文部科学省が大学の研究力再興を期して立ち上げた「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」。25大学が採択され、各地域で強みを生かした研究がスタートしている。今回取材したのは、鎖国時代の数少ない開港地として西洋医学が持ち込まれた地域性を生かし、「プラネタリーヘルス(地球の健康)」への貢献をめざす長崎大学。被爆地として平和研究をリードするなどの独自性も目立つ。J-PEAKSの採択はどんな変革をもたらすのか。学長の永安武さんに伺った。

出島や被爆、長崎の歴史が今も大学の強みに
―長崎大学の強みを教えてください。
大学の歴史は医学に始まります。出島を通じて海外からさまざまな感染症が持ち込まれたことを受け、幕末の1857年に長崎奉行所西役所の一室で行われていた医学伝習がルーツになっています。

近代に入り1942年には風土病研究所、今の熱帯医学研究所の前身が設立されました。当時、熱帯医学はあまり注目されなかったようですが、今では感染症研究の一大拠点として成長しています。
そして1962年。被爆からの復興期に原爆後障害医療研究所が設立され、放射線医療科学が感染症研究と並ぶコアとして、長崎大を支えてきました。
―医学以外の分野はいかがでしょうか。
核兵器廃絶が叫ばれる中で2012年に核兵器廃絶研究センター(RECNA)を設置して、平和に資する取り組みを始めました。
もう一つ力を入れているのは海洋研究。水産学部や海洋未来イノベーション機構などを持ち、ブリを中心とした魚の完全養殖をテーマにした「ながさきBLUEエコノミー」プロジェクトは文科省の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」にも採択されています。

「地球の健康」に貢献目指すための3つのキーワード
―幅広い強みを持つ中で、大学としてどのように同じ方向を向いていきますか。
2020年からスタートした第4期中期計画で「プラネタリーヘルス(地球の健康)に貢献する大学」が全学共通のテーマに据えられました。SDGs(持続可能な開発目標)の先をいく考え方で、我々の社会の基盤となる地球の自然システムに目を向けながらアクションを取っていくためのスローガンです。
ただ、教員の一部には戸惑いも感じられました。自分の研究がプラネタリーヘルスにどう関係するのかイメージをつかめずにいたようです。
そこで私が学長になった2023年、プラネタリーヘルスと個々の研究とのつながりを分かりやすくするために3つのキーワードを掲げました。

―それぞれの内容を教えていただけますか。
まずは、我々がもともとの強みとしていた感染症研究を軸とした「グローバルヘルス」です。
次は「グローバルリスク」。もう一つのコアである放射線医療科学と、世界各地で起きている紛争解決などに貢献するのが目的です。
最後は海洋研究を軸とした「グローバルエコロジー」です。
このヘルス・リスク・エコロジーの3つに、長崎大のすべての研究を落とし込もうという構想です。そうすることでプラネタリーヘルスが共通言語となり、誰も取りこぼさないサスティナブルな目標になるだろうと考えました。

―研究領域が上手く整理できた事例はありますか。
リスクの枠組みに人文・社会科学系の研究を上手く組み込めたことですね。気候変動や核・放射線の問題、パンデミックなど、今日の社会課題のほとんどがリスクにつながります。文理融合のプロジェクトが自然と立ち上がったのが非常に良かったですね。
島しょ数日本一、海洋や離島の取り組みにも注力
―長崎県ならでは取り組みを教えて下さい。
昨今のコメ問題も然りですが、気候変動とフードシステムは切っても切れません。COI-NEXTのブリ養殖は、まさにフードシステムへの取り組みです。若い人が漁業から離れて行く中で、気候変動の影響に耐えながらどうやってサスティナブルにしていくか。グローバルエコロジーとして一番に取り組むべき課題だと考えています。

もう一つは、県を挙げて取り組んでいる洋上風力発電ですね。日本財団の支援を受ける形で、NPO法人長崎海洋産業クラスター形成推進協議会が主体となり、長崎県、長崎総合科学大学、長崎大が連携し、2020年に「長崎海洋アカデミー(NOA)」が開設されました。NOAは、主に社会人を対象としたビジネス・技術両面で知識を習得するためのプログラムを提供しており、その研修施設は長崎大の文教キャンパスに設けられています。
また、長崎大ではアカデミアの役割として、学生を対象とした教育のしくみを作り出そうと、全国の洋上風力のフィールドが地元にある大学と事業計画を進める発電事業者とで「産学連携洋上風力人材育成コンソーシアム(IACOW)」を立ち上げ、大学院生を対象としたIACOW洋上風力連携講座(単位互換制度利用)を今年度から開始するなど、海洋分野に強みを持つ大学として多角的な取り組みを推進しています。

―人口減少など社会課題への対応もあるのでしょうか。
長崎県は海岸線の長さが北海道に次ぐ第2位で、島しょの数は日本一です。島しょには、人口減少が見込まれる日本社会の縮図のような側面があるといえるでしょう。そうした問題意識を背景に離島医療の講座を日本で初めて作ったのも長崎大です。
具体的には、ローカル5Gを使った遠隔医療に長年力を入れています。あとはドローンですね。五島では薬の宅配システムなどの実証を重ねてきました。基地局を置いていて、自治医科大学や企業などとの連携も盛んに行っているところです。

