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ベンチャー企業、養殖業者、役場、漁協、大学が 一体となって日本の水産養殖業を救う!

2018.10.17

マダイやブリ、真珠などの養殖業が盛んな愛媛県愛南町。町役場や漁協、養殖業者のほか大学の研究室やICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)関連のベンチャー企業も加わり、水産養殖の課題解決に挑むとともに、「最新技術を用いた養殖業発祥の地」を目指す。

世界で魚の消費が急拡大中

 1990年代半ば頃から、世界で魚の消費が急拡大している。その理由としては、世界的な人口増加、先進国における健康志向、途上国における食生活水準の向上などがある。中国をはじめとしたアジアで中間所得層が増えたため、動物性タンパク質の需要が急増した影響も大きい。

 これだけ多くの魚が食べられるようになると、天然魚の漁獲ではまかないきれないため、魚の養殖業は世界の成長産業になった。ところが、10年ほど前から日本の養殖業者は厳しい状況にある。特に小規模な業者では後継者や従業員が不足しており、規模を拡大したくてもできないという事情がある。

餌代高騰に苦しむ養殖業者を救うには

 規模にかかわらず養殖業者を悩ませているのが魚の餌となる魚粉の高騰だ。養殖用飼料の主原料である魚粉のほとんどは輸入に頼っており、需要の拡大に加えて、原材料となるカタクチイワシの漁獲量によっても価格は大きく変わる。2015年4月には、2005年平均価格の約3倍まで値上がりした。

 養殖業の中でも成長著しいノルウェーのサケ養殖業者の場合、支出のうち餌代が占める割合は56%程度だが、日本のマダイ養殖業者(個人経営)の場合は72%にものぼる。

 そうした現状から抜け出し、日本の水産養殖業を成長産業に転換させようと、最先端技術による取り組みを進めているのが愛媛県愛南町だ。愛南町はベンチャー企業、養殖業者、町役場、漁協、大学が集まり、一体となって「水産養殖の世界モデル」を目指している。

出典:農林水産省 「漁業経営調査」(2016年)
出典:農林水産省 「漁業経営調査」(2016年)
出典:水産庁「平成28年度水産白書」(財務省「貿易統計」、一般社団法人日本養魚飼料協会調べ、水産庁調べ)
出典:水産庁「平成28年度水産白書」(財務省「貿易統計」、一般社団法人日本養魚飼料協会調べ、水産庁調べ)

元JAXA研究員から転身 ICT活用で水産養殖の課題を解決
ウミトロン株式会社

餌やりを最適化するシステムを開発

ウミトロン株式会社 代表取締役 藤原 謙さん
ウミトロン株式会社 代表取締役 藤原 謙さん

 愛南町では、最先端技術を積極的に導入して養殖業界の課題解決に取り組んでいる。ウミトロン株式会社代表取締役の藤原謙さんは、日本の水産業界が置かれた現状を知り、自分たちのテクノロジーが役立つことがあるのではないかと2016年から愛南町とともに技術開発を始めた。

 ウミトロンが開発したのは、水産養殖に特化したデータサービス「ウミガーデン」。生け簀内に設置したカメラで魚が餌に食いつく様子を観察でき、スマートフォンによる遠隔給餌も可能にするシステムだ。蓄積されたデータは、最適な餌の量やタイミングの分析に役立つ。

 このシステムができるまで、藤原さんは毎月のように試作品を作って愛南町に通い、現場の人たちとお互いにアイデアを出し合い、試行錯誤を繰り返した。「現場に行ってみると餌代以外も課題だらけでした。人が現場に行くことを前提とした手作業があまりに多いのですが、遠隔操作などテクノロジーによって簡略化できる作業がたくさんあると感じました」と、藤原さんはプロジェクト開始当時を振り返る。

 開発プロセスでは、洋上の生け簀に設置してみて初めてわかることがたくさんあった。陸地から離れた海上でも安定して使える電源が必要であること、海水で錆びてしまうため金属の部品を使えないことなど、現場から求められている機能を少しずつ理解して、現場と一緒に開発していった。「毎月試作品を作らなければいけないプレッシャーはありましたが、完成品を目指すのではなく、現場の人たちの意見を聞きながら少しずつ作り上げていったのが良かった」と藤原さんは話す。

