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地球科学と地域づくりを結ぶ「ジオパーク活動」―「世界に一つの岩石標本製作」に見たその取り組み

サイエンスポータル編集部 腰高直樹

掲載日:2018年11月8日

子どもたちが箱の中から石を選んで、プラスチック板の地図に貼りつけていく。ただの石ころはたちまち岩石の分布を教えてくれる岩石標本に変わる。「世界に一つの岩石標本製作」という企画が、各地の科学イベントのブース出展で好評を博している。出展するのは、日本各地のジオパークの運営団体で組織される全国的なNPO法人「日本ジオパークネットワーク」だ。日本ジオパークネットワークの活動に長く関わり、企画の生みの親でもある島原半島ジオパークの大野希一(おおの まれかず)さんに、企画やジオパーク活動について話を聞いた。

大野希一さんと日本ジオパークネットワークのパネル
大野希一さんと日本ジオパークネットワークのパネル

雲仙火山を擁する「島原半島ユネスコ世界ジオパーク」

長崎県島原半島の雲仙火山。入道雲のように盛り上がった平成新山が、かつての噴火の凄まじさを物語っている。1990年から5年間にわたって続いた火山活動は時に火砕流や土石流を発生させ、1991年には40名以上の死者を出す大災害となった。火山活動で噴出した溶岩が冷えてできた1483メートルの平成新山は現在、長崎県で最も高い山だ。雲仙岳は平成新山を含めた20以上の小火山の総称で、エリア一帯は「島原半島ジオパーク」という名で、「ユネスコ世界ジオパーク」「日本ジオパーク」に認定されている。

1990年から1995年までの火山活動によってできた平成新山。
1990年から1995年までの火山活動によってできた平成新山。山頂部は粘り気の強い溶岩が固まってできた溶岩ドームである

「ジオパーク」という言葉は一般に馴染みが薄いが、実は世界的な活動になっている。「ジオ」は地球や大地、「パーク」は公園を意味し、地域社会の持続可能な発展を通じて、地球の活動がもたらした価値ある地質・岩石・地形などを保護していく活動だ。2000年頃にヨーロッパではじまった。この取り組みは世界に広がり、2015年には「ユネスコ世界ジオパーク」としてユネスコの正式事業となった。国内には現在、9つの地域がユネスコ世界ジオパークに認定されている。

日本には、この理念を受け継いだ「日本ジオパーク」が国内に44地域あり、研究者や自治体、地域住民が連携して、地球の活動の痕跡や自然環境、そしてそれらを使って営まれてきた人々の文化や歴史を守る取り組みが実践されている。「地球をつくってきた活動の痕跡を守ることができるのは人の手。持続可能な地域社会を作ることで、こうした地球遺産を守っていこう、というのが共通する基本的な考え方です」と大野さん。その活動は、学術研究や教育活動、地域づくり、地球を学ぶ観光「ジオツーリズム」など、多岐にわたる。

ジオパーク活動の概念図。地球遺産と自然や歴史・文化などをジオパークの対象として、持続的な地域振興へ結びつけてゆく(提供 日本ジオパークネットワーク)
ジオパーク活動の概念図。地球遺産と自然や歴史・文化などをジオパークの対象として、持続的な地域振興へ結びつけてゆく(提供 日本ジオパークネットワーク)

「世界に一つの岩石標本製作」

日本ジオパークネットワークのイベント出展プログラム「世界に一つの岩石標本製作」は、ジオパークで行われている教育活動の一環で生まれた。子どもたちが岩石や地球の成り立ちについて講師と対話しながら、40分間ほどで岩石標本を作るもので、大野さんが考案した。シンプルな企画だが、短い時間で地球科学が扱う長い年月の感覚を子どもたちに伝えるために、さまざまな工夫が散りばめられている。

「世界に一つの岩石標本製作」に使われる資料や地図シート(左)と岩石(右)
「世界に一つの岩石標本製作」に使われる資料や地図シート(左)と岩石(右)

「プログラムは、子どもたちに『石を見たことがありますか』と尋ねるところから始まります。実はこれが意外に答えられなかったりするのですが、山で見た、川で見た、庭で見たなど、だんだんと話が広がっていきます。次に『じゃあ、それらの石は皆同じですか』と聞くと、色が違う、形が違うなどいろいろな意見が出てきます。そこから、石の成り立ちなどの話をしながらの標本製作に入っていきます」と大野さん。

ケースに用意された石は地図シートに示した地点ごとで実際に観察できるもの。子どもたちはその土地の成り立ちを学んだり、石と人との関わりを考えたりしながら、石を選んでシートに貼り付けていく。基本的には説明に沿っての作業だが、子どもたちの創造性や個性が出せる部分もある。「例えば島原半島の「宮崎鼻」という場所では、様々な種類の石が観察できます。ですので、標本製作は実際に現地で採取してきた石の中から、好きなものを選んでもらっています。これは、実際に石拾い体験を味わってもらうためです」。これが実は、地球科学を楽しむ入り口としても機能する。

