サイエンスウィンドウ

テクノロジーを上手に活用することで 酪農の仕事はもっと楽しくなる!

2018.10.17

酪農の仕事は重労働が多く、多くの牧場は後継者・働き手不足に悩まされている。そこで少しでも人の負担を減らそうと、帯広市のベンチャー企業がIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を活用したサービスを開発した。ここでは現場の声として、群馬県の酪農家の話も聞いた。

小規模な牧場が日本の生乳生産を支える

 日々の食卓では、牛乳やバター、ヨーグルト、チーズなど、たくさんの乳製品が消費されている。原料となる牛乳(生乳)の日本における生産量は年間約750万トンで、飼育されている乳用牛は、約135万頭におよぶ(平成28年農林水産省畜産統計)。

 最近では、餌やりから搾乳まですべて機械で行い、数百頭の牛を育てる会社形態の大規模な牧場が増えているが、依然として家族だけで経営する小規模な牧場がほとんど。その多くが後継者や働き手不足に悩まされている。

排卵の前兆を見逃さずタイミング良く人工授精

 牧場経営では、効率良く繁殖させることが重要だ。牛は、約280日間の妊娠を経て出産し、出産後280~300日間にわたって乳を出す(泌乳期)。酪農の現場では、出産後2カ月くらいたった頃に人工授精をして泌乳期を通して妊娠させ、泌乳期の終了後に2カ月程度の搾乳をしない期間(乾乳期)を経て、再び出産させ搾乳できるようにする。酪農業は、このようなサイクルを繰り返して成り立っている。

 このサイクルを効率よく回すためには、排卵の時期に合わせて人工授精することが必要だ。その排卵が近づいたことの兆候は、この時期特有の牛の身体・行動の変化から読み取れる。牛の排卵周期は約21日で、一度その兆候を見逃してしまうと、次の排卵まで約21日待たなければならず、結果的に出産が遅れ乾乳期が長くなる。搾乳できずに飼養するだけのこの約21日間は酪農家にとって経済的損失となる。

 排卵が近づいたことの兆候を読み取る作業は、ほとんどがいまだに「人の経験と勘」に頼っている。この兆候を読み取る作業をテクノロジーによって少しでも効率化することを目的に、「Farmnote」、「Farmnote Color」は開発された。

群馬県の富澤牧場で取材当日に生まれた仔牛。出産した母牛は乳が出るようになり、間もなく排卵の前兆の観察を再開する。
群馬県の富澤牧場で取材当日に生まれた仔牛。出産した母牛は乳が出るようになり、間もなく排卵の前兆の観察を再開する。

酪農家のニーズから生まれた牛を管理するためのテクノロジー
株式会社ファームノート

帯広発IT企業が開発した牛管理システム

株式会社ファームノート
デバイス開発マネージャー 阿部剛大さん
株式会社ファームノート
デバイス開発マネージャー 阿部剛大さん

 北海道を代表する酪農地帯・十勝エリアに位置する帯広市では8000頭以上の乳牛が飼育されている。

 帯広市に本社を置く株式会社ファームノートは、「世界の農業の頭脳を創る」をビジョンに、IT(Information Technology:情報技術)を用いて煩雑な牧場の作業をサポートする。同社が開発した「Farmnote」は、牛のさまざまな情報を管理・記録・分析することができるクラウド型牛群管理システムで、PCだけでなくスマートフォンやタブレットでも操作が可能だ。発売以来、現在までに2500の酪農家に導入され、25万頭以上の牛が管理されている。

 さらに、牛の首に付けたセンサーで排卵の前兆となる牛の行動をキャッチするためのデバイス「Farmnote Color」を開発。「Farmnote」と組み合わせて使うことで、牛の健康状態、人工授精に適したタイミングなどが管理しやすくなる。

酪農家と常に話し合い、一緒に創っていく

 「Farmnote Color」の開発を担当したデバイス開発マネージャーの阿部剛大さんは、以前は東京のIT系企業で働いていた。それまで酪農に関する知識は一切なかったが、生まれ故郷である帯広市のためになる仕事がしたいとファームノートに入社した。

 「酪農家が直面している後継者不足、仕事がつらいのが当たり前という問題を解決して、格好いい仕事にするのがテクノロジーの役割です。私たちは農業とITの交差点で、両方のプロからの情報をまとめることで貢献したいと考えています」(阿部さん)

 ファームノートには、ITの専門家はもちろん、獣医師資格を持つ社員もいる。それでも現場のことは現場にしかわからないと、アンバサダーと呼ばれる酪農家と日頃から意見交換を繰り返し、彼らの叱咤激励を原動力に、製品の改良や新機能の追加を実施している。

