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科学と社会の対話で、ありたい未来をつくる≪小林傳司さんインタビュー≫

2020.09.17

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受け、これまで描いていた未来社会とは異なる未来が考えられるようになり始めた。日常生活や公共サービス、産業が打撃を受け、社会の大きな停滞が起きている。それは、人々がこれまで当たり前に感じていた価値観を大きく変えるきっかけにもなっている。また、こうした問題を解決するために科学技術がどう貢献していくかも問われている。科学技術と社会の関係性を長年にわたり研究している科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)上席フェローであり、大阪大学名誉教授、同COデザインセンター特任教授の小林傳司さんに聞いた。

「20世紀の反省をしながら生きていく時代」

 20世紀は、科学とその応用した技術とが密接に結びつき「科学技術」という言葉が用いられるようになった時代だ。科学技術は理学、医学、工学などの分野でとてつもないスピードで発展を遂げ、私たちの生活を便利で豊かなものへと変えてくれた。しかし、人の命が関わる内容では、心臓移植のようなドナーとレシピエントの妥当性、脳死判定など、さまざまな議論が交わされてきた。

 また、21世紀になり、科学技術の研究が進むにつれ、科学者が想定しなかった影響や事態もさらに多く現れた。例えば、遺伝子を効率よく改変できるゲノム編集は代表的な話題だ。2018年11月、中国の研究者が、その技術を使い、双子を誕生させたと発表。国内外で、安全と倫理の両面から問題視された。

 「科学技術というのは、研究者の善意だけでは機能しないのです。社会が納得しないと、使えるものも使えなくなる。それは研究者にとっても、社会にとっても、とても不幸なことです。コロナに限らず、そういう問題群はたくさんあります。また、豊かな生活をもたらすはずだった科学技術が、解決の難しい新たな問題を生み出すこともある。公害などはその典型的な例です。社会が抱える課題を解決するために、どう科学技術を生かしていくか。それをしっかりと議論しなければならないのです」(小林さん)

 科学技術の進歩で環境破壊などの問題も起きている。拡大する科学技術に社会が追いついていないのが現状だ。また、科学の信頼性が問われるようなさまざまな事故や事件も発生した。

 「21世紀は、20世紀の反省をしながら生きていかなければならない時代です。社会における科学の生かし方を科学者だけではなく人文系、社会科学系の人も一緒になって、倫理的な問題や法律上の問題も踏まえながら、考えるような仕組みをつくりましょう、ということで、そのための努力を重ねてきたところに、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が発生したのです」と小林さんは語る。

小林さんいわく「20世紀までは、科学の専門家が知識を生産し、それを活用した便利な製品やサービスが提供され、一般の人々がその仕組みを十分理解できないとしても、信頼して受容するものである、といったイメージが強かった」という。このことを、ある意味「専門家にお任せだった」時代だともいえると小林さんは指摘する。しかし、次第に、”科学技術にはプラスだけではなくマイナスの部分もあるのでは” という疑問が生まれてきたという。その中で、「ブダペスト宣言」(1999-2000)は、科学の専門家に大きな影響を与えたことの一つといえるのだそうだ。科学技術の進歩により生じた、たくさんの問題を解決するためには、社会との対話、科学を専門としない人たちとの協働が大事だといえるだろう。 ※小林(2007)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成
小林さんいわく「20世紀までは、科学の専門家が知識を生産し、それを活用した便利な製品やサービスが提供され、一般の人々がその仕組みを十分理解できないとしても、信頼して受容するものである、といったイメージが強かった」という。このことを、ある意味「専門家にお任せだった」時代だともいえると小林さんは指摘する。しかし、次第に、”科学技術にはプラスだけではなくマイナスの部分もあるのでは” という疑問が生まれてきたという。その中で、「ブダペスト宣言」(1999-2000)は、科学の専門家に大きな影響を与えたことの一つといえるのだそうだ。科学技術の進歩により生じた、たくさんの問題を解決するためには、社会との対話、科学を専門としない人たちとの協働が大事だといえるだろう。 ※小林(2007)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成