宇宙の技術を水産養殖に取り入れたい

 「ウミガーデン」はサービスを開始しているが、次のステップとして宇宙のテクノロジーの活用を考えている。人工衛星がとらえた海洋画像から、海面の温度やプランクトンの分布をとらえ、給餌タイミングの最適化に活かすことを計画しており、現在そのためのデータ収集と分析を進めているところだ。海中に設置されたセンサーでは、海洋環境のデータを点でとらえることしかできないが、宇宙からの観測データは海洋環境を面でとらえることができる。

 藤原さんは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究開発員として研究を行った後、アメリカの大学院で経営学修士(MBA)を取得し、日本の総合商社でベンチャー支援に携わってきたという経歴の持ち主。そのような経験を活かし、「いずれは宇宙関連の技術を取り入れたい」という思いがあったのだ。

 「JAXA時代から自らベンチャーを立ち上げて、世の中の役に立つ仕事をしたいと思っていました。その後、ベンチャー投資に関わる中でさまざまな事業を見てきましたが、養殖業は世界規模でもっとも重要な産業です。世界を視野に、水産養殖の持続可能性に貢献していきたいと思います」(藤原さん)

愛南町と水産業の未来のため 若き養殖業者のチャレンジ
大西水産有限会社

ウミトロンと一緒に「ウミガーデン」を開発

大西水産有限会社 代表取締役 大西 光さん
大西水産有限会社 代表取締役 大西 光さん

 愛南町福浦で養殖業を営む大西水産は、40台の生け簀で常時約60万匹のマダイを育て、毎年約30万匹を出荷する。従業員は事務員を含めて8名。創業以来50年近く福浦の海で魚を育ててきた。

 年間を通じて水温が高い愛南町の海はマダイ生育に適しており、他の地域よりも生育が早いために生産量が多いという強みがある。しかし、餌代高騰の影響は大きく、大西水産では一時的に生産規模を縮小していたほどだった。2014年に24歳で大西水産の社長となった大西光さんは、それでも生産規模を拡大できないかと模索していたときにウミトロンの藤原さんと出会った。

 「町の水産課の人が『一番若い業者さんだから』と私を紹介してくれたのがきっかけです。藤原さんの話を聞いたときの最初の感想は『面白そう』でした」という大西さん。自社の生け簀を使って、一緒に「ウミガーデン」の開発に取り組んできた。

 ウミトロンの「ウミガーデン」は、海中カメラを生け簀に設置し、魚の食いつき具合を遠隔地のスマートフォンでも見られるようにした。これならば船に乗って生け簀まで見に行く必要はない。そうして給餌したデータを毎月行う魚の体重測定データに照らし合わせれば、より良い給餌のタイミングと量がわかり、無駄に餌をやりすぎることを防げる。

給餌量やタイミングを最適化

 導入から約1年、「ウミガーデン」で記録してきたことで新たな発見もあった。従来は午前8時から午後5時の間に数回に分けて餌やりをするのが一般的だが、実は早朝と夜間の薄暗い時間の食いつきがいいことがわかった。「“朝まずめ”と呼ばれる日の出前後と“夕まずめ”と呼ばれる日没前後の時間に魚の食いつきがいいということは、釣り人の間では常識です。私たちは人間の都合に合わせて給餌タイミングを決めていましたが、もっと魚の生理を考えてやるべきだったのです」(大西さん)

 大西さんは会社を継いだときに「この先長く続けられる会社にしなければ」という思いから、どんどん新しいことにチャレンジしようと決めた。

 見据えているのは会社の将来だけではない。愛南町、養殖業のことも常に意識している。「餌のやり方や餌そのものも昔とは違うのに、養殖業としての考え方が昔のままではやっていけない。新しい技術を取り入れることで、人手が減っている中でもやっていける形を作っていかなければと思っています。そして、養殖魚の良さをもっと知ってもらいたいです」(大西さん)

