金星探査機「あかつき」が昨年、静かに運用を終えた。2010年、いったん軌道投入に失敗しながら、5年がかりで再挑戦を実らせた。わが国初の成功した惑星探査機として歴史的であり、巨大な大気現象の謎を解明するなどの成果を上げた。金星の英語「Venus(ビーナス)」には女神の意味もある。勝利の女神が、粘ったあかつきに最後にほほ笑んだ物語をここで振り返りたい。太陽系探査をめぐり、この1年間に見込まれている国内外の動きもピックアップした。

5年越しの「かっこいい話」
「軌道投入に失敗し、科学者グループは大騒ぎに。けれどもエンジニアリングのリーダーが『どうにかするから黙っていろ』と。で実際、5年後にどうにかしてみせたという、かっこいい話です」。あかつきの運用終了と成果を報告した昨年12月16日の文部科学省宇宙開発利用部会で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事の藤本正樹・宇宙科学研究所長がドラマを振り返った。

あかつきは太陽電池パネルを広げた幅が5メートル、打ち上げ時の重さ518キロの周回機。観測のため、カメラ5種類や電波発振器を搭載した。開発費は打ち上げ費用を含め約250億円。2010年5月にH2Aロケットで地球を出発し、同12月に金星の周回軌道に投入を試みた。ところが、主エンジンが壊れて失敗した。燃料の蒸気と酸化剤の蒸気が反応してしまい硝酸アンモニウムができ、これが燃料配管の弁を詰まらせたためだった。あかつきはその後、惑星のように太陽の周りを回り続けた。
JAXAのチームはここで断念せず、再挑戦のための軌道を割り出すとともに、主エンジンでなく姿勢制御用エンジンのみによる投入を決断。酸化剤を捨てて身軽にし、軌道修正を繰り返すなどの工夫を重ねた。
そして、金星とあかつきが再び接近した2015年12月。姿勢制御用エンジンを巧みに繰り、金星上空を13日あまりで周回する軌道への投入に成功した(その後、さらに軌道修正した)。30時間で周回する当初計画の軌道より、かなり大回りの長楕円(だえん)軌道に。これは観測精度の点でマイナスだが、大規模な現象を捉えやすいメリットもあるとされた。再挑戦の日は奇しくも最初の失敗と同じ12月7日で、2日後に成功を確認した。
映画にこそ、なっていないが…

先立つ2003年には、火星探査機「のぞみ」が軌道投入に失敗している。わが国初の惑星探査の成否がかかったあかつきの挑戦は、失敗のできない正念場だった。
なお2010年時点で、惑星ではなく彗星や月、小惑星の探査機は既に成功実績があった。探査機のドラマというと、複数の映画になった小惑星探査機「はやぶさ(初代)」がまず思い浮かぶ。幾多の苦難を乗り越えボロボロになって同年に地球に帰還し、小惑星の試料を人類に届け、最後に燃え尽きて消えた展開は、明らかにどの“役者”も敵わない。しかし、あかつきも孤独に太陽の周りを旅した揚げ句、5年越しで悲願をかなえた捲土(けんど)重来の熱い物語だった。

JAXAの中村正人プロジェクトマネージャ(当時)は管制室で成功を確信した時、英語で「Our dreams will come true(アワ・ドリームズ・ウィル・カム・トゥルー、われわれの夢がかなう)」と周囲に語ったという。再挑戦直後の会見で本人が明かしたエピソードだが、同姓同名のメンバーがいる音楽バンド名になぞらえたのだろうか。やり切ったと言わんばかりの、晴れ晴れした表情が実に印象的だった。
あかつきは地球出発前にも、搭載ロケットの変更という試練を経験した。当初予定した固体燃料ロケット「M5」が運用終了になったためだ。代わりに載ることになったH2Aでは飛行中の振動の条件が異なるため、ソーラー電力セイル実証機「イカロス」を相乗りさせるなどして調整した。イカロスは太陽の光子の圧力をセイル(帆)に受けて燃料なしで進む“宇宙ヨット”で、太陽電池で発電もする世界初の機体として、こちらも大きな成果を上げている。
「地球の双子」超強風の謎を解明

金星は地球のすぐ内側を公転する岩石型惑星。直径は1万2000キロで、1万2800キロの地球そっくり。重さも0.8倍で、双子のようだといわれる。ただし、表面の様相は全く異なる。二酸化炭素が主成分の厚い大気に覆われ、硫酸の雲に阻まれて太陽光が地表に届くことはない。地表は90気圧、460度の灼熱(しゃくねつ)地獄。自転は地球などの他の惑星とは逆向きという、変わり者だ。公転周期が225日、自転周期が243日と、自転の方が長い。地球と違い、固有の磁場を持たない。
この星の大きな謎の一つが、大気が天体の自転の速さを超えて周回する超強風「スーパーローテーション」の仕組みだった。1960年代に発見された現象で、ほぼ全球に及び、高度70キロ付近では自転の60倍にあたる秒速100メートルに達している。金星や地球、火星の大気には南北の大規模な循環「ハドレー循環」があり、赤道付近の熱を極地方へと運んでいる。この影響で、東西方向の風は長期には全体として弱まるはずだ。ところが金星ではなぜか、東風のスーパーローテーションが保たれている。