地球規模でとらえる科学の役割

 1999年にハンガリーの首都ブダペストで開催の「世界科学会議」で発表された「ブダペスト宣言」。21世紀の科学技術が果たすべき役割として、「知識のための科学」、「平和のための科学」、「開発のための科学」、そして「社会における科学と社会のための科学」が宣言された。

 「特に、『社会における科学と社会のための科学』という視点が重視されるようになったという意味で、21世紀における社会と科学の関係は明らかに変化したといえるでしょう。2010年頃からは、この視点がイノベーションと結びつけられるようになり、経済的に効果があるかどうかに比重が偏るようになりました。しかし、それと同時にSDGs(持続可能な開発目標)や環境問題といった、地球規模の課題の重要性からも科学の果たすべき役割が問われてきました。経済的効果をあげながら、それらの問題を解決していくことは非常に難しい。それでも科学は両方の課題に取り組まなければならないのです」(小林さん)

トランス・サイエンスとは、「科学によって問うことはできるが、科学だけでは答えることのできない問題群からなる領域」。ある問題を解決するときに、科学以外のさまざまな要素を含めて検討しなければいけないことが、現代にはたくさんある。原子力発電所の安全性の問題はその例だ。 ※小林(2007)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成
トランス・サイエンスとは、「科学によって問うことはできるが、科学だけでは答えることのできない問題群からなる領域」。ある問題を解決するときに、科学以外のさまざまな要素を含めて検討しなければいけないことが、現代にはたくさんある。原子力発電所の安全性の問題はその例だ。 ※小林(2007)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成

 科学だけでは解決できない課題を「トランス・サイエンス」という。1970年前後に起きた科学技術と社会の関係の変容を表した概念だ。何かの課題を解決する際には、新しい技術や一知識だけでなく、社会との対話や市民との協働が必要な問題が増えてきた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への対応もその一つだといえると小林さんはいう。

コラム1+ 新型コロナで変わる私たちの感受性

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、人々にどのような変化をもたらしているのだろうか。「(人々の)感受性が変わってきている可能性がある」と小林さんはいう。

 科学は基本的に、すべての現象を“ものの振る舞い”で説明する。つまり、人間が五感で経験している現象を分子や原子などの物質を表す言葉で記述するのだ。

 「日常の暮らしを科学の立場で考えると、結構つらいこともあるのです」(小林さん)

 例えば、「におい」について考えてみよう。人は、「におい」をどう感じているだろうか。道端に臭いにおいを放つものが落ちている。その物体から一部が剥がれ、空気中を漂い、あなたの鼻の粘膜に直接くっつく。そこから脳へとシグナルが届き「これは過去にかいだあのにおいだ」と感じる。そして、「臭くて嫌なものだ」と認識し、道端に落ちていることを目で見て、改めて臭いものが落ちていると分かる。つまりにおいは、においの元となる物質との直接の接触という意味で「さわる」ことと同じなのだ。

 日常的にすべての現象を“ものの振る舞い”として考えている人は、あまりいなかっただろう。しかし、新型コロナウイルスは、この“ものの振る舞い”を意識させるようになったのではないだろうか、と小林さんはいう。

 「新型コロナウイルスは、通常の人々の交流においても、“ものの振る舞い”を私たちに意識させるようになりました。私たちは、情報や音声、気持ちの交換と並び、“人と人が話すことはある物質の交換である”というふうに感じるようになってきているのです。それまでの日常生活では、話をするということが飛沫という物質の交換であるとは、考えていなかったと思います。でも、今、テレビなどで、マスクをつけずに近距離で会話をしている過去の映像が流れていると、ちょっとどきどきしますよね」

 新型コロナウイルスは、私たちに新しい生活様式だけでなく、新しい感覚までもたらした。

変わるコミュニケーションのあり方

 新型コロナウイルスでIT技術を使ったコミュニケーションのオンライン化も急速に進んでいる。好きな場所に居ながら、いつでも誰かとつながる手段を得られたことで、どのような社会がつくられていくだろうか。

