「STEAM教育のきざし」の最終回は、座談会をお送りする。これまでの3記事で紹介した、高校の科学部や民間企業、中学校の現場で活躍する人々に加え、ファシリテーターとしてNPO法人natural science理事の大草芳江さん、コメンテーターとして秀明大学学校教師学部教授の清原洋一さんを迎え、それぞれの取り組みの成果や今後の展望について語り合った。
探究がモチベーションや思考力を向上させる
NPO法人natural science理事 大草さん:高校の科学部で廃棄物から洗剤をつくる研究に取り組む生徒について、STEAM教育による変化を教えてください。
愛媛県立西条高校教諭 大屋智和さん:おむつ灰の研究をしている生徒は、大学院ぐらいの学びを体験していることで、モチベーションが上がっています。社会実装手前までたどり着いていますので、実際に自分たちが作った洗剤が世の中で使われるかもしれないというワクワク感が結構あるようです。STEAMを活用した先にある未来、社会課題の解決を自分たちで成し遂げた時の達成感とか、いろんな世界が見えているのではないかなと感じます。
大草さん:自分が社会を良くするための提案ができるかもしれないということで、モチベーションが湧くでしょうね。教科についても、勉強しなきゃいけないからではなく、自分たちがこういうことをしたいからという必然性が生徒の中に生まれ、実力もつくだろうと思いますが、いかがですか。
大屋さん:各教科をなぜ学ぶかがしっかりマインドセットされているので、多少難しい問題があったとしても、うちの生徒は乗り越えていくようなイメージがあります。STEAM教育、今やっている探究活動をどんどん推進していくことで、生徒の思考力がすごく深くなっています。
秀明大学学校教師学部教授 清原洋一さん:STEAM教育についてはいろんな捉え方があると思いますが、教科をベースにしながらその先まで取り組めているのが非常に素晴らしいと感じます。先進的な理数教育とともに科学技術人材の育成を図るべく文部科学省に指定されたスーパーサイエンスハイスクール(SSH)として長年培ったものが生かされ、身近な社会問題から、それを総合的にいろんな視点から実際に取り組んでいる。まさにSTEAM教育に結びついていると思います。
チャレンジから生まれる柔軟な発想は企業にも有益
大草さん:ドローンをツールにして、まだ答えがないものにチャレンジするという取り組みがあります。科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ2023」でも小学生対象のブースを出して参加されていましたが、民間企業として教育に関わっていくことのメリットは何でしょうか。
株式会社A-Co-Labo代表取締役CEO原田久美子さん:未来への種まきだと思っています。STEAM教育にこだわらず、課題を見つけて、それを学びの中で自分なりに答えを出して、成功体験を得るという機会をどんどん持ってほしい。そういう思考を持った人はこれからの社会に絶対必要です。子どもは柔軟にいろんな考えを口に出し、形にしてみるところがある。私たちも気づかされるところがたくさんあります。学びを提供する中で逆に子どもたちから無形の価値を得ているなって思うこともあり、そういう部分はメリットかなと思っています。
大草さん:企業として教育に携わるのはそれなりのコストが必要だと思いますが、それは未来に対する投資に加えて、今の現場の方も気づきを得られるというお考えで活動されているということですね。
原田さん:はい。ただ、学校側も難しいところがあると思いますし、企業としても何かやりたいけどコストがかかってしまうという問題があります。ここの溝が埋められれば、もっと社会と教育が繋がっていくのかなと思っています。
清原さん:教育とどう企業が関わるかというのは重要なポイントです。今の取り組みをどう続けていくか。これはこれからの課題かなと、私も非常に感じました。
大屋さん:部活で生徒たちの家庭に負担させる金額には限度があります。助成金など行政で改善していただけたら、どんどん変わっていくだろうなという気がします。
原田さん:STEAM教育を広めていくためにはボトムアップの活動とトップダウンの活動と両立が必要と思っています。学校現場に入らせてもらうと、裾野はすごく広がってきていると実感しますが、ボトムだけ回しても意味がない。上からどういうふうに変わっていくのかも、今後の課題でしょう。そこが変わると、日本の教育は変わるのではないかな。
