
特集「地面の下のたからもの」の第3回は、地面の下に生息する土壌微生物に注目する。近年、森林の微生物に関する研究が進み、樹木の根に共生する菌根菌と呼ばれる菌類が作り出すネットワークが樹木の成長や森林の樹種構成にダイナミックに影響することが明らかになりつつある。その面白さに魅了され、最前線で研究に取り組んでいるのが、京都大学白眉センター 農学研究科特定准教授の門脇浩明さんだ。
多様な生物がつながりを築いている
森林に足を踏み入れてみると、そこで多種多様な生物が暮らしていることが見て取れる。例えばどんぐりが林床に根を張って成長し、葉を広げ、これをエサとする昆虫が寄ってくる。大きな幹ができると、樹液にカブトムシやオオムラサキなどのチョウが集まり、にぎやかな餌場が生まれる。

地面を落ち葉が覆うとミミズや土壌微生物の活動が活発になり、落ち葉の分解を促し、土にかえって新たに芽吹く植物の栄養源となる。また、樹木はリスなどの小動物、野鳥、昆虫のすみかになるほか、枯死して以降も中心部が分解されてできる洞(うろ)はキツツキやフクロウなど、根元にできる洞はアナグマに巣として利用される。このように、地上の営みだけでも、樹木を中心にさまざまな生物がつながりを築いている。
では、目に見えない地下はどうなっているのだろう。植物が根から水分や栄養を吸収していることは広く知られているが、根の先端部分には菌根菌と呼ばれる微生物が共生していて、光合成で作られた糖を樹木からもらう代わりに、窒素やリンなど必要な栄養を与えている。地下のミクロな土壌微生物が、実は地上の森林の構造や種の組成といったマクロな特徴に大きな影響を与えていることが、近年の研究で少しずつ明らかになってきた。

2つのタイプの菌根菌が共生
こうした樹木と土壌微生物の研究に取り組んでいる門脇さん。「子供の頃から生き物が好きで、将来は生き物の研究に携わりたいと考えていました。中でも生物と生物が関わりあう生態系に興味を持ったんです」と語る。現在は多様な生物の関わりをひもとく群集生態学に取り組み、樹木と菌根菌の関係性の解明は研究の柱の一つになっている。
「樹木の根は樹高と同じくらいの深さまで下方向に伸びるわけではなく、地中の比較的浅いところに広がっていて、その先端には菌根菌が共生しています。菌根菌の代表的なものが、外生菌根菌とアーバスキュラー菌根菌です」(門脇さん)

2つの菌根タイプのうち、外生菌根菌は樹木の根の表面に存在し細胞の内側にまでは侵入せず、細胞壁の隙間の迷路をたどるように菌糸を伸ばして共生している。そのため根の表面にはもやもやとした菌糸が確認でき、地表にキノコとなって現れるものもある。一方、アーバスキュラー菌根菌は根の細胞内に入り込んで共生するため、根の表面はつるつるしていて、キノコとなって地上に現れることはない。

「森林には、サクラ、ツバキ、カエデ、クスノキなどアーバスキュラー菌根菌が共生する樹種と、マツ、ナラ、シイ、シデなど外生菌根菌が共生する樹種があります」と門脇さん。「そして、先行研究によって、アーバスキュラー菌根菌と共生する樹種では異なる種の実生の方が育ちやすく、逆に外生菌根菌と共生する樹種では同じ種の実生の方が育ちやすいことが明らかになっていました」
マツ林はあるのにサクラ林はない
ただし、実際に親木と共生する菌根菌が実生の成長にどのように影響するかの詳しいメカニズムは分かっていなかった。ゆえに門脇さんらは森林を模した大規模な実験を行い、実生の成長を調べることで菌根ネットワークの影響を評価した。さらに土壌中に含まれるDNAを解読し、いかなる微生物によってネットワークが形成されているかも調べた。
そして、アーバスキュラー菌根菌が共生する親木の根の周囲では同種の実生の成長が阻害される「負のフィードバック」が働く一方、外生菌根菌が共生する親木の根の周囲では同種の実生の成長が促進される「正のフィードバック」が働いていることが明らかになった。さらに、DNAの解読で、親木から実生へと菌が移り共有されている証拠も突き止めた。
この結果について門脇さんはこう解説する。「樹木には、同じ種類でまとまった林を作る種類と人間が植えなければ林にならない種類があります。例えば、どこの野山でもマツ林は普通に見られるのに、サクラ林が自然にできることはなく、この違いに菌根菌のタイプが関わっているのです。外生菌根菌が共生するマツの根の周囲には共生菌が蓄積して同じマツの実生の成長を促し、マツ林ができあがります。一方、アーバスキュラー菌根菌が共生するサクラの周囲には病原菌が蓄積してサクラの実生の成長を阻害し、多様な樹木が育つことになるのです。森林生態系を土からつくって分析することで、森林の成り立ちに地下の菌根ネットワークがダイナミックに影響を与えることが確認できました」

