極低温で電気抵抗がゼロになる超伝導の新しい仕組みが見つかった。ある種の希土類金属間化合物で、電子の形を決める電子軌道の量子揺らぎによって超伝導が常圧下(1気圧)で起きることを、東京大学物性研究所の松本洋介(まつもと ようすけ)助教、中辻知(なかつじ さとる)准教授、同大学院新領域創成科学研究科の大学院生の辻本真規(つじもと まさき)さんらが見いだした。この発見は超伝導研究のブレークスルーとしてだけでなく、電子軌道の揺らぎを用いた物性研究の新分野を開く発見としても注目される。12 月22 日付の米物理学会誌フィジカル・レビュー・レターズのオンライン版に発表した。
超伝導とは、低温で2個の電子がクーパー対と呼ばれる対を形成して電気抵抗がゼロになる現象で、工業的な応用も重視され、盛んに研究されてきた。この電子同士がクーパー対を形成するには、電子同士を引きつける力が必要となる。この引きつける力として、結晶中の原子(格子)の振動が考えられてきた。しかし、1980年代半ばから見つかってきた銅酸化物高温超伝導体(高温超伝導)では、スピンと呼ばれる電子の小さな磁石の揺らぎが電子同士を引きつける力として重要な役割を果たすことがわかっている。
研究グループは、電子のスピンではなく、電子の形(軌道)の自由度を用いた超伝導は可能か、を追求してきた。低温で、磁気自由度を持たず、軌道自由度のみを有する希土類金属間化合物PrV2Al20(Pr:プラセオジム、V:バナジウム、Al:アルミニウム)を作った。多数のアルミニウム原子からなる籠に取り囲まれたプラセオジム原子とバナジウム原子が規則的に並んだ構造の化合物で、希土類プラセオジムの電子が鍵を握っている。
欠陥や乱れのないきれいな結晶を合成し、この物性を常圧下で極低温まで精密測定したところ、軌道揺らぎによる異常な電子状態に加え、この軌道揺らぎによる新しい超伝導を絶対温度0.05度(-273.1℃)で発見した。驚くべきことに、この新しいタイプの超伝導では、クーパー対を形成する電子の有効的な質量が通常の約140倍まで増大して、重い電子状態になっていた。強い軌道揺らぎを伴うプラセオジムの電子同士が固体中を動きだしてクーパー対を組んでいると考えられる。
周りのアルミニウムと中心のプラセオジムの距離がより長く、相互作用が小さいPrTi2Al20の場合は、約10万気圧で電子の有効質量が100倍まで増大した超伝導が発現するが、このような振る舞いが常圧下で見つかったのは初めてという。研究グループは「PrV2Al20が軌道秩序の量子臨界点により近いため、軌道揺らぎの下で異常な電子状態になり、新しい超伝導が発現している」と解釈した。
松本洋介助教は「電子軌道の量子揺らぎによる異常な電子状態や超伝導を研究する物質と理論はこれまでなかった。磁気自由度を持たず、純粋に電子軌道の揺らぎによる量子相転移を探れる物質を扱ったのがポイントだ。絶対温度零度に近い極低温の現象だが、新しい超伝導の原理を発見した意義は大きい。このような量子臨界点近傍で起きている現象を理論と実験の両面でさらに解明したい。将来は、この原理を使って、超伝導転移温度がより高い化合物が見つかる可能性もある」と話している。
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