 「人に会うのは本当に必要なときだけになるのかもしれません。しかし、体を持っていることの意味は大きいと思います。人間はコミュニケーションを身体的につかまえようとします。情報のやり取りだけではなく、相手が『どんな人間なのか』『付き合ったら面白そうな人間なのか』などを見ているのです。今のIT技術のみでは補い切れない部分もまだまだあると思います。」(小林さん)

 一度でも会ったことのある人とのオンラインチャットと初対面の人とのオンラインチャットを比べてみよう。前者の場合、その人の雰囲気や佇まいを感じたことがあるため、音声情報や映像情報だけでも、うまくコミュニケーションを取れることが多い。一方、後者の場合、身構えてしまうこともあるのではないだろうか。

 オンラインチャットといえば、近年、自らの分身となりうる遠隔操作ロボットの開発や※デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)も進んでいる。
※ITの浸透によって、人々の生活があらゆる面で変化していくこと。

 「新しい科学技術が社会に素早く浸透するかどうかは、その科学や技術と、人と社会とが、どのタイミングで出会うか。これが鍵になります。ワクチンや特効薬の開発が想像以上に困難で、致死率の高い次の波が来た場合には『遠隔操作ロボットに即座に切り替えた方がいい』という議論が拡大し、その技術もより広がっていくかもしれません」(小林さん)

 新しい科学技術は、私たちの暮らしを豊かにする可能性を秘めている。若い人にも受け入れられやすい。一方で、科学的に優れたものが、社会全体に素早く広まるかというと、そうではない。小林さんは「人々が本当に必要だと思うかどうかが重要なのでしょう。そうでなければ、社会に浸透するためにはもう少し時間がかかる可能性もあると思います」という。新型コロナウイルスのようなパンデミック(世界的大流行)や社会的に大きな出来事は、新しい科学技術が広まるきっかけとしての可能性も秘めている。

バーチャル・リアリティー(VR)の技術を目にしたり、使ったりすることが最近増えてきている。 (上段)ANAの『AVATAR』の技術。感触などをリアルタイムに伝え、臨場感ある体験ができる。写真提供:ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ (下段)仮想空間での学術集会「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」の様子。VR法人HIKKYの技術を応用している。 サイエンスポータル2020年8月17日付レポート「学術集会もVR空間で―コロナ禍にあっても「身体と精神の制約を解き放つ」意欲的な試みで実現」
バーチャル・リアリティー(VR)の技術を目にしたり、使ったりすることが最近増えてきている。 (上段)ANAの『AVATAR』の技術。感触などをリアルタイムに伝え、臨場感ある体験ができる。写真提供:ANAホールディングス株式会社 デジタル・デザイン・ラボ (下段)仮想空間での学術集会「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」の様子。VR法人HIKKYの技術を応用している。サイエンスポータル2020年8月17日付レポート「学術集会もVR空間で―コロナ禍にあっても「身体と精神の制約を解き放つ」意欲的な試みで実現」

さまざまなプレイヤーと語り合おう

 「科学的に正しいかどうか」だけでは答えを決められない。今を生きるすべての人たちや地球の未来にも関わるような問題を、私たち全員が考え、お互いにとって良い道を選んでいくために、これまでの何を維持し、何を変え、どのような仕掛けをつくっていくべきだろうか。

 「科学者はそれぞれに自分の研究を大事に思い、できればそれを社会に役立てたいと願っています。しかし、社会の問題は科学者だけが議論すべき問題ではありません。科学者は非常に重要なプレイヤーではありますが、唯一のプレイヤーではない。それを前提に考えなくてはなりません」(小林さん)

 科学が信頼のできる知識を生み出す強力な知的装置であることは間違いない。だが、科学が答えを出すのに必要とする研究の量や時間は、社会の物事を決めるために必要な時間よりもはるかに長い。

