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人の暮らしを変える自動運転技術

2018.07.31

自動車は、人々の暮らしを豊かにする乗りものだ。 だが一方で、交通事故や渋滞などさまざまな問題がつきまとう。 そのような問題を解消し新たな価値を創造するため、世界中で「自動運転」の研究が進められている。 自動運転が実現したとき、交通や暮らしはどのように変わるのか。 日産自動車とディー・エヌ・エー(DeNA)の共同開発に迫った。

自動運転を実用化して道路交通の課題を解決

自動車を取りまく数々の課題を解決するひとつの方法として技術革新が進む「自動運転」に注目が集まっている。 完全自動運転の実現に向け、開発は着実に前進している。

通信技術により道路交通を高度化

安全かつ豊かな道路交通を実現するための取り組みとして、日本では1990年代からITS(Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム)を推進してきた。ITSとは通信技術を活用して人・自動車・道路の間で情報をやりとりするシステムで、事故や渋滞、環境対策など、道路交通におけるさまざまな課題を解決しようというものだ。

カーナビゲーションシステムやETC(電子料金収受システム)のほか、バスの運行状況をリアルタイムで知らせるシステムなど、すでに広く普及しているものもたくさんある。自動運転もまた、ITSのシステムのひとつなのだ。

自動運転で社会課題を解消

自動運転とは、 人間が操作しなくても自動車が“自動で走行”すること。最近の自動車には危険を察知して自動でブレーキがかかるシステムが搭載されているが、目指しているのは、ドライバーなしでも走行できる“完全な自動運転”だ。

交通事故のほとんどは、ドライバーの運転操作ミス、判断ミス、不注意といった人為的要因だと言われている。ドライバーが必要ないということは、こうした人のミスが原因の事故の危険性が低くなることを意味する。ほかにも、自動運転ならば安定して円滑な運転ができるため、渋滞の緩和にもつながる。

また、昨今はバスやトラックのドライバー不足が社会課題になっているが、完全な自動運転が実現すれば、ドライバーがいなくても人の移動やモノの運搬が可能になり、高齢者や障がいを持つ人々、免許を持たない子どもたちも自由に移動ができるようになる。

自動運転の実用化に向けて

しかし、すべての操作を完全に自動化できるほど技術が高度化しても、絶対に安全な自動運転とはいえない。人的ミスはゼロでも、機械には故障が起こり得る。走行中に突然動かなくなったり、勝手に違う場所へ行ったりしないように設計する必要がある。また、万が一事故などが発生したときを想定した対処法も整備しなければいけない。

さらに、自動運転車が走行することを前提とした道路や法律など、周辺環境の整備も不可欠となる。実際、現在の道路交通法では、公道を運行する車両には「運転者がいなければならない」と明記されている。

しかし、日本国内では決められた地域に限って、自動運転の公道試験(実証実験)が行われていることを知っているだろうか。技術向上と周辺環境整備に必要なデータ収集、社会に対する周知などを目的に、官公庁、自治体、大学・研究機関、自動車メーカー、アプリケーション(アプリ)やサービスの開発を行う企業などが協力しあい、全国各地で公道試験が進められているのだ。

自動運転のひとつの形『Easy Ride』

『Easy Ride』は、自動車メーカーである日産自動車が開発した自動運転技術と、ソーシャルゲームなどで知られるアプリ開発会社のDeNAが手がけた新しい交通サービスを融合させた自動運転システムで、2018年3月に神奈川県横浜市で公道試験が行われた。自動運転技術を搭載した実験車両で走行するだけではなく、移動自体を楽しむ仕掛けが多数盛り込まれている。

神奈川県横浜市のみなとみらい地区で行われた『Easy Ride』の実証実験。日産グローバル本社から横浜ワールドポーターズまでの約4.5kmを自動運転(運転席に人が座ったテスト車両)で往復した。実験に参加した300組の一般ユーザーは、アプリで目的地を設定し、自動運転車で移動。アプリでのドアロック解除や車載アプリによるクーポン券発行なども体験した。
神奈川県横浜市のみなとみらい地区で行われた『Easy Ride』の実証実験。日産グローバル本社から横浜ワールドポーターズまでの約4.5kmを自動運転(運転席に人が座ったテスト車両)で往復した。実験に参加した300組の一般ユーザーは、アプリで目的地を設定し、自動運転車で移動。アプリでのドアロック解除や車載アプリによるクーポン券発行なども体験した。

