「ウイルス」や「海」、「細胞」に「たんぱく質」、「太陽」と聞いて何を思い浮かべるだろう?さらに「ヒトゲノムマップ」、「元素周期表」まで…。これは文部科学省が毎年発行している学習資料「一家に1枚」で取り上げてきたテーマだ。
科学館や小中学校の理科室などで、一度は目にしたことがあるかもしれない。自宅に張っている人もいるだろう。科学の深淵(しんえん)に引き込まれるポスターの世界を、連載で紹介する。
第1号は「元素周期表」、親子で科学を話すきっかけに
このサイエンスポスター「一家に1枚」シリーズは、2023年度で19枚目を数えた。4月の「科学技術週間」に合わせて文部科学省が毎年、新たなテーマで制作し、同週間のイベントなどで配布、全国の小・中・高等学校や大学、科学館、博物館にも無償で配っている。近年ではポスターだけでなく、特設サイトや解説動画も公開してコンテンツをさらに充実させており、SNSでも発信している。
シリーズ第1号の「元素周期表」は2005年に公開された。身の回りのものはすべて元素でできている。きれいで豊富な情報を含んだ周期表を各家庭に普及させ、親子で科学のはなしをするきっかけにしてほしいとの思いから生まれたそうだ。国が発行するイラストつきのグラフィックな周期表は当時、大きな反響を呼び、いくつもの改訂を重ねて現在でも広く親しまれている。
産業界とチームで制作、総合知を展開する例も
その後、「ヒトゲノムマップ」や「宇宙図」「光マップ」が制作され、2009年の「天体望遠鏡400年」からは、大学や研究機関などに企画応募を呼びかけ、委員会での審議を経てテーマが選定されている。基礎的、普遍的な科学知識を中心とし、身近な物や事象と関連づけることで、大人から子どもまで興味を持てる内容にするというのが基本コンセプトだ。見た目がきれいで、部屋に張っておきたくなるようなポスターに仕上げるとの観点も欠かせない。
近年は産業界が協力し、チームで制作する例もある。「国際ガラス年2022」に合わせて制作された「ガラス」ポスターは、学協会や大学、研究機関、高専に加え、メーカーや博物館、科学館などが協力した。人類の進化と文明の発展が一覧できる内容で、科学知にとどまらない、人文・社会科学も含めた“総合知”が展開されている。
最新の「ウイルス」は、新型コロナウイルス感染症だけでなく、自然環境から人間社会へ侵入したさまざまなウイルスを多角的な観点から解説した。ポスター記載のQRコードからアクセスできる特設サイトでは、ウイルスの電子顕微鏡写真なども見られる。制作には博士後期課程の学生も関わるなど、教育にも寄与している。
「水素」ポスターを未来社会について考える契機に
政府は今年6月、水素の国家戦略「水素基本戦略」を6年ぶりに改定し、産業競争力の強化に向け水素産業戦略などを新たに盛り込んだ。水から作ることができ、燃やしても二酸化炭素を排出しない水素は、2050年のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現の鍵になる。水素を次世代エネルギーとして活用する水素関連ビジネスを拡大し、同時に脱炭素を進める。
日本が世界初となる水素基本戦略を策定した2017年の前年、「水素」ポスターが誕生した。原子番号1番の水素は、宇宙で最初にできた元素だ。原子数比で太陽の約85%を占め、人体や海水にも約60%存在するなど、水素は宇宙や生命、物質の源といえる。ポスターには、水素で発電する燃料電池車や水素を燃焼させる水素エンジン車、家庭用燃料電池など水素社会の未来像も描かれており、その内容は今も色あせていない。
ポスターを企画・制作した高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の大友季哉教授は、「2015年が『水素元年』と言われ、水素社会はバラ色に見えることもあっただろうが、それに偏らず水素について考える契機にしてほしかった」と当時を振り返る。水素社会の実現や普及に向けた課題は多い。中性子線などを使った物質中の水素の観測も難しく、いまだ研究の途上という。
宇宙、生命、物質、エネルギーと幅広い領域にわたって水素の存在感を示し、そのつながりを柔らかいイラストで表現した水素ポスターの出番はまだ続くだろう。その後も深読みサイト「スィソ(水素)ペディア」を開設するなど、情報はアップデートされている。
改めて19枚のポスターを眺めてみると、現代社会につながる科学・技術の広がりに驚かされる。「一家に1枚」の歴史はこれからも続く。次回はその制作の裏側に迫る。
関連リンク
- 文部科学省「科学技術週間 『一家に1枚』シリーズ」
- 同「科学技術週間」
- スィソ(水素)ペディアにようこそ