西南九州3大学連携で取り組みを加速
―多くの礎がある中でJ-PEAKSに採択されました。構想が非常に幅広いですが戦略の柱と推進策は何ですか。
J-PEAKSでも基本構想はプラネタリーヘルスと、ヘルス・リスク・エコロジーの3本柱です。その上で取り組んでいきたいのが、超領域型の融合型研究の推進です。
宮崎大学と鹿児島大学との連携が大きな柱です。もともとグローバルヘルス領域ではスピルオーバー(異種間)感染症対策を軸とした、いわゆるワンヘルス(人間、動物、環境の一体的な健全状態を目指す考え方)が次のテーマでした。
具体的には、バイオロギングという人工衛星などを使った手法で動物の生態を把握する構想などがあります。例えば対馬のシカなどですね。その中で農学や獣医学の知見が必要になったのですが、長崎大には農学部がないため他大学との連携に活路を求めました。新たに設置したパンデミック総合研究センター長には、宮崎大で産業動物防疫リサーチセンター長を務める吉田彩子さんに就任してもらっています。
同様にグローバルエコロジー領域には、持続可能な環境共生社会の実現に向けた研究を担う地球未来オープンリサーチセンターを立ち上げました。長崎大では主に工学部、水産学部、環境科学部、情報データ科学部が関わる分野で、災害医療に取り組んでいる鹿児島大にも参画してもらいます。
このようにJ-PEAKSでは宮崎・鹿児島両大学のノウハウを頼りながら、西南九州3大学連携で取り組みを推進していきます。

最高レベル施設、住民の理解を得ながら感染症研究を強化
―エボラウイルスなど最も危険性の高い「特定一種病原体等」を扱えるバイオセーフティレベル4(BSL-4)施設を日本の大学で唯一保有しているのも特徴ですね。
これまで日本にあったBSL-4施設は国立健康危機管理研究機構(東京都東村山市)のものが唯一で、しかも非常事態下(危機管理対応)でのみ運用が認められている状況でした。そこで感染症研究に長年取り組んできた長崎大が、平時の研究も可能なBSL-4施設の設置に動いたものです。昨年1月に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に定める特定一種病原体等所持施設として厚生労働大臣の指定を受けることができました。

―住民から不安の声が上がっているとの報道も目にします。
ご指摘は事実です。ただ我々はこれまでに住民説明会やシンポジウム、市民公開講座などを200回以上重ね、その他にもさまざまな活動を通じて地域の方々に丁寧に対応してきました。コロナ禍が一つの契機になっていて、少しずつ理解が進んできたと実感しますね。一方で今も訴訟が続いているので、引続き慎重に対応していきます。
―理解を得ていくために心がけていることはありますか。
しっかりと情報発信をしなければなりません。決して隠し事をしない、それが一番大事です。BSL-4施設だけに限った話ではないのです。大学全体で色んな危機事象があったときに、いかに隠さず伝えるか。一つ隠し事をすると隠蔽体質だと思われてしまいます。他機関との共同利用施設でもありますので、ルール面の教育も徹底していきます。

―今後の運用計画を教えてください。
特定一種病原体等をいつ搬入できるかがポイントですね。ただ、一種以外はいつでも研究を始められる状況にあります。施設の特徴の一つが、宇宙服型の防護スーツを着てサルなどの大動物を扱えるところなんですよ。そういう施設はアジアでも大変珍しい。大動物を使った前臨床試験はワクチンや新薬を作るために非常に重要なので、しっかりと整備していくことが重要だと考えています。

海外でも進む感染症研究、現地からも高い期待
―感染症は国境を越えます。海外での取り組みもあれば教えてください。
ケニア、ベトナム、そしてブラジルに海外拠点を持っていることが強みの一つですね。これ以外にもグローバルヘルス分野の世界最高峰であるロンドン大学衛生・熱帯医学大学院(LSHTM)と連携し、教育カリキュラムを構築しています。
我々は今、デング熱ワクチンの臨床試験を始めようとしているのですが、流行地であるベトナムで取り組めるのは大きなメリットですね。臨床試験の場としても海外拠点は重要です。
現地からの期待も非常に高いです。現在ベトナムにはハノイとニャチャンの2都市に拠点があるのですが、要望を受けホーチミンにも新たに設けました。長崎大学は感染症以外にも工学系の水環境に関する研究に強みを持ちます。ハノイ建設大学と連携しながら水浄化システムのプロジェクトを推進しているのも一つの売りですね。

URAを強化し5年間での実績目指す
―最後に研究力向上に向けた10年間の意欲をお聞かせください。
最初の5年間でしっかりと実績を上げることに尽きます。みんながプラネタリーヘルスの実現に向けて研究を推進していく。そのためのモチベーションを鼓舞するとともに、URA(研究管理専門職)を強化し現場を支援するのが私たち経営陣の役目だと思っています。
まずは制度改革です。J-PEAKS採択を機に無期雇用も可能な制度に変え、最大の懸案だった職階制度も見直しました。実績や能力に合わせた4段階で評価します。さらに10人程度の増員も目指しています。
―URAにどのような能力を期待していますか。
専門職スタッフの役割が変わってきました。学術支援や産学連携を担うURAに加え、最近ではファンドレイザーが寄付や資金の調達を担っています。長崎大でも2024年にディベロップメントオフィスを設置しました。
ただ、それができる人材をどこから連れてくるかはまた別の話。優秀な人は取り合いになっていますから。育成も必要になるでしょうね。
―底上げする仕組みも必要となりそうですね。
ご指摘のとおりで、どの部局が今どのようなプロジェクトを推進しているのか、全URAが把握できる状態を作ることが重要です。そこでJ-PEAKS予算で情報共有システムを強化することにしました。これによって研究支援が最適化され、研究者の負担も減っていくと考えています。
