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感染症の歴史から見えてきたウイルスと人間の関係≪石弘之さんインタビュー≫

2020.07.21

2019年末に中国で初の症例が確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)。ウイルスは瞬く間に地球上に広がっていき、パンデミック(世界的大流行)を引き起こした。実は、人間と感染症の付き合いは非常に長い。過去にも地球環境や人々の行動の変化に伴い、その時代を特徴づけるような感染症が流行した。そして、人間はその都度、大きな社会構造の変化に適応してきた。これからの時代、私たちはウイルスにどのように向き合えば良いのだろうか。著書『感染症の世界史』で、今回の大流行を警告したとも言われる環境ジャーナリストの石弘之さんに、感染症の歴史から見たウイルスと人間の関係について聞いた。

ウイルスとは何か - ずっと人間と共存

そもそも、ウイルスとは何だろう。大きさでいえば1万分の1ミリくらい。大気中でも、砂漠のど真ん中や深海底でも、ウイルスはどこでも見つかる。自然界は、ウイルスに満ちあふれている。石さんはウイルスについて、「細胞の中から遺伝子が飛び出して、活動を始めたようなものと考えればいい」と説明してくれた。

病気の原因となるウイルスは“悪者”扱いされやすいが、ポジティブな面もあるという。例えば、ここ20年ほどの研究で、哺乳類の胎児をウイルスが守っていることがわかってきた。

胎児は、半分は父親の遺伝子を持っている。母親から見ると、半分のたんぱく質は自分とは別なもの。母親の免疫系からの攻撃で、胎児は生きていけないはずではないか。ではなぜ、生きていけるのか長い間、謎だった。

「おなかの中に赤ちゃんが宿ると、母親の胎内の常在ウイルスが集まってきて膜を作り、赤ちゃんを包み込む。そのことで、母親からの免疫系の攻撃を遮断できることが分かったのです。ウイルスがいなければ、われわれ人間はこの世に存在しなかったという意味で、たいへん重要です」と石さんは言う。

そんなウイルスが、なぜ人間の体に入り込んで害をもたらすのだろうか。人間をいじめてやろうとかいう気は、ウイルスにはまったくない、と石さんは断言する。

「ウイルスの唯一無二の目的は、子孫を残すこと。子孫を残しやすい場所を常に探っています。コンピューターウイルスが無限大に近い試行錯誤を繰り返して、パスワードを見つけて侵入するのと同じように、実際のウイルスも変異を繰り返しています。偶然、鍵を開けられる鍵穴を見つけて、ウイルスは人間の体内に侵入。そして繁殖し、人間の細胞や臓器などに害をもたらすのです」(石さん)

新型コロナウイルスとは – 起源はコウモリ?

では、コロナウイルスとは、一体どのようなウイルスなのだろうか。

「ウイルスの突然変異のパターンをさかのぼっていくと起源が推定できます。コロナウイルスは1万年ほど前に登場したと推定されています。初めはニワトリやブタに感染する家畜の病気扱いでした。1960年代に入って人間の風邪の原因になるウイルスと認識されるようになりました。ただ、こんな大事件を起こすウイルスとは、誰も想像していませんでした」(石さん)

今回の新型コロナウイルスのもとの宿主は、コウモリと言われている。武漢ウイルス研究所の調査によれば、中国のキクガシラコウモリは、新型コロナウイルスに似たウイルスを数十種類も持っており、仲介役の動物を経ていつ人間に新たに感染してもおかしくないそうだ。遺伝子を変異させて、人間に取り付く可能性を常に秘めているわけだ。

「新型コロナウイルスは何年か後には弱毒化して、普通の風邪のようなウイルスのようになる可能性はあります。でも、その一方で、これから先、さらに『狡猾』になって、巧妙な感染方法、流行方法を見つけ出すかもしれません。コロナウイルスは2002年にSARS(重症急性呼吸器症候群)や2012年のMERS(中東呼吸器症候群)、そして今回の新型コロナウイルスと、立て続けに流行を起こしました。21世紀はコロナウイルスの時代になりそうな予感がします」と石さんは予想する。

