「宇宙教育」をご存じだろうか。宇宙開発に関わる人材を育てるというだけでなく、宇宙を教育の素材として青少年の育成を目指すという重要な役割がある。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2005年に宇宙教育センターを設立し、宇宙をきっかけに「子どもの心に火をつける教育」を推進してきた。2月にシンポジウムを開き、これまでの活動を振り返るとともに、新たな一歩を踏み出すための手がかりを議論した。

「宇宙を学ぶ」だけでなく「宇宙で学ぶ」
雪のちらつく東京・日本橋で2月7日、JAXA宇宙教育センターの設立20周年を記念する「2025年度 宇宙教育シンポジウム」が開かれた。3年ぶりの開催で、全国から75人が集まり、オンラインでも60人が参加。講演やポスター発表、パネルディスカッションがあった。

JAXA宇宙教育センターは、「宇宙を学ぶ」だけでなく「宇宙で学ぶ」ことを特に重視して、学び続ける姿勢を養う取り組みを展開してきた。シンポジウムの開会に当たり、JAXA理事の佐藤寿晃さんが「日本の発展には人材が重要。そのために宇宙教育が果たす役割は大きい。今日の議論が活動の発展につながることを願っています」と挨拶した。

続いて、長年にわたり宇宙教育に携わってきた百合田真樹人さん(独立行政法人教職員支援機構教授)が講演し、JAXA宇宙教育センターの掲げる「宇宙教育」の理念と、JAXAがそれに取り組む意義を共有した。
宇宙教育について百合田さんは、「生命の大切さ」を基軸にして、物事を問う「好奇心」と挑戦する「冒険心」、知識や技能を活用する「匠の心」を育むものであり、JAXA宇宙教育センターが「子どもの心に火をつける教育」と位置づけていることを紹介。生命を考えるには、地球全体を包摂する宇宙と、その視座から設定するテーマに有効性があると強調した。

百合田さんは「戦後一貫してきた『育てる教育』は、社会で生きるための資質や能力の育成を目指してきました。この教育アプローチは目的合理的で重要ですが、一方で、設定された目的に適合しない学びへの無関心を伴います」と問題点を指摘した。
「育てる教育」は、人々を集めて知識や技能を教え、その中から適性の高い人材を選抜して社会の適材適所に配置する。一方で、適材適所の配置から漏れた人たちに対し「自分は必要とされていない」「当事者ではない」というメッセージとして働くことで、世の中への無関心の素地になっていく。特に、宇宙開発のように不確実性があってリスクを伴う研究開発は、時間がかかる上に失敗もあるため、世の中の無関心は活動の持続可能性に大きな影を落とす。だからこそJAXAが展開する宇宙教育には、適材適所の人材育成が選抜の過程で取りこぼす関心を支えることにその意義と目的があると、百合田さんは考えている。
続いて、JAXA宇宙教育センター長の谷垣文章さんが「幼児から大人まで多くの人たちに向けたプログラムを実施しています」と活動を報告した。教員向けの研修に力を入れており、さまざまな教科で実践できるように動画・資料・指導案がセットになった「宇宙で授業パッケージ」もウェブサイト上で無料提供しているという。そのほか、体験型プログラムの「コズミックカレッジ」や「JAXAアカデミー」、各種コンテスト、他国の宇宙機関と国際協力により実施する「ポスターコンテスト」や「大学生派遣プログラム」など活動は多彩だ。

子どもたちの「好き」を伸ばす学校・社会教育
JAXA宇宙教育センターの宮崎直美さんは、月(ルナ)に自分の好きな世界を創造できるゲーム「ルナクラフト」を紹介した。人気ゲーム「マインクラフト」上にJAXAの持つ月のデータが盛り込まれ、プレーヤーは本物の月面さながらの体験をしながら、月面開拓のミッションに挑む。同センターのウェブサイト上で公開されており、無料でダウンロードすることができる。
「問題解決型学習に最適で、グループで取り組めば友だちと助け合うなど非認知能力も育まれます」と宮崎さん。夢中で遊ぶ子どもたちの様子が伝わってきているという。

シンポジウム前半の最後には、文部科学省の遠藤成彬さん(初等中等教育局教育課程課企画調査係専門官)が、改訂作業の進む次期学習指導要領の検討状況について話した。学習指導要領とは、国が学校で教えることを定めた大綱的基準で、これを基に教科書が作られる。令和8年度中に答申が取りまとめられる予定で、現在、あらゆる角度から検討されている。
次期学習指導要領では、検討の基盤となる考え方として、生涯にわたって主体的に学び続け、多様な他者と共同しながら、自らの人生を舵取りすることができる民主的で持続可能な社会の作り手を「みんな」で育むこととしている。また、多様な子どもたちを包摂する柔軟な教育課程の在り方として、標準授業時数の弾力化を可能とする制度なども検討を進めているという。

宇宙への驚きが学びの出発点
シンポジウムの後半では、教育現場から話題提供があった。
JAXA角田宇宙センターがある宮城県角田市は、2015年から宇宙教育に取り組んでいる。25年には、市全体を1つの教室に見立てて子どもたちの夢を育もうと、新たに「かくだ宇宙教育プログラム」をスタートさせた。市内の各学校に宇宙教育担当者を配置し、宇宙教育を教育課程の中に組み入れた。
宇宙教育の充実を図る理由について、同市教育委員会教育長の永井哲さんは「教育において好奇心に勝るエンジンはありません。宇宙の美しさ、壮大さ、神秘性、ロケットの迫力などに対する純粋な驚きが、すべての学びの出発点になるはずです」と説明した。