 現在「ウミガーデン」を導入している生け簀は40台のうち1台だけだが、近々数台の生け簀に導入し、比較検証なども行う予定だ。さらに、機械の耐用年数、毎月の通信費など、漁協や町の水産課とも協力しながら愛南町規模で実証を進めていく。

大西水産の生け簀に設置された「ウミガーデン」。餌の入ったタンクから遠隔操作で給餌できる。海中にはカメラを設置。給餌されると魚が勢いよく群がってくる。
大西水産の生け簀に設置された「ウミガーデン」。餌の入ったタンクから遠隔操作で給餌できる。海中にはカメラを設置。給餌されると魚が勢いよく群がってくる。
ウミガーデンの操作画面。リアルタイムでの遠隔給餌、タイマー給餌も簡単に行える。
ウミガーデンの操作画面。リアルタイムでの遠隔給餌、タイマー給餌も簡単に行える。

愛媛大学や漁協とも連携して先端技術の導入に取り組む
愛南町水産課

愛媛大学を誘致して町を水産研究の拠点に

愛南町水産課水産振興係
愛南町海洋資源開発センター 清水陽介さん
愛南町水産課水産振興係
愛南町海洋資源開発センター 清水陽介さん

 愛媛県の最南端に位置する愛南町は、南宇和郡の旧5町村(内海村、御荘町、城辺町、一本松町、西海町)が合併し、2004年に誕生した。年間を通じて海水温が高く、マダイ、ブリ、真珠などの養殖業が盛んな町だ。天然カツオの水揚げ量は四国一で、「愛南びやびやかつお」というブランドカツオも出荷されているほど。「びやびや」とは地元の言葉で「新鮮な」という意味だ。

 一方で、少子高齢化が進み、養殖業では人手不足に陥っているという現実がある。そのような町でICTベンチャーとの共創が実現できたのはなぜか。愛南町水産課水産振興係の職員であり愛南町海洋資源開発センターの研究員でもある清水陽介さんによれば、愛媛大学の研究施設を誘致するなど、愛南町は先端技術の導入に積極的な町なのだという。

 「生産人口が減る中で、柱である水産業が保守的になってしまうと、この先、愛南町の産業を維持できなくなってしまうという危機感がありました。そんなとき、水産研究を強化したいという愛媛大学に声を掛けたところ、合併により空いた旧町村役場庁舎を活用して愛媛大学南予水産研究センターが設立されることになりました」(清水さん)

 愛媛大学南予水産研究センターの建物内には、町管轄の魚病診断室や海洋資源開発センターも設置され、町、大学、漁協が密接に関わりながら、養殖研究や実証を進めてきた。愛媛大学の研究成果を実用化するための株式会社愛南リベラシオというベンチャー企業も設立されている。

愛南町の福浦。リアス海岸の入り組んだ湾は年間を通じて海水温が高く、波が穏やかで、養殖業に適している。

ICT生産管理で愛南ブランド魚を作りたい

 そのような下地があるからこそ、ウミトロンから話を持ち掛けられたときもすぐに動くことができた。当時、愛媛大学と愛南町は、赤潮の発生状況をICTを使って情報発信し、被害を防ぐ研究を行っていた。ウミトロンの藤原さんは愛媛大学の研究発表会でその話を聞き、愛南町に興味を持ったのだという。

 そこからは漁協を通じて大西水産の大西さんとマッチングしたり、資金的に援助する仕組みを作るなど、町が中心となって人と人をつないできた。将来について清水さんは、「養殖業とICTを組み合わせた取り組みを進めることで、愛南町を『最先端技術を用いた水産業発祥の地』として知られるようにしたい」と展望を語る。

 さらに、「愛南町の養殖業者が『ウミガーデン』を導入し、効率化した生産管理法で育てた『安心の愛南町ブランド魚』ができれば」と清水さんは言う。そうして育てた魚を漁協が中心となって計画出荷すれば、業者の経営も安定する。消費者にも愛南町ブランドが認知されるのが理想だ。近年の魚離れ対策として地元や東京の小学生を対象とした魚の食育授業を行うなど、愛南町は「ぎょしょく教育」発祥の地でもある。