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡写真 細胞表面から出芽する新型コロナウイルス粒子を見やすくするためにコンピューター上で青く着色(左、走査型電顕で撮影)。ウイルス粒子を取り囲むように、名前の由来となったコロナウイルス特有の王冠状の突起がある(右、透過型電顕で撮影)。 ※画像提供:東京都健康安全研究センター
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の電子顕微鏡写真 細胞表面から出芽する新型コロナウイルス粒子を見やすくするためにコンピューター上で青く着色(左、走査型電顕で撮影)。ウイルス粒子を取り囲むように、名前の由来となったコロナウイルス特有の王冠状の突起がある(右、透過型電顕で撮影)。 ※画像提供:東京都健康安全研究センター

環境変化と感染症 - 温暖化で拡大するマラリア

人類は、太古の昔から感染症と戦ってきた。その歴史を振り返ってみよう。未来に向けてのヒントがあるはずだ。

感染症の歴史を研究してきた石さんによれば、古代エジプトのミイラを調べることで、古代人も、寄生虫、ハシカ、ハンセン病、マラリアなどの感染症に悩まされていたことが分かってきた。

また、感染症は環境の変化にも影響されやすい。熱帯病であるマラリアは地球温暖化によって分布域が広がっているという。アフリカや中南米でもマラリアの感染地域は拡大している。

「かつては高地で涼しく、マラリアが流行しなかった場所でも、最近はマラリア患者が発生しています。地球温暖化で、マラリアを媒介するカの生息域が広がったためだと思われます」(石さん)

日本の古い文献にもマラリアと考えられる感染症が登場する。11世紀の平安時代は今より気温が高く、平清盛はマラリアで高熱でうなされつつ死んだそうだ。「清盛の医者は裸で脈をとり」という有名な川柳もある。近年においても明治初期から昭和にかけて日本海沿岸、沖縄、北海道など全国的にマラリアの流行があった。

「出典 World malaria report 2018 (https://www.who.int/malaria/publications/world-malaria-report-2018/en/)をもとに厚生労働省検疫所が作成」
「出典 World malaria report 2018
(https://www.who.int/malaria/publications/world-malaria-report-2018/en/)をもとに厚生労働省検疫所が作成」

感染症は時代を映す鏡 – 消化器系から呼吸器系へ

人間が定住するようになって、感染症と人間の関係は劇的に変わった。石さんによると、最初に定住した水辺では川の水を共用したことで水を介した消化器系の病気が流行したが、その後、人口が都市に密集するようになると、人から人へと感染する呼吸器系の感染症が大流行を起こすようになった。

水を解した感染症の爪痕は、古代エジプトのミイラにも見られる。このミイラからは、巻き貝の体内で増殖した寄生虫が皮膚から感染する、ビルハルツ住血吸虫の卵が見つかっている。その後も、下水道が普及しない地域では赤痢やコレラなど、水を介した病気が広がった。

都市が大きくなると、当初は衛生システムがなかったのでゴミを介して感染症が流行した。14世紀のヨーロッパの都市では、ネズミが大量発生し、ネズミがもっていたペスト菌が広がっていった。ただ、当時はペストの原因が分からず、「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」などのうわさが広がり、ユダヤ人排斥が激しくなったり、魔女狩りが盛んに行われたりした。分からないことが起きると、恐怖心から人間はスケープゴートを求めるものらしい。デマや差別は、大災害や感染症の大流行の時には、必ずと言っていいほど起こってきた事象だそうだ。今回の新型コロナウイルスでも、さまざまな人種差別や偏見、迫害が後を絶たない。

「死の舞踏」 ミヒャエル・ヴォルゲムート、銅版画、1493年
「死の舞踏」 ミヒャエル・ヴォルゲムート、銅版画、1493年

20世紀に入り都市が巨大化し過密化すると、今度は人から人へ飛沫や空気で感染するようになる。呼吸器系に入り込んで、過密社会にウイルスが拡散していく。現在の新型コロナウイルスがまさしくその図式に当てはまるのだと石さんは指摘する。

※注記:石さんの話をもとに作成
※注記:石さんの話をもとに作成

感染症は社会構造を変える –距離を超えてつながる時代へ

過去の感染症の大流行では、社会構造が大きく変わった。21世紀の社会を考えるうえで参考になりそうな事例を、石さんに紹介してもらった。

「14世紀のペストがその一例といえると思います。ペストによってヨーロッパの人口の1/4~1/3が死亡しました。ペストは人類にとって史上最大の強敵と言っていいでしょう。中世の終焉はペストが重要な役割を演じました。病気で人口が急減し農村が無人になって、それまでの封建制度が崩壊しました。また、神にすがったものの教会は無力で、その不信がルターの宗教改革の一因にもなりました。そして、封建社会の束縛から解き放たれた人たちが町に集まり、ルネサンスの人間解放につながったのです」

