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レポート

【スタートアップの軌跡 6】「レンチン」をプラントに応用、社会課題の解決へ マイクロ波化学

2026.05.20

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 「レンジでチン」の原理を応用し、モノづくりにイノベーションを起こす――。マイクロ波化学(大阪府吹田市)は、電子レンジで食品の加熱に使うマイクロ波を幅広い産業で生かそうと創業した。創業者で社長兼CEOである吉野巌の「環境・エネルギー分野でインパクトのある起業をしたい」という思いと、共同創業者で代表取締役CSO(最高科学責任者)である塚原保徳の「技術はなんであれ、社会実装されてこそ価値がある」という信念を土台に、社会課題の解決に向けて多彩な事業を展開している。

マイクロ波化学の大阪事業所に立つ吉野巌。インク原料の工場としての役目を終え、現在はマイクロ波技術の実証研究施設として使う(大阪市住之江区)
マイクロ波化学の大阪事業所に立つ吉野巌。インク原料の工場としての役目を終え、現在はマイクロ波技術の実証研究施設として使う(大阪市住之江区)

出会いから1年、自宅マンションの1室で起業

 吉野は1990年に新卒で三井物産に入社し、化学品部門で営業を担当したほか、タンカーの手配などのロジスティクスや石油製品のトレーディングといった様々な業務を経験した。10年ほどたったころ、「自分のキャリアについて一度しっかり考えなければ」という思いが強くなり、会社をやめて米カリフォルニア大バークレー校でMBAの勉強を始めた。渡米した2000年ごろはグーグルが台頭していく時期。住んでいた西海岸で、ベンチャー企業が世の中にインパクトを与える姿を目の当たりにした。

 「自分も何かやりたい」と、2006年に帰国。三井物産のベンチャーキャピタル部隊に紹介され、当時、大阪大学大学院工学研究科でマイクロ波化学を研究していた塚原に出会った。1年間、電話でやり取りを続けるうちに「世界中の化学産業を変革しよう」という思いを共有するようになり、07年8月に起業した。京都市内の自宅マンションの1室からのスタートだった。

自宅マンションの1室からのスタートだった(マイクロ波化学提供)
自宅マンションの1室からのスタートだった(マイクロ波化学提供)

Q:帰国後わずか1年での起業です。塚原さんとはたまたま出会えたのでしょうか。
A:当時は、起業を支援する事業はそこまでなく、私が現在、推進アドバイザーを務めている科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出基金事業(早暁プログラム)のようなものはありませんでした。起業したいと思えば、自分で研究者に会いに行き、話を聞くしかなかったのです。だから実は、塚原だけではなく、他にも何人か研究者には会っています。偶然か必然かと聞かれれば、塚原との出会いは偶然。けれども、準備をしていたからこそ、偶然の機会を捉えて起業につながりました。

リーマンショックで工場の立ち上げ難航

 マイクロ波は赤外線より波長の長い電磁波で、対象物に直接エネルギーを伝えることができる。この原理は電子レンジに応用されており、マイクロ波を食品に当てると水分子が振動して熱が発生し、食品を内部から温めることができる。工場で原材料などを加熱するのに応用すれば、外から熱を加える従来の方法より効率がいい。吉野らは創業に当たって、化学メーカーや食品メーカーなどの工場から出てくる廃油を原料に、マイクロ波を用いてバイオディーゼルを製造し販売しようと計画していた。

 資金調達に取り組んでいた2008年、リーマンショックが起きた。金融機関や企業は自分が生き残るのに必死で、スタートアップに投資するどころではない。政府が「スタートアップ育成5か年計画」を策定する22年より10年以上も前で、大阪に拠点を持つベンチャーキャピタルはほとんどなかった。経済産業省をはじめとする国の補助金とベンチャーキャピタルの投資、デット(銀行借り入れや社債など)を組み合わせ、11年に初めて資金調達ができた。世界初の大規模マイクロ波化学工場が大阪事業所にできたのは14年だ。

2014年に建てた大阪事業所の工場。竣工式に関係者が集まった(マイクロ波化学提供)
2014年に建てた大阪事業所の工場。竣工式に関係者が集まった(マイクロ波化学提供)

