今の季節は一般的に農閑期にあたる。寒い北海道では二期作・二毛作が難しく、特にその傾向が強い。水ぬるむころになると農家は一気に忙しくなるが、昨今は担い手不足が悩みの種だ。食料自給率200%超を誇る北の大地も例外ではない。いっそ冬の間に作業を進めておくことができれば――。そんな農家の声に応えようと、高分子化学で発芽の制御に挑む研究者を取材した。

進まぬタマネギの「直播」、手間かかる「移植」で生産
訪れたのは道東の北見市。同市を含むオホーツク地域は第1次産業の集積地だ。漁業は道内1位の規模で、農業も十勝地域に次ぐ2位。中でもタマネギ栽培が盛んで、国内出荷量の約2割は北見市産が占める。

タマネギの栽培には、とにかくコストがかかるという。冬の間にビニールハウスで苗を育て、春になると屋外の畑に植え替える。生産量の実に98%が、手間のかかるこの「移植」で作られる。3000万円もの設備投資も必要で、新規就農の壁になっている。
農家の苦労に輪をかけているのが人手不足だ。春以降、農家は多忙を極める。増える負担に対応するため、移植が主流だったビートは、種を畑に直接まく「直播(ちょくはん)」に切り替わりつつある。だが、タマネギやイネは難易度が高く、直播が進んでいない。
ポリマーで発芽時期をコントロール
そうした中、北見工業大学の浪越毅さん(地球環境工学科准教授)は、タマネギなどの直播を可能にして農家の負担を減らそうと研究を進めている。ポリマーで種子をコーティングし、発芽までの時間をコントロールする構想だ。

ポリマーが壁となって水分が種子に到達しなくなるので、畑にまいてもすぐに発芽することはない。ポリマーはセ氏5度前後で軟らかくなるよう調整されているため、春の気温上昇に伴い徐々に崩れていく。その結果、水分が種子に届くようになって発芽する、という仕組みだ。つまり、気温がセ氏5度を下回る冬に種をまいておき、季節がめぐり暖かくなって発芽するのを待つだけでいい。
突拍子もないアイデアのようにも感じるが、浪越さんは「現在、使われている種子の多くも、実はコーティングされているのです。もっとも、自動種まき機で均等にまきやすくするとともに、視認性を高めるためではありますが」と話す。

晩秋の種まき実現へ2層コーティングも
浪越さんが目指しているのは農作業の平準化だ。農家へのヒアリングを重ねた結果、農繁期の作業を農閑期に移すことができれば負担やコストが大きく減ると分かった。この課題に、高分子化学の知見で応えようというわけだ。
浪越さんは、さらなる機能の向上にも余念がない。セ氏5度以下での農作業は寒さがこたえるだけでなく、畑が凍結したら種をまけない上、機械も故障しかねないなどの課題もあるためだ。そこで、収穫直後の晩秋に種まきができるよう、低い温度で水に溶けるポリマーも加えて2層コーティングにする手法を試している。

浪越さんは、他の展開も視野に入れている。低温下では発芽しにくいカボチャの発芽を促進したり、ポリマーが溶けていく間に肥料をじわじわと効かせたりするなど、さまざまな角度でコントロールすることも可能にしたいそうだ。
農地で実証重ね、発芽率が一定水準に
きっかけは農家の声だった。2016年頃から異分野融合型の研究テーマを模索する中で、地元農家との会合で農期の偏りが課題になっていることを知ったという。「もともと農業だけをターゲットにしていたわけではありませんでしたが、北見で働く研究者として取り組みがいのあるテーマだと思いました」と浪越さんは振り返る。
「廃業する農家が増えたこともあり、一軒あたりの作付面積は増加傾向にあります。北海道の農家の平均年齢は58才と全国平均よりも10才ほど若いものの、高齢化が進むのは確実です。早いうちに手を打たなければいけません」

実現には課題も多い。農業では収量が収入に直結するため、従来のやり方から新しい手法への転換が進みにくいのだ。浪越さんは直播に変えても収量が落ちないことを示そうと、地元農家から農地の一角を借りて実証を重ねている。発芽率はインキュベーター(恒温器)内で初めて取り組んだ2022年の40%から、実際に農地で栽培した25年の64%まで大きく向上した。農林水産省が種苗会社などに遵守基準として示しているタマネギ種子の発芽率が70%であることを踏まえると、一定の水準に近付きつつあると言っていいだろう。

早期の実用化に向け、あの手この手でアプローチ
ただ、多くの農作物は年に一度しか収穫できないため、実証の回数を増やそうにも増やせない。起業も目指す浪越さんのもとには「2〜3年での実用化を」といった投資ファンドからの要望も届く。そこで浪越さんは、冬期直播の実現可能性を示すために別のアプローチにも取り組んでいる。
「高速道路ののり面に植える芝です。農作物ほど厳格な品質が求められないので、まずは発芽率を高めるなど手法の確立を急ぎたい」(浪越さん)
北見工業大学には建設業界との太いパイプを持つ教員が多いことも助けになった。すでに企業との連携も始まっているという。こうした戦略も駆使しながら2029年頃の起業を目指し、研究にビジネスの議論に日々いそしんでいる。

まずはライセンスビジネス、将来は種子の自社製造を
とはいえ、やはり気になるのは、北見の名産品タマネギでの実用化だ。実現の時期を尋ねてみると、「タマネギはけっこう難しいんですよね」と苦笑いしつつ、「安全性を担保しながら5年以内を目指したい」と意欲を語ってくれた。

当面はライセンスでのビジネス展開を実現し、将来はポリマーコーティングした種子の自社製造を目指すという浪越さん。食料安全保障が重要な社会課題になる中で「農家さんは手が足りないことに強い危機感を抱いています。手法を置き換える大きなチャンス」と感じている。もともと農家のニーズから始まった研究ということもあり、理解も十分に得られているそうだ。
オホーツクで生まれた浪越さんと農家の夢は、日本の食卓を救うことになるのか。今後も注目していきたい。
関連リンク
- 北見工業大学「高分子化学研究室(浪越研究室)」
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