然に見えるかを示したグラフ。左が人に合わせる作業、右が紙に合わせる作業を示す(大塚作一教授提供)
晴れた日の朝、夜の帳が下りる頃など、シーンを変えて、どの明るさにすれば自然に見えるかを示したグラフ。左が人に合わせる作業、右が紙に合わせる作業を示す(大塚作一教授提供)

 大塚教授の学校に近い金沢・兼六園や、JR札幌駅前の広場の夜景を撮影し、「ありのまま」に見えるよう印刷した。こうした夜の画像が日中でも自然に見えるのは、「視交叉上核が網膜の機能を制御し、状況に応じた見え方に自動で変換しているからだ」と推定した。多くの異なるシーンを検証した結果、画像処理の観点では、仮説に対して矛盾のあるケースには遭遇しなくなった。長く続けてきた研究が、やっと“終点”に到着した。

様々な明るさや時期の違う景色を印刷したhMDR画像。どれも見たままの状態に極めて近い(大塚作一教授提供)
様々な明るさや時期の違う景色を印刷したhMDR画像。どれも見たままの状態に極めて近い(大塚作一教授提供)

犯罪捜査などに役立てる未来

 だが、大塚教授はこれで“回送電車”として“車庫入り”するわけではなく、電車を“乗り換え”て次なる研究を続けるつもりだ。「防災カメラや街角の防犯カメラ、ドライブレコーダーといった、鮮明さが求められる画像に対する処理に応用して普及させたい」と実用的な目標を語った。

 加えて、「現状は、画像処理の観点からの検証がほぼ完了した状況だが、生理学的にも実際の網膜や視交叉上核の働きが仮説と矛盾しない証明が必要だ。私どもの研究体制では不可能なので、本当にそのようになっているのか、学際的な研究をして、多角的な観点から動物実験などで確かめる必要がある。実際には何十年単位の長い時間が必要であると思う」と語った。

 なお、大塚教授は、今回紹介した技術を改良し、屋外にとどまらず、従来は困難であった昼間の室内の逆光で、劣悪なHDR環境でも自然に見える写真をうまく印刷する技術も開発している。5月に米国・ロサンゼルスで行われた国際会議で最新の成果を発表した。

 大塚教授の研究は「趣味が高じたもの」とのことだが、社会的な意義が大きい。警察が検挙した事件のうち、防犯カメラなどの画像により解決したものは17.6パーセント(2024年、警察白書)で、年々増えている。安全な社会へ向けて、“出発進行”といきたいものだ。

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