 現実には「ウミガーデン」の量産化や通信インフラの整備などまだまだ課題がある。それでもウミトロンとの取り組みは愛南町の水産業を盛り上げる第一歩になると信じて、さらに共創の輪を広げていこうとしている。

愛南町発のベンチャーを設立 昆虫飼料で餌代問題に挑む
株式会社愛南リベラシオ

カイコのサナギから魚用サプリメントを開発

株式会社愛南リベラシオ 代表取締役
愛媛大学大学院農学研究科 客員准教授
井戸篤史さん
株式会社愛南リベラシオ 代表取締役
愛媛大学大学院農学研究科 客員准教授
井戸篤史さん

 愛南町からは、社名に「愛南」が付いたベンチャー企業が誕生している。愛媛大学発ベンチャーとして、愛南町で行われた研究成果を元に設立された株式会社愛南リベラシオだ。

 愛媛大学では、科学技術振興機構(JST)の支援を受けて、昆虫を水産養殖に応用する研究を行ってきた。代表取締役の井戸篤史さんは愛媛大学南予水産研究センターの研究員として愛南町で昆虫飼料の研究を行った後、そこで得られた研究成果を実用化することを目的に愛南リベラシオを設立した。

 最初に商品化されたのは、カイコから繭を採取した後に残ったサナギを使った飼料「シルクロース」。愛媛大学では、カイコのサナギの中に魚類や甲殻類の免疫を活性化させる成分が含まれていることを発見。この成分を抽出して粉末にしたものを、愛南リベラシオが「シルクロース」として商品化した。「シルクロース」は餌に混ぜて使うサプリメントのようなもので、「シルクロース」を食べて育ったマダイやブリなどの養殖魚は寄生虫が付きにくく、養殖業者や消費者からの評判も良い。

 愛南リベラシオでは、成長促進などの効果があるイカの内臓を主成分とする水産飼料「イカマリン」も商品化。また、食品の廃棄物や家畜の排泄物などを分解して短期間で大量に増えるハエやアブの幼虫、良質な動物性タンパク質として知られる甲虫の幼虫などを使った魚粉代替飼料の研究も進めている。

カイコやヤママユのサナギに含まれる免疫活性成分により作られた「シルクロース」。
カイコやヤママユのサナギに含まれる免疫活性成分により作られた「シルクロース」。
カイコやヤママユのサナギに含まれる免疫活性成分により作られた「シルクロース」。
カイコやヤママユのサナギに含まれる免疫活性成分により作られた「シルクロース」。

養殖業者の反発から商品化まで

 昆虫飼料の開発では、昆虫に対する漠然とした嫌悪感から、地元の養殖業者からの反発を受けた。ところが、2013年に国際連合食糧農業機関(FAO)が、魚粉に替わるタンパク源として昆虫の有効性を発表すると、風向きが大きく変わった。魚粉価格の高騰や、天然魚粉に頼らない持続可能性の高い水産業への意識が広まってきたこともあり、昆虫飼料に良いイメージを抱く業者が増えた。

 現在は魚粉の代わりとなる昆虫飼料の実用化に取り組んでいるが、低コストで大量生産するための仕組み作りが課題だ。「世の中の役に立つ研究だからこそ、きちんと実用化するために自分で起業することにしました」と語る井戸さんには、研究者、経営者という両面から課題に向き合える強みがある。実は、弁理士資格も持っていて、「シルクロース」の特許や商標などかなり戦略的に取り組んできた。

 「シルクロース」をたくさん売ることで会社の規模を拡大するのはもちろん、日本の水産業を盛り上げたいという思いも強い。「以前視察に行ったノルウェーのサケ養殖業者は若くして豪華クルーザーを持つほどお金持ちで、養殖業は若者の憧れの職業でした。それに対して日本の水産養殖は右肩下がり。なんとかしてこの流れを変えたいのです」(井戸さん)。

 井戸さんと同じように「日本の水産養殖を元気にしたい」という志を持つベンチャー起業家、研究者、町職員、養殖業者、漁協関係者が引き寄せられるように集まる愛南町。この町をきっかけに、水産養殖の新たな流れが作られていくことだろう。

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