Q:工場の立ち上げは難航したそうですね。マイクロ波を使った大型設備を売り込みたいのに、前例がないせいで売り込めないと苦しいですよね。
A:工場という資産をもつことに投資家が難色を示した理由は大きく2つありました。1つは化学プラントを動かしたことのある人間がいなかったことです。化学反応を制御できなくなると、人が死傷する事故につながりかねません。高度な安全性が求められる中、営業や研究の経験者だけで工場を動かそうとすることに反対されました。もう1つは、ディープテックが関わる部分以外に投資をするのは資金回収の効率が悪いからです。マイクロ波装置を備えた化学プラントを10億円で作るとして、装置にかかるのは多くても1割の1億円。普通は5%程度です。このほかに、材料保管のタンクや前処理を行う装置といったマイクロ波と関連のない汎用品も必要になります。しかし、投資家から見ると、これらの汎用品は付加価値を生み出しにくい。多くの失敗をわずかな成功でカバーしているスタートアップ投資では期待収益率が高いので、「マイクロ波装置には投資したいが、プラント全体には投資したくない」となるのです。ベンチャーキャピタルの投資が限られるなら、デット(銀行借り入れや社債など)を使おうと考えましたが、担保となる土地はありません。創業者2人の自己資金は計600万円。資金調達は困難を極めました。

「ピボット」を繰り返し、資金調達は7回も

 2011年からの資金調達の中で、当初計画していたバイオ燃料製造から、化学品としてのインク製造、ジョイントベンチャーでの工場設立と別テーマへのピボット(方向転換)を繰り返した。一般的にスタートアップの資金調達については、ビジネス開始直後のシリーズAから始まり、Bでビジネスを軌道に乗せ、C、Dあたりで黒字経営や安定的な収益を出すのが理想的だ。マイクロ波化学の資金調達は、シリーズGまで7回にも及んだ。

 転機は2019年。マイクロ波プロセスの技術プラットフォームを用いたソリューションの提供に舵を切ることで、事業が安定した収益性をもたらすようになった。22年、東京証券取引所グロース市場に上場を果たした。

上場前の資金調達は、シリーズごとに工場設置や研究開発強化、人材採用、インフラ整備の目的があった(マイクロ波化学提供)
上場前の資金調達は、シリーズごとに工場設置や研究開発強化、人材採用、インフラ整備の目的があった(マイクロ波化学提供)

Q:ピボットというより、やたらと多角化しているようにも感じます。
A:ピボットしない会社は潰れると思います。やってみないと分からない、検証しないと分からないことだらけなのがスタートアップです。「10年後の会社の絵姿を想像したロードマップがあり、バックキャストして各プロジェクトが各時点で、1~2年でここまで進むというマイルストーンをつくり…」という事業の進め方は、私の感覚ではスタートアップではできません。マイクロ波化学では、「スケールアップしないといけない」「とにかく製品を作って世の中に出さないといけない」と、1、2年後の目標を立てて挑戦し、その目標に到達したら周りを見回し、次はどうするかを決めていくことの連続でした。日々は地を這う匍匐(ほふく)前進のような感じで、目の前しか見えずに視野が狭くなることが多い。短期的な決断の連続によって、会社があらぬ方向に進む心配があるのです。だから、進んでいる方向が正しいか、「北極星」のような指針が必要となります。「ビジョン」といえるほど明確なものではないですが「環境、エネルギーに貢献しよう」「新しい技術を世の中に出したい」という思いは常に確認しています。
 また、ピボットを重ねるうち、モノづくりには研究開発でイノベーションを生み出すのとはまた違うノウハウが必要であり、自分たちがメーカーになるのは効率的でないことがよく分かりました。だからこそ「モノ」を販売するのではなく、「マイクロ波を使ってどのようにモノを作るか」という方法を伝えるソリューション事業にたどり着けました。省エネ・高効率・コンパクトなモノづくりに加え、政府の「カーボンニュートラル宣言」以降、プラントでの電化プロセスを検討したいというニーズがあったのです。

「変わることができる会社だけが生き残れる」

 2022年6月の上場からまもなく、株価は一気に3倍に。その後急落した。

2022年に東京証券取引所に上場してからのマイクロ波化学の株価の動き(グーグル検索より抜粋)
2022年に東京証券取引所に上場してからのマイクロ波化学の株価の動き(グーグル検索より抜粋)

Q:株価の乱高下に嫌気が差さなかったでしょうか。ベンチャーキャピタルのファンド期限もあったでしょうが、株主に振り回されずに企業の競争力を上げるため、もう少し上場しないという選択肢もあったのでは。
A:当時、上場するかどうか迷いましたが、次のステージに会社を持っていくにはアリな選択ではないかと決断しました。上場後の株価の乱高下は嫌でした。でも、上場は目的ではなく手段。会社がパブリックになると金融機関とも付き合いやすくなります。会社の名前が知られるようになると良い人材が集まり、採用しやすくもなります。上場できていることを活用して、会社を成長させればよいのではないでしょうか。

 現在、マイクロ波化学は60ほどのプロジェクトを手がける。化学産業と金属産業の関連でおおむね半分ずつ。化学産業で具体例を挙げると、三菱ケミカルとの熱分解リサイクル技術がある。廃車からテールランプのカバーを集め、マイクロ波によって分子レベルまで分解し、再び新品同様に戻す技術だ。リサイクル材はホンダの電気自動車のドアバイザーに採用され始めている。従来は釜を加熱して溶融・分解していたが、マイクロ波だとエネルギー効率がいい。