 「これまでの何を維持し、何を変えるかは、科学者やその他の分野の専門家だけでは議論できません。すべての人々が一緒になって考える仕組みをつくる必要があります。そもそも科学者やその他の専門家と、そうでない人に分けるべきなのか、という議論もあります。テーマによっては、科学者とそうでない人は簡単に役割を交代します。自身が専門とする研究以外では、科学者ないしその他の専門家も、非専門家になるからです。つまり、専門家とは専門分野以外については素人という意味で、”特殊な素人”なのです。役割を交代しつつそれぞれの専門的な知識をどう生かしていくかが鍵になるでしょう」と小林さんはいう。

科学者を含めたすべての人々がともに考え、議論する図。科学者も、自身の研究以外では専門的な知識を持たないので、素人になる。また、議論には、社会や科学技術などさまざまな角度からのリテラシーが求められる。 ※小林(2006)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成
科学者を含めたすべての人々がともに考え、議論する図。科学者も、自身の研究以外では専門的な知識を持たないので、素人になる。また、議論には、社会や科学技術などさまざまな角度からのリテラシーが求められる。 ※小林(2006)および小林さんへのインタビューを元に編集部が作成

 まさに新型コロナウイルスは、科学者を含めた専門家、非専門家などの垣根を越えて、すべての人が関わるべき内容だ。小林さんは、これからも感染症は定期的にやってくると予想し、新たな問題も発生するだろうという。

 「1970年代から、人間と野生動物の生息域の間の線が変わり、人間がどんどん社会を拡大させたことで、野生動物の中に含まれていたような細菌やウイルスが人類社会の中に入ってきました。だから、感染症は地球環境問題と実はセットになっている問題です。今もまだ続いていますから、これからも定期的に次が来るかもしれない。これらの問題と、どうやって共生するかを平時から考える、そんなふうに変わっていく社会が必要とされていると思います。社会にとってより良い研究成果を生み出すためにも、研究者が自身の研究の狙いや成果を説明すると共に、さまざまなプレイヤーと語り合うことによって社会の要望を聞き取るような仕組みづくりが、これからの社会では、ますます大切になってくると思っています」

コラム2 読者へのメッセージ

 学生に「経済成長している社会ってどんな社会ですか?見たことがないのですが」といわれ、大きな衝撃を受けたことを思い出します。いわれてみればそうですよね。僕は高度経済成長期を見てきた人間ですから、先のことを考えようとするとき、どうしてもそこに引きずられてしまいます。ですから、僕は「未来のない人(=僕のこと)に未来を語らせるよりも、新しい世代の人たちに未来を語ってほしい」と思うのです。

 人は生まれる時代を選ぶことができません。今の若い世代が抱く不満や不安をどう解消し、前向きに気持ちを持ってもらうか、常に考えています。今はまだ名案がありませんが、少なくとも若い世代に「自分たちの責任で自分たちの社会をつくる」「そのために発言してもいい」といった空気を感じてもらえるような環境づくりを心がけていきたいと思っています。また、若い世代の人たちには「(自分たちが)発言しなくてはいけない」という心意気を持ってもらえたらと、そう願っています。

小林傳司(こばやし・ただし)

1954年生まれ。1983年東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。福岡教育大学、南山大学等で教鞭を執った後、2005年大阪大学教授、2015年同大理事・副学長。2019年より科学技術振興機構(JST)RISTEX上席フェロー、2020年より大阪大学名誉教授、同COデザインセンター特任教授(現職)。
専門は、科学哲学・科学技術社会論。著書に、『誰が科学技術について考えるのか コンセンサス会議という実験』名古屋大学出版会(2004)、『トランス・サイエンスの時代 科学技術と社会をつなぐ』NTT出版ライブラリーレゾナント(2007)など。

経歴の一部を訂正しました。
誤「2005年より大阪大学理事・副学長を歴任」 
正「2005年大阪大学教授、2015年同大理事・副学長」

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