ヘリコバクターピロリ(ピロリ菌)が胃炎や胃かいよう、胃がんを引き起こす分子レベルの解明が一歩進んだ。マイクロRNAと呼ばれる小さなRNAがピロリ菌の慢性感染が原因で起きる胃の病変に関与していることを、東京大学医科学研究所の氣駕恒太朗(きが こうたろう)特任研究員と三室仁美(みむろ ひとみ)准教授、千葉大学真菌医学研究センターの笹川千尋(ささかわ ちひろ)特任教授らが見いだした。
特定のマイクロRNAの発現が減少して、それががん遺伝子の発現が高めて、胃がんの原因になっていることを突き止めた。ピロリ菌による胃がん発症の原因の一端を解明する発見で、9月4日付の英オンライン科学誌ネイチャーコミュニケーションズに発表した。
ヒトの胃にすみ着くピロリ菌は、胃に炎症を起こし、胃炎や胃潰瘍、胃がんの原因となることが知られている。しかし、ピロリ菌の感染が、異常な細胞増殖をどのように誘導してがん化を起こすか、詳しい仕組みにはまだ謎が残っている。研究グループはスナネズミにピロリ菌を感染させて、約2カ月後の胃上皮細胞を回収し、22塩基ほどからなる小さなマイクロRNAの発現を網羅的に調べた。
その結果、数多いマイクロRNAの中でマイクロRNA210の発現が著しく減っていることを発見した。この現象は、ピロリ菌慢性感染患者のヒト胃上皮細胞でも観察できた。マイクロRNA210の発現は、感染者の胃のバイオプシー(生検)で見たところ、胃粘膜萎縮や好中球浸潤などの病態の悪性度が高いほど減少していた。マイクロRNA210の遺伝情報は、メチル化を受けやすいゲノムDNA領域にコードされており、ピロリ菌感染でこの領域のDNAがメチル化されると、マイクロRNA210の発現が減少することを見つけた。
次に、マイクロRNA210の機能を調べた。マイクロRNA210をヒト胃上皮由来の培養細胞に発現させると、細胞の増殖が抑制された一方で、マイクロRNA210の発現を抑えた細胞では増殖が促進された。詳しく解析して、マイクロRNA210の発現の減少が、胃上皮細胞の細胞増殖を促すがん遺伝子のSTMN1とDIMT1の発現の増加につながっていることを確かめた。
さらに、このマイクロRNA210の発現が低下しているピロリ菌感染患者の胃では、非感染患者の胃よりも、STMN1とDIMT1の発現量が増加していることがわかった。STMN1は、胃がんなどさまざまながんの初期に重要と考えられている。一連の研究をまとめると、ピロリ菌の慢性感染がマイクロRNA210の発現の減少、それに伴うSTMN1などの発現増加を介して、がんが形成されていくシナリオが描けた。
三室仁美准教授は「今回、ピロリ菌感染に応答する特定のマイクロRNAがわかり、その発現の減少ががん遺伝子などに作用している仕組みが初めて浮かび上がった。ピロリ菌による胃がん発生の原因解明を一歩進めた。今後、より詳細に解析して、胃がんの診断や治療にも貢献したい」と話している。
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