また、上越市立高志小学校で理科を教えている小島章子さんは、「宇宙というと“ちょっと難しそう”と思うかもしれませんが、誰にとっても未知の世界なので、自由に発想できる魅力があります」と、さまざまな学年での実践例を紹介した。
例えば、3年生には「宇宙で発見 新種の昆虫」と題して、どんな昆虫が見つかるのかを自由に考えてもらっている。5年生には月面で植物を育てるための栽培施設を設計してもらい、6年生の音楽では雅楽の音色が宇宙を表現していることを学んでもらう。「子どもが宇宙を知ることで地球の不思議に気付き、自分の暮らしを見つめ直している姿を目の当たりにしている」という。

和歌山県串本町に民間小型ロケット発射場ができたのを契機に、県立串本古座高等学校は2024年、「宇宙探究コース」を創設した。教鞭をとる藤島徹さんは、自身の指導ノウハウについて「日本宇宙少年団(YAC)の横浜分団の活動で得た知識や経験を基にしていますが、今も毎年、JAXA宇宙教育センター主催の『宇宙指導者セミナー』に参加してアップデートしています」と語った。
藤島さんは、宇宙飛行士を招いたり、大学の研究室を訪問したり、本物に触れる体験を取り入れつつ、自作の教科書を使った授業では、ペットボトルロケットの仕組みを理解して効率よく飛ばす方法を追究させるなどユニークな教育を試みている。
「学びを通して物事の本質や楽しさを理解し、自分で追究できる人になって欲しいと思っています。そのために入口、中身、そして進学や就職といった出口までしっかり作ってあげることが私の仕事です」

最後に、大分工業高等専門学校の名誉教授で日本宇宙少年団(YAC)活動委員会の副委員長を務める高橋徹さんが活動報告をした。
YACには全国で約2000人が団員登録し、142の分団で活動している。分団には幅広い年齢層の団員が所属し、水ロケットの製作や衛星データの活用など宇宙に関する様々な活動をしており、「他ではできない体験ができる」「親でも学校の先生でもない大人に出会える」など、子どもたちの世界を豊かにするという声も多い。一方で、高橋さんは「4分の3以上の分団が個人によって運営されており、活動場所の確保や指導者の育成などで継続が難しくなる場合もある」とYACの抱える課題について話した。

身近な資源の活用で「本物の体験」を
パネルディスカッションでは、身近に宇宙センターがある環境や、宇宙飛行士の講演、衛星データ活用など「本物の宇宙体験がなければ、宇宙教育はできないのか」といった問題が焦点になった。
「単なる知識ではなく、実際に触れたり話し合ったりすることで子どもたちの心の中にわき上がるものがある。それこそが本物の体験です」とYACの高橋さん。串本古座高校の藤島さんも「宇宙探究コースでも宇宙の授業だけをしているわけではありません。例えば、近くにあるジオパークの岩の成り立ちを考えることも地球を知る“本物の体験”です。地域性を生かすことが大切なのでは」と、身近な資源の活用によって宇宙教育の理念を展開できると話した。
また、永井さんは「すべての学校にJAXAの方を派遣してもらうことはできないので、各校に宇宙教育担当者を置くことにしました」と角田市の取り組みの背景を語り、小島さんは「持続的に食料を得られるように、宇宙に連れて行く10種類の生き物を選んでもらった」という食物連鎖の学習を例に、「宇宙を使って具体的に考えることで絵空事が本物に近づく」と話した。

モデレーターの百合田さんは「宇宙教育を教育現場で実践するために、皆さんがご自分の言葉に直していることが分かりました。そうした取り組みをそれぞれが進めることで、ここまで宇宙教育が広まったのだと思います。今後も新しいネットワークができることを願っています」と締めくくった。
閉会に当たってJAXA宇宙教育センター長の谷垣さんが再び登壇し、「宇宙のことを知らないから宇宙教育をするのがためらわれると、先生からよく聞きます。しかし、今は情報の時代。子どもがよく知っているのなら、大人は一緒に楽しむくらいの気持ちに切り替えて取り組めばいいのでは」と改めて宇宙教育の在り方を提案。また、全国の宇宙教育の担い手たちがつながる貴重な場としての宇宙教育シンポジウムの狙いと意義を強調した。
ポスター発表には宇宙教育に取り組む学生の姿も
シンポジウムの合間にはポスター発表があり、大学生から3件の発表があった。その1つとして、大学生が運営する宇宙開発フォーラム実行委員会の外部プロジェクト「USE(Unit of Space Education)」のメンバー5人が参加していた。「宇宙好き」という共通点で集まり、学校への出前授業や大学の文化祭への出展のほか、人工衛星の打ち上げを疑似体験するワークショップや、ロケット開発事業について考えるプログラムなど多様なコンテンツを提供している。今回のシンポジウムについては「今後の活動のヒントがありました。連携できる仲間を見つけて、活動の幅を広げたいです」「教育のプロの目線を知ることができました。教育って深いのですね」などと語った。

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