牛が装着し続けても劣化しにくいようベルトの素材・織り方まで工夫したデバイス「Farmnote Color」。
牛が装着し続けても劣化しにくいようベルトの素材・織り方まで工夫したデバイス「Farmnote Color」。
排卵の前兆、授精・分娩や搾乳量などの牛ごとの記録から牛群での管理まで行う「Farmnote」。
画像提供:ファームノート
排卵の前兆、授精・分娩や搾乳量などの牛ごとの記録から牛群での管理まで行う「Farmnote」。
画像提供:ファームノート

牛の首に付けたセンサーで排卵の前兆を検知

 「Farmnote Color」は、首に付けた加速度センサーでとらえた牛の動きの変化から排卵が近づいた兆候を読み取り、スマートフォンなどに通知する。

 排卵を間近に控えた時期にある牛は、視床下部から出るホルモンの影響でそわそわしてうろついたり、ほかの牛にちょっかいを出したりなど、一時的に活動量が増える。そのわずかな変化をとらえるのだが、個体によって活動パターンは異なるため、学習期間として7日間センサーを装着し、その間の活動量・反芻時間などをAI(Artificial Intelligence:人工知能)で解析する。

 「さまざまなセンサーを組み合わせることでさらに精度を上げることもできますが、センサーが増えれば値段が高くなり、故障リスクも上がります。あくまでも人間のサポート役として、シンプルに活動量が増加した瞬間を伝えるほうが良いと判断しました」(阿部さん)

 牛の繁殖に限らず酪農の仕事には人の経験と勘に頼る部分が大きいが、それらの一部でもセンサーに置き換えることができれば、後継者不足や新規参入の難しさといった問題の解決にも貢献できると阿部さんは期待する。

牛たちとしっかり向き合うために新しい技術をどんどん取り入れる
富澤牧場

富澤牧場 富澤裕敏さん
富澤牧場 富澤裕敏さん

 子どもの頃から牧場の仕事に追われる両親を見てきた群馬県東吾妻町の富澤牧場の富澤裕敏さんは「自分は絶対にあんなにキツい仕事はしない」と決めていた。しかし、そんな働き方こそ変えなければいけないという思いから、24歳で牧場を継いだ。

気付かなかった兆候をアラームで知った

 富澤牧場は家族3人と外国人技能実習生2人という少人数経営だが、自動給餌器と搾乳マシンを導入して作業負担を減らすことにより、乳用牛の数を約100頭にまで増やし規模を拡大した。

 その頃から排卵が近づいた兆候を知らせる「Farmnote Color」に興味はあったが、牛を繋いで飼育するタイストールと呼ばれる方式に対応していなかったため、富澤牧場では導入できずにいた。「繋がれている牛は動きが制限されてしまうので、行動量の変化をとらえることが難しく、開発に苦労した」と阿部さんも語っていた。

 酪農家からの要望を受けて2018年6月に「Farmnote Color」にタイストール対応機能が追加されると、富澤さんはさっそく導入を決めた。まだ使い始めてから数カ月だが、排卵が近づいた兆候の見逃しは明らかに減ったという。

 「今も牛たちの様子には気を配っていますが、アラームが鳴って初めて兆候に気付いて授精できたということもありました。お陰で、安心してほかの作業に集中でき、精神的な負担が減りました。最終的には人の目と耳を使って牛の様子を観察することが大切ですが、もう一つの目として『Farmnote Color』が役立っています」(富澤さん)

以前はカレンダーに書き込んで牛の繁殖を管理していたが、書き間違いなどのミスもあった。
以前はカレンダーに書き込んで牛の繁殖を管理していたが、書き間違いなどのミスもあった。
富澤牧場の牛の首に付けられた「Farmnote Color」。
富澤牧場の牛の首に付けられた「Farmnote Color」。
「Farmnote Color」ならば牛の目の前で記録できるので、書き間違えることもない。過去の記録から牛の体調管理にも役立てられる。
グラフ提供:ファームノート
「Farmnote Color」ならば牛の目の前で記録できるので、書き間違えることもない。過去の記録から牛の体調管理にも役立てられる。
グラフ提供:ファームノート

テクノロジーを使う人の意識改革も必要

 作業の効率化のため、テクノロジーはどんどん取り入れていきたいという富澤 さんだが、テクノロジー以前の「人の問題」とも日々直面している。

 「親より上の世代からは『休んでいないで牛舎に牛の様子を見にいけ』と言われることもあり、従来の意識をどう変えるかは課題です。逆に、機械に頼りきりで牛を見なくなってしまった酪農家もいますし、もっと牛と向き合うためにこそ、新しい技術 と上手に付き合っていかないと」(富澤さん)

 牧場は継がないと思っていた富澤さんだが、実際にやってみて「牛の仕事は本当に面白い」と感じている。だからこそ「若い世代が参入できるよう、大変な思いをしなくてもできる酪農の形を確立したい」と話す。そして、小規模酪農家が核となった活気ある地域のあり方を模索するなど、酪農の将来を考えて各地の酪農家との意見交換などにも積極的に取り組んでいる。

ページトップへ