「宮崎鼻の石は、ぱっと見では海辺や河原のどこにでもあるような石ころですが、島原半島内で生まれた石ではありません。これらの石ができたのは今から約1億年前で、それが約200万年前に、対岸の山から川の流れで宮崎鼻のあたりまで運ばれてきたのです。『1億年前にできた石が川によって運ばれ、それを今みんなが手にしている』という話をすると、子どもたちにはこの石がそれまでと違ったものに見えてきます。道端に落ちていたり、何気なく蹴っているような石も、実はとても長い時間をかけて地球がつくり、とてつもない旅をしてその場所にたどり着いた石だったりします。子どもたちにはこうしたものの存在から、長い年月を通した地球の動きのイメージを持ってもらえるように工夫しています」。プログラムが終わると、子どもたちの手元には自分が作った世界に一つの岩石標本が残る。想像もつかないような長い時を経て手元にたどり着いた石たちと共に。

「世界に一つの岩石標本製作」の様子(サイエンスアゴラ2017より)
「世界に一つの岩石標本製作」の様子(サイエンスアゴラ2017より)

このプログラムは、もともと「青少年自然の家」などで2泊3日をかけて岩石採集から標本作りまでを行う宿泊学習プログラムだったものを、短時間の屋内用イベント向けにアレンジしたものだという。現地での採集や、採集した岩石を標本用に小さく加工する作業などは思い切って省いた。

標本製作を1回40分という時間に収めたことでうれしいことがあった。学校の授業時間に取り入れやすいことから、各地のジオパークが地域の地質や岩石を学ぶ方法として採り入れたのだ。今では日本ジオパークネットワークの8地域ほどが、教育現場でこの標本づくりを活用しているという。「日本ジオパークネットワーク内の事例紹介で評判になり、徐々に広がっていきました。こうしたところは、ネットワーク活動の良いところだと思います」。

大野さんによると、このプログラムには考慮しなければならない問題もあるという。「実際の石を見たり触れたりしてその色形や質感、重さを肌で感じるのはとても重要。しかし、そのために採ってきた石というのは、2つとして同じものがありません。そういう点で言うと資源の活用方法としてこの岩石標本製作プログラムは、あまり持続的とは言えないのです」。小さい規模ではあるものの、ジオパーク活動の根幹にある持続可能性とは確かに相反する側面がある。大野さんはこう続ける。「ただ、石灰岩が全く採れなくなればセメントは作れないし、鉄鉱石が採れなくなれば鉄が作れません。地球の活動がもたらした資源なしには成り立たない日々の暮らしを見つめながら、こうした資源や遺産の持続的な活用や保護を考えていく必要があります。世界に一つしかない石を採って岩石標本を作るということを例に、『持続可能なこととは何か』という問いかけもするようにしています」。

島原半島ジオパークと防災

ジオパーク活動は、地域の大地を人の生きる基盤として恩恵をもたらすものと捉えるが、地球が与えるのは良いことばかりではない。最後に雲仙岳噴火の遺構の一つである旧大野木場小学校の被災校舎を案内してくれた。

旧大野木場小学校の被災校舎。1991年9月15日に起こった火砕流の熱風に襲われ、延焼した。背後にそびえるのは平成新山
旧大野木場小学校の被災校舎。1991年9月15日に起こった火砕流の熱風に襲われ、延焼した。背後にそびえるのは平成新山

この校舎は、1991年9月に発生した火砕流に伴う熱風によって焼けてしまったもの。幸い死者などはなかったが、校舎としては利用できなくなった。現在は噴火災害を伝える遺構として当時のままの姿で保存されている。そのとき、大野さんは大学生だった。「地質学を学ぶ大学生だった私は、火山噴火の研究調査のために3泊くらいで島原半島に来ていました。この学校を焼いた火砕流は、その滞在中に起こりました。当時まさにこの場所にいたわけではないけれど、その時の街の混乱状態は鮮明に覚えています。ジオパーク活動の一環で地元の小学生を引率して、この場所で雲仙岳の噴火や火砕流の話をすることがあります。そういう時はいろいろとこみ上げてくるものがあります」と、大野さんは振り返る。

火砕流の熱風を受けてガラスが抜け落ちた窓枠もそのままの姿で残っている
火砕流の熱風を受けてガラスが抜け落ちた窓枠もそのままの姿で残っている

島原半島は、度重なる火山活動によって海の中から現れた火山が作った半島だ。100年単位のスケールで見れば、今後も火山活動が起こる可能性が高いエリアだ。「周囲を見渡すと、わずかこれだけの狭いエリアにも関わらず、いくつもの鉄橋があります。奥にあるのは国道や農道で、手前は高規格道路。災害から地域を守るライフラインが整備されているので、大規模な土石流などが起きても橋が流されることはありません。良くも悪くも火山噴火がつくった景観。火山や地震が多い日本だからこそ、もっと多くの人に地球やその活動が引き起こす現象に興味を持って欲しいし、それを知る一つのきっかけとして、日本中のジオパークを訪れて欲しいです」

数多くの鉄橋がかかる雲仙岳のエリア。左は平成新山、右は眉山。
数多くの鉄橋がかかる雲仙岳のエリア。左は平成新山、右は眉山。

全国の科学イベントで人気となり教育の場に広がる「世界に一つの岩石標本製作」とジオパーク活動。悠久の時を扱う地球科学と同様に、「持続可能な地域社会」というテーマを長い目で見つめている。

(サイエンスポータル編集部 腰高直樹)

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