 金属産業においては、鉱石の精錬などにマイクロ波を使う。何トンもの大量の鉱石を処理する必要があるため、エネルギー効率のいいマイクロ波に置き換えると大幅な省エネにつながる。吉野の古巣である三井物産とは、パイロット機で低炭素リチウム鉱石精錬技術の実証実験を2025年9月から開始している。

Q:会社の変化やテーマの振れ幅が大きいですね。
A:上場時は「脱炭素」の文脈で株価が一気に3倍になりました。しかし、社会が直面する課題は絶えず変化しており、今や「経済安全保障」への関心が世界的に高まっています。その象徴が、今まさに起きているナフサ危機です。2026年2月末のイラン攻撃を機にホルムズ海峡が事実上の封鎖状態となり、輸入ナフサの約7割を中東に依存する日本の石油化学産業は、減産や製品値上げを余儀なくされています。帝国データバンクの調査によれば、国内製造業の約3割にあたる4万7千社近くが調達リスクにさらされており、中小企業を中心に経営への打撃は深刻です。しかし、化学業界がホルムズ海峡問題に苦しむ一方で、私たちのケミカルリサイクル技術はまさにこの構造的な課題に対するひとつのソリューションとなり得ます。
 一例として、三菱ケミカルと取り組んでいるケミカルリサイクル技術は、廃棄物を新品同様に戻す画期的なリサイクル法になります。さらに、今年からヨーロッパでは、自動車に使うプラスチックの再生材利用の法的な義務化が始まる予定であり、世界的に注目されている分野です。また、経済安保という観点では、レアアースをはじめとする重要鉱物の確保にマイクロ波を用いた新しいプロセスを提供しようと開発を進めています。日本政府も、4月に循環経済に関する関係閣僚会議を開き、2030年までにリサイクル率を高めるために官民で1兆円を投じる行動計画を正式決定しています。
 「エネルギーと環境に貢献する」という創業以来の思いを軸に、社会が求めるものを先取りしながら自らを変え続けないといけないと考えているからこそ、結果として変化やテーマの振れ幅が大きくなりました。そもそも、上場時と同じことをしている会社はないと思いますよ。DeNAとかヤフーとか楽天とか、ソニーもそうですね。変わることができる会社だけが生き残れる。モノづくりでピボットすることは難しいかもしれないけれど、世の中の流れに自分たちの得意なことを合わせていくことができないと、生き残れないのではないかな。マイクロ波化学も、ここ1、2年でマイクロ波にさえこだわらない新たな挑戦をして変わっています。エネルギーと環境に貢献するという根本的な思想は揺るがないという信念のもと、私たちは確かな変革を遂げていきます。

現在稼働しているマイクロ波技術の実証施設(大阪市住之江区、マイクロ波化学提供)
現在稼働しているマイクロ波技術の実証施設(大阪市住之江区、マイクロ波化学提供)

課題解決のためにはマイクロ波にこだわらない

 顧客の課題を解決することを優先するなら、その手段はマイクロ波でなくてもいいと吉野は考えている。「マイクロ波で何ができますか?」と問われ、答えを考え続けていくうち、マイクロ波化学のソリューション事業は、化学だけでなく、金属や食品、半導体の分野にまで広がってきた。

 そんな中、2025年には京大発のベンチャー企業ディーピーエスから低濃度貴金属回収事業を譲り受けた。1次回収を終えた排水に含まれる低濃度のパラジウムを独自構造のシリカゲルに吸着させて再資源化する技術だ。ディーピーエスを紹介された際、住友電工のベトナムの工場ですでに導入されていた。世の中の役に立つし面白い技術だが、事業を拡大するには、営業職と研究者とエンジニアがともに取り組む必要性を感じた。「ソリューションを増やすことは、お客さんの課題を解決するためにいいのでは」と吉野は思った。低濃度貴金属回収事業は、創業から持ち続けている思いを叶える一歩だと感じた。

Q:もはやマイクロ波を用いたソリューションではありませんね。
A:マイクロ波化学の技術の社会実装は、3~5年後という短いスパンの時間軸ではなく、長期的な目線で取り組むべきものだと考えています。昨年宣言したとおり5基のプラントを2030年までに導入するつもりですし、それ以降も世界的に実装を進めていきます。省エネやプロセスの効率化、製品の品質向上やスペックを上げるという課題解決のためには、マイクロ波にこだわる必要はないと思っています。ピボットやモデルチェンジをしていかないと社会課題の解決ができないし、会社も成長できないからです。技術は社会実装されてこそ価値があります。研究室にあっても、世の中で使われないと価値がありません。当初から持ち続けた創業者2人の「世の中にインパクトを与えるビジネスがしたい」という思いは何ら変わっていません。

(敬称略)

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