また、門脇さんの研究で、アカマツとヤマザクラは相性が良くないこともわかってきた。アカマツの実生をヤマザクラの下に植えると、アカマツの下に植えた場合より50%近く成長率が低下する。また、ヤマザクラの実生をアカマツの下に植えると、ヤマザクラの下に植えた場合と比べて90%近く成長率が低下するのだ。この傾向はアカマツとイロハモミジ、アカシデとヤマザクラなど、さまざまな樹種の組み合わせでも見られるという。共生する菌の種類が合わないと、総じて成長が悪くなる。これは、実生にとって同じ菌根タイプの親木から菌根菌を受け継ぐことで、よりよい成長を遂げられるからだ。門脇さんは、これを菌根タイプのマッチング効果と呼んでいる。

樹木間には複雑な相互作用がある
樹種ごとに関連する土壌菌類が異なり、その違いが実生の成長に深く関連することがわかってきたが、それでも実験は現実の森林を完全に再現できているわけではない。菌根ネットワークの作用を実証するべく、門脇さんらは京都府北部にある京都大学の芦生研究林で行われている「毎木調査」のデータ分析に取り組んでいる。
毎木調査とは調査対象の森林に自生する一定以上に成長したすべての樹木を調べる研究手法で、芦生研究林に自生する樹木の密度から、樹種間の正負いずれのフィードバックが働いているかを調べた。すると、実験で明らかになった菌根タイプのマッチング効果とは必ずしも一致しない結果が出た。森林の樹木間には複雑な相互作用があり、森林生態系について解き明かすのは容易なことではない。

未知の世界の謎を解き明かす鍵
「群集生態学は工学や医学とは異なり、研究成果がすぐに社会に役立つわけではありません」と語る門脇さんだが、けっして社会と無関係というわけではない。菌根菌ネットワークの仕組みが解明されることは、未来の森林を育てることにつながるのだ。
「樹木を切り倒して裸地にしても植林すれば大丈夫と思っている人も多いかもしれませんが、一度樹木が失われると、植林しても地下の微生物がすぐに元通りにならないことは、さまざまな研究で指摘されています」と門脇さんは語る。「しかし、微生物と森林の仕組みについての知見があれば、例えば失われた生態系を復元しようとしたとき、多様な樹木の森林を作るために効果的な場所や植樹の順番についてなど、いろいろな提案ができるでしょう」と続ける。
門脇さんは、森林の生態系をみることは生物の多様性を知ることであり、人間も含めた生物が自然とどのように関わり、どのように生きていくかに向き合うことだと考えている。ゆえに、この研究は深めれば深めるほど「面白い!」のだそうだ。学生たちも立てた仮説が実証されたり、顕微鏡写真やDNA分析で根に共生する菌根菌を見つけたりすると、理論が現実と結びつく。

地面の下の菌根菌ネットワークは目に見えない存在だけに注目されにくいが、地上の森林を育てたり枯らしたり、大きな影響を及ぼす。地面の下に広がる未知の世界は、生態系の謎を解き明かす鍵を握っているようだ。

門脇浩明
京都大学白眉センター/農学研究科 特定准教授
2007年京都大学農学研究科応用生物科学専攻修士課程修了。11年オークランド大学生物科学研究科にてPh.D.(Biological Sciences)を取得。フロリダ州立大学生物科学研究科研究員、京都大学人間・環境学研究科日本学術振興会特別研究員、同生態学研究センター機関研究員、同学際融合教育研究推進センター森里海連環学教育研究ユニット特定助教などを経て、2021年より現職。
関連リンク
- 京都大学ホームページ「地下の菌類のネットワークが森林の安定と変化の原動力であることを解明」
- 京都大学ホームページ「植食性昆虫と土壌菌が樹木の多様性の維持と遷移のカギを握ることを解明」
- 京都大学白眉センター研究者紹介動画 門脇浩明
- 京都大学白眉センターホームページ