産業革命のときには、工場ができ、免疫を持たない農村の人たちが都市に集まってきて、結核が流行した。日本でも明治時代の紡績工場では同様だったという。

「工場の仕事は重労働で、栄養状態も悪い。過密な状態だったので、たちまち結核が流行したのです。有名なのが明治時代の日本の紡績工場。工場によっては、働く女性工員の解雇理由の約7割が結核感染でした。政府が重い腰を上げたのは1911年です。そしてやっと、政府は工場法を制定し、工場労働者の就業時間の制限や、業務上の傷病・死亡に対する扶助制度が設けられました」(石さん)

では、私たちが直面しているコロナの時代はどうなるのだろう。感染を防ぐために人と人との距離を置くというのは、私たちにとって初めての経験だ。これは人間関係や社会構造にどう関わってくるのだろうか。

「人間は高度な社会性を持った動物です。人間は特別に肉体的に優れているわけではありません。ただ、知能と社会性を進化させることによって生存競争に打ち勝ってきたのです。その人間がウイルスによって、互いに殺傷しあう『凶器』に変えられてしまった。関係性を物理的に断てというのは、社会性の放棄にもつながりかねず、これは大変なことです」(石さん)

人間にとっての基本的な行動様式まで変えてしまうウイルス 。今回の新型コロナウイルスは、私たちの人間関係のあり方や社会性についても見直しを迫ってくる。しかし、過去の歴史を振り返ると、人間は感染症により大きく社会構造の変化を強いられた場合でも、柔軟に適応し、新たな生活や様式を生み出してきた。石さんの生活にも変化があったようだ。

「最近はリモートで授業を受けたり、取材をしたり、いろいろなことができるようになりましたね。私も先日こんな体験をしました。国内外の昔の教え子が、オンラインで私の傘寿の誕生日を祝ってくれたのです。距離を超えてグローバルに人と人がつながるようになりました。将来、今を振り返れば、このオンライン誕生祝いですら、ずいぶん古くさいやり方をしていたなあと感じるような技術革新があるかもしれません」(石さん)

ウイルスも自然の一員 - 「汝の敵を愛せよ」

人間が環境を変えれば、それに対応して変異していくのがウイルスで、人間とウイルスの関係を断ち切ることはできない。「ウイルスは、いろいろなところで自然の一員として関与しています。われわれが知らないことの方が多いはず。『こんなことをウイルスはやっていたの』という話がこれから続々と出てくる可能性があります。いかなる生物も天敵をなくした瞬間から退化していくもの。汝(なんじ)の敵を愛せよ、ですね」と石さんは続けた。

最後に、石さんは「コロナ時代」を切り開く若者に向けて、次のようなメッセージを残してくれた。

「庭土をスプーンですくうと、スプーン1杯の土の中に1億以上の生き物がいます。その多くがウイルス。ウイルスは、自然の中でいろいろな役割を果たしています。これからも、ウイルスをめぐっても大発見が続くと思います。自然界は、まだまだ人間の知らないことだらけ。私の80年の人生を振り返ると、最大の楽しみは好奇心と達成感でした。若い人たちには、ものを探求することや考えることに楽しみを感じて、自然の仕組みを解明する達成感を味わってほしいですね」

石 弘之(いし ひろゆき)

1940年、東京都生まれ。東京大学卒業後、朝日新聞社に入社。ニューヨーク特派員、編集委員などを経て退社。国連環境計画上級顧問、東京大学・北海道大学大学院教授、ザンビア特命全権大使などを歴任。この間、国際協力事業団参与、東中欧環境センター理事などを兼務。国連ボーマ賞、国連グローバル500賞、毎日出版文化賞を受賞。主な著書に『感染症の世界史』『鉄条網の世界史』(角川ソフィア文庫)、『環境再興史』(角川新書)、『地球環境報告』(岩波新書)、『名作の中の地球環境史』(岩波書店)、『私の地球遍歴』(洋泉社)など多数。

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