「安全」を最優先に無人走行車両を開発

神奈川県横浜市のみなとみらい地区で行われた『Easy Ride』の実証実験。日産グローバル本社から横浜ワールドポーターズまでの約4.5kmを自動運転(運転席に人が座ったテスト車両)で往復した。実験に参加した300組の一般ユーザーは、アプリで目的地を設定し、自動運転車で移動。アプリでのドアロック解除や車載アプリによるクーポン券発行なども体験した。

複数の「目」で状況を把握

『Easy Ride』は、専用のモバイルアプリを使って、いつでもどこでも無人運転車両を呼び出すことができ、安全に目的地まで移動できるという新しい交通サービスを目指している。「こんなところに行きたい」とリクエストすれば、オススメポイントを紹介してくれるなど、サービス面での充実も特徴だ。

しかし、無人運転車両を実現させるには、高い安全性がなによりも重要だ。横浜で行われた公道試験で使われたテスト車両は、日産車の電気自動車「リーフ」をベースにした自動運転車で、13個のカメラと前後各3個のレーザースキャナが搭載された。これらは人間の視覚に代わるもので、カメラは車両の周辺情報を画像としてとらえる。一方、レーザースキャナはレーザーで周囲の物体までの距離を把握することができる。このように、カメラとレーザースキャナは、互いに機能を補完し合っているのだ。

日産自動車で『Easy Ride』の開発に携わっている藤田和正さんは「3月の実証実験では一般のお客さまに乗っていただくので、試作車ではありますが、市販車を上回るレベルの自動運転性能を目指しました」と言う。

全体を俯瞰する「人の目」も活用

カメラとレーザースキャナに加えて、公道試験では人による管制システムも導入した。テスト車両にはリーフの通信モジュールを応用した通信技術が採用され、将来的には日産とNASAの共同開発による管制システム「シームレス・オートノーマス・モビリティ(SAM)」の採用も計画されている。

SAMは、クルマの人工知能(AI)を補完し、自動運転車両の安全かつ円滑な走行を可能にするシステムだ。万が一自動運転車両が事故・路上の障害など不測の事態に直面して、AIだけで正確に判断することが困難な場合は指令センターに通報し、車両の状況をセンサーから把握しているモビリティ・マネージャーが、一帯を俯瞰したうえで個々の車両に適切な行動を提案したり、遠隔操作により安全なルートに誘導する。また、その情報はクラウド上のAIを通じて周辺の車両にも共有され、人間のサポートなしに最適なルートを選択するようになるなど、社会全体の交通の効率化につながることも期待される。

13個のカメラと前後各3個(計6個)のレーザースキャナを搭載したテスト車両
13個のカメラと前後各3個(計6個)のレーザースキャナを搭載したテスト車両
運行状況を見守る管制センター
運行状況を見守る管制センター
テスト車両がどこを走っているかを遠隔地でチェック
テスト車両がどこを走っているかを遠隔地でチェック
乗車位置から目的地までのルートや予想到着時間も表示
乗車位置から目的地までのルートや予想到着時間も表示

公道試験により一歩前進

「日産自動車では、車の“所有”だけでなく、お客さまのカーシェアリングに対する欲求や潜在的な移動ニーズを満たすためのサービス立ち上げに取り組んでおり、中期計画に『無人運転車両による、配車サービス事業への早期参画実現』を盛り込みました。2020年代早期には無人配車サービスを実現したいと思っています」(藤田さん)