先生も知的好奇心を持って楽しもう
大草さん:SSHや民間企業の取り組みもありますが、義務教育の現場でのSTEAM教育はどうでしょう。
世田谷区立千歳中学校主任教諭 青木久美子さん:授業をしていて、私も勉強になることが多くあります。例えば実体がないプログラミングでロボットが動いているっていうところが子どもたちにとってはものすごい驚き。そういうものだということにこちらも驚かされました。STEAM教育をはじめ新しい取り組みを取り入れた授業を作り出すのは大変ですけれども、教師も楽しみながら、「あ、そうだったのか」と思いながら、やっていくのが重要なのではないかと考えています。
清原さん:「あ、先生楽しそうだな」というのがあるからこそ、子どもたちもやってみようという気になるものです。学校の先生の心の余裕が重要なんじゃないかなと。STEAM教育は全部自分でやろうとすると重荷になります。生徒と一緒に楽しんでみようかといった感じで始められる環境ができると非常に発展する気がします。今、意欲的な先生方が頑張られていますが、それが大変だなんていうふうに周りの先生が思ってしまうと、途中で止まってしまう。そこを繋ぐ人、そういう役割のシステムができるといいなと非常に感じました。
大草さん:先生自身が知的好奇心をもって楽しんでいることが、子どもに伝わる何より大切なメッセージだと思います。そういう環境をいかに作るかが社会の役割だと思います。
伴走者として子どもとともに深める学び
大草さん:これから、どのようにSTEAM教育を充実させて広めるのが良いでしょうか。
原田さん:STEAM教育においては、テストと違って答えがたくさんあるところや、できなかったことも学びに繋がるところも、すごく重要ではないかと思っています。私が指導者の立場になるときでも、「一緒に学ぼうよ」っていう態度だったり、学びに寄り添うファシリテーターの役割だったりがすごく強い。そういう子どもに寄り添える人材が増えていくといいなと思います。
青木さん:授業で生徒がタブレット端末を使っていると、「子どもが何を見ているんだろう」「何か悪いことをしているのか」という「大人の心配」が出てきます。だから生徒には「タブレット端末は『これを使って役に立つ何かを得ている』と思ってもらえるように使いましょう」と、よく話しています。動画を見るにしても、どういうふうに学びがあるのかを先生が位置づけてあげる。今までは「それはマイナスではないか」と思っていただけの発想を変えていく必要があるのではないでしょうか。
大屋さん:社会課題そのものについて、小さい頃から発達段階に応じて触れていくのも大切でしょう。中学生の頃からロボットやプログラミングに触っていたら全然感覚が違ってくるでしょうし、高次になるほど、高い解像度で課題に向き合えるようになるはずです。探究そのものを生徒が自主的にしたいと思うことはすごく大事だと思います。課題に取り組む際、最初はノウハウを伝えますが、だんだんタッチしないようにしていきます。「彼らがやっている」「彼らが進めている」ことが一番大事。原田さんがおっしゃる伴走者、ファシリテーターが一番しっくりします。自分もそうならないといけないと思いますし、そういう人がこれからどんどん増えていくと、ちょっと感覚が変わってくるのかなと思いました。
大草さん:学校現場と子どもだけの話ではなく、今後のSTEAM教育の広がりにおいては社会を構成する私たち1人1人が、未来をどういうふうに描いて行動するかが問われます。
清原さん:皆さんが共通して大切にするべきだと思っているのは「子どもと一緒に」というところですよね。幼い時からいろんな人と関わって刺激を受けるのが大切ということ。そのチャンスをどう作っていくかっていうのが今後のSTEAM教育の充実や推進にあたって、非常に大事かなという気がいたします。
大草芳江
特定非営利活動法人natural science理事
東北大学理学部卒業。2005年、大学院在学中に有限会社FIELD AND NETWORKを設立。07年、特定非営利活動法人natural scienceを設立し理事に就任。
清原洋一
秀明大学学校教師学部 教授
筑波大学第一学群自然学類卒業、筑波大学大学院博士課程(物理学)修士号取得中退。茨城県立高校教諭、茨城県教育研修センター指導主事、文部科学省教科調査官、文部科学省主任視学官などを経て、23年より現職。