あかつきは世界初の(地球以外の)惑星気象衛星として、この謎の解明に挑んだ。研究グループは紫外線カメラで雲の動きを高精度に追う観測法を開発し、風速を詳しく求めることに成功。赤外線カメラで温度も計測した。こうした結果、太陽光によって大気が昼に温まり夜に冷えることで、温度が周期的に変化して生まれる「熱潮汐波」が原因で、スーパーローテーションが起こることを突き止めた。熱潮汐波が起きる時に大気に働く力が、赤道付近の上空の大気を西向きに押し、超強風を維持していたのだ。
あかつきは中間赤外カメラにより、南北1万キロに及ぶ巨大な弓状の模様を発見しており、研究グループがシミュレーションなどでその成因も解明した。この模様は、大きな地形の影響で大気が乱れてできた波「大気重力波」が上空に伝わり、高度65キロに達して弓なりの形に広がったものだった。
あかつきの観測データは「データ同化」と呼ばれる手法により、シミュレーションの改良にも生かされた。今後も、惑星大気の理解が進むと期待される。
各国が熱い視線、あかつき後継機も検討
あかつきは運用の延長を重ねたが、2024年4月、姿勢維持の精度が低下し通信が途絶した。復旧が見込めず、設計上の寿命を大幅に超えていたため、JAXAは昨年9月、運用を終了した。
金星探査は1960年代以降、米ソの宇宙開発競争の舞台の一つとなったが、後に火星へと焦点が移った。米国では周回機「マゼラン」(運用89~94年)が直近のもの。しかし欧州の周回機「ビーナスエクスプレス」(同2005~14年)に続き、あかつきが成功すると、金星の気象や火山の科学的重要性が再認識された。21年に、米国が周回機と降下装置からなる「ダビンチ」と周回機「ベリタス」の2つの計画、欧州が周回機「エンビジョン」を、相次いで決定した。インドの周回機、ロシアの周回機と着陸機の計画もあるという。現役の金星探査機はないが、今後に期待が持てそうだ。

金星は2020年、生命が作ったかもしれないリン化水素を検出したとされたが、後に誤検出だった可能性が判明し議論の的となっている。
わが国の研究者も、あかつきの後継機を検討中。電波が金星の大気で屈折し周波数が変化するのを捉える「電波掩蔽(えんぺい)」の手法を、親子の機体を用いて応用するものだ。あかつきも使った電波掩蔽を発展させ、大気の構造を低高度まで立体的に調べるという。
藤本氏は文科省部会の席上「金星の大気の振る舞いを、あかつきが調べてみせた。地球との大きな違いが研究テーマだ。では太陽系以外ではどうなっているのか。そういった方向に話を伸ばしていこうかと考えている」と説明。研究者が、系外惑星の大気の科学にも強い関心を示していることをにじませた。
太陽系探査の動き、にぎやかな一年に
来年度にかけて、太陽系探査に関するできごとが続きそうだ。わが国では(1)探査機「はやぶさ2」が7月、小惑星「トリフネ」に接近し、観測しながら引力を利用して加速する。同機は2020年12月に小惑星「リュウグウ」の試料を地球に無事届けた後、計画を延長して航行中。27年12月と28年6月の2回にわたり地球に接近後、31年7月に小惑星「1998KY26」に到着する。

(2)日欧共同の探査計画「ベピコロンボ」の探査機が11月、水星に到着する。欧州の惑星探査機「MPO」とJAXAの磁気圏探査機「みお」の2機に分離し、役割分担して探査する。水星にはこれまで米国の探査機が2機しか送られておらず、磁場や内部構造など、多くの謎の解明に期待がかかっている。
(3)火星の衛星「フォボス」から試料を回収する計画「MMX」の探査機は現時点で、来年度に地球を出発する。成功すれば、火星圏と地球の間の往復は世界初となる。ただし搭載する国産大型ロケット「H3」が昨年12月、打ち上げに失敗しており、原因究明や対策の行方が気がかりだ。
(4)欧州が昨年11月、日欧共同の探査機「ラムセス」を正式決定したのを受け、準備が加速する。探査先は、2029年4月に地球にわずか3万2000キロまで近づく小惑星「アポフィス」。一時は地球衝突の恐れが指摘された“お騒がせ天体”で、人類を天体の衝突から守るプラネタリーディフェンス(惑星防衛)などの観点で注目を集めている。ラムセスは28年4月に地球を出発し、29年2月にアポフィスに到着する。日本は熱赤外カメラや太陽電池パネル、打ち上げにH3ロケットを提供する。

海外で目下、注目度が高いのは米国主導で日本も参画する国際月探査計画「アルテミス」の動きだ。今月24日時点の情報では4月にも、米国とカナダの計4人の飛行士が宇宙船「オリオン」で、アポロ計画以来53年ぶりとなる有人月周回飛行を行う。
日本が熱赤外カメラを提供した欧州の探査機「ヘラ」が12月、小惑星「ディディモス」と衛星「ディモルフォス」に到着する。
海外ではこのほか、中国の情報が目立つ。▽太陽風と地球磁気圏の相互作用を調べる欧州と共同の探査機「スマイル」が、4月にも打ち上げられる。▽小惑星探査機「天問2号」が夏、目的地の一つ「カモオアレワ」に到着するとされる。はやぶさ、はやぶさ2のように地球への試料回収を目指す。▽月の南極域に着陸する「嫦娥(じょうが)7号」を、8月にも打ち上げるとされる。
こうした機体の運用の“工学の”動きは、いつも心が躍るニュースとなる。一方、探査や観測を受けた研究で得られる“理学の”知見はその後、年月をかけて地道に積み重ねられていくものだ。例えば前述のあかつきのスーパーローテーションの解明は、軌道投入の4年半後に発表された。アポロ計画で採取した月の石は、半世紀超を経た今も米航空宇宙局(NASA)の施設に保管され、科学者に配分する仕組みが整っている。今行われる探査が10年、20年かけ、宇宙の理解をどう深めていくのか。教科書が書き変わっていくのを、長い目で楽しみにしたい。
関連リンク
- 文部科学省「宇宙開発利用部会(第100回)の開催について」(あかつきの成果を報告)
- JAXA宇宙科学研究所「金星探査機あかつき」