今回の公道実験は、『Easy Ride』実用化に向けたスタート地点。主に車両部分を担当した日産自動車では、公道実験を通じて改めて安全の重要性を感じたという。

問題は、従来人間が行ってきた判断や安全確認をどこまで自動車やアプリに任せるか。すべてを自動化すればコストが高くなり、実用化が遠のくかもしれない。早期実用化のためには、SAMのように高度な技術と人間の判断力を組み合わせたシステムにより、安全性を担保することも必要だと考えているそうだ。

ネットサービスが加わることで自動運転の魅力が倍増

自動運転の実用化により期待されるのは、安全で快適な移動だけではない。 『EasyRide』により移動そのものを楽しむことができたり、独自のサービスを受けられたり、新しい価値の創造も期待されている。

ゲーム開発の強みを生かす

自動運転技術と並ぶ『Easy Ride』の核は、専用アプリによるサービス体系にもある。このアプリケーション(アプリ)やサービスを作り出したのは、ソーシャルゲームやアプリの開発で急成長したDeNAだ。

アプリを使えば、ドアロックの解除や目的地の設定などの必要な操作に加え、車内では周辺のイベント情報やおすすめスポットの情報、お得なクーポンの発券など、移動を楽しくする多様なコンテンツを利用することができる。また、『Easy Ride』の専用アプリは初めてでも使いやすいように操作性が工夫されているほか、利用料金もアプリ上で支払えるようにしていくなど、インターネットサービスで成長を遂げたDeNAならではのノウハウが詰まっている。

DeNAで『Easy Ride』を手掛ける吉田守博さんは「DeNAは、『Easy Ride』のほかにもロボット物流、自動運転バス、スマートタクシー、カーシェアリングなど、インターネットとAIを活用した交通関連プロジェクトに取り組んでいます。それにより移動・買い物弱者と呼ばれる人たちを救うなど、私たちの得意とする分野で貢献していきたいと考えています」と話す。

運行管理データで需要予測

自動運転技術とDeNAが得意とする技術を組み合わせることで生まれるシナジー(相乗効果)は、これにとどまらない。そのひとつとして注目したいのが、『Easy Ride』から得られた利用データの活用だ。

『Easy Ride』では、車両の通信機能を使って位置情報や稼働状況を、運行管制システムで管理する。このシステムにアプリの情報を組み合わせると、個々の車両がいつ、どこからどこへ、どのくらいの速度で移動しているかが一目でわかるという。

そうして得られた「ビッグデータ」と呼ばれる膨大な利用データを、DeNAのAI技術を用いて解析することによって、時間帯や天候といった“状況”や、あるいは目的地などの“利用者のニーズ”ごとに、傾向が分かるのではないかと考えられている。

ビッグデータから得られた傾向を有効に活用できれば、『Easy Ride』で省エネや渋滞緩和といった社会課題を解決するための効果を得られるだけではなく、新たな機能を生み出すための貴重な情報源にもなると期待されている。

移動中も周辺環境も楽しめるアプリ

DeNAは『Easy Ride』を通して、地域経済も活性化したいと考えている。

たとえば、和食店に行きたいとき、『Easy Ride』は位置情報から複数のお店を提案し、行き先が決まったらクーポンの発券と同時にお店へ予約メールを発信。車両は利用者をお店に送り届けると、少し離れた駐車場で待機し、食事が終わるころに迎えに来る。食事代や『Easy Ride』利用料金はもちろんアプリで支払う。こんな仕組みが実現すれば、利用者にとって便利なだけでなく、お店にとっても集客や宣伝などのメリットが生まれる。

今回の公道試験でも、このようなサービスの有効性が感じられた。DeNAの町川高明さんは「利用者から『未来を確信した』などのポジティブな感想を多数いただきました。みなさまのご意見はアンケート結果と併せて検討し、今後に生かしたい」と抱負を語った。

安全であることはもちろん、移動時間も楽しく、周辺の魅力も伝えてくれる。自動運転が作るそんな社会が、実現に向けて一歩ずつ近づいている。

取材協力

  • 日産自動車株式会社  アライアンス コネクティドカー&モビリティサービス事業部 モビリティサービス部
  • 株式会社 ディー・エヌ・エー オートモーティブ事業本部 自動運転サービス事業開発部 ロボットビークルグループ

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