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LRTで今変わりつつある街と交通

2018.07.31

左)自動車に依存した従来の交通システム、右)LRTを軸にした次世代の交通システム
左)自動車に依存した従来の交通システム、右)LRTを軸にした次世代の交通システム

2000年代に入り、新たな公共交通としてさまざまな都市で導入され始めた「LRT」。「Light Rail Transit」の略で次世代型路面電車システムのことだ。車両が低く乗降が容易にできることや、道路上を走る自動車とは異なり、軌道上を走るため定時運行が可能なことなど、さまざまな利点を持つという。 そのLRTの導入は「まちづくり」にどのような変化をもたらしたのか? 都市交通計画の専門家である太田勝敏さんに国内外の事例について聞いた。

公共交通の大きな役割は、移動手段の確保です。すべての市民は、暮らしていくうえで一定の移動手段が必要です。自動車が広く普及して多くの人が自家用車で移動できるようになりましたが、子どもや高齢者、身体に不自由のある人など、自動車の利用が難しい人々もたくさんいます。

また、自動車の利用が集中する都市部では、通勤時間になると深刻な渋滞が生じています。加えて、自動車の排出ガスによって窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PMx)といった大気汚染物質の増加、そして二酸化炭素(CO2)排出による温暖化問題が深刻化しています。

その点、大量輸送が可能で時間通りに運行するLRTは自動車への依存によって起きる渋滞の緩和や、環境への影響を少なくすることができる交通手段の一つです。また、LRTは都市の誇り、シンボルにもなります。車両や駅のデザインが街並みを形成し、街の文化的な価値が向上するからです。

LRT はこのようにさまざまな利点を兼ね備えた公共交通システムであり、さらに街の長期的な都市計画の中で整備されるため、持続的に運用されるインフラとしての安心感があります。

もちろん、LRTは自動車依存社会が抱えるさまざまな課題の改善に貢献する次世代の交通手段の一つにすぎません。ほかにもBRT(Bus Rapid Transit:バス高速輸送システム)なども注目されています。それぞれの街における交通の課題に応じて、「まちづくり」と一体化した公共交通の整備が必要なのです。


「まちづくり」に向ける市民の高い意識が最良の実施案を導く
フランス ストラスブール

ストラスブールの市内を走るLRT(ガリア駅にて)
ストラスブールの市内を走るLRT(ガリア駅にて)

フランス北東部に位置し、ドイツとの国境に接するストラスブールは、交通の要として栄えてきた。1988年には旧市街地の文化的価値が評価され、ユネスコ世界文化遺産に登録された都市だが、都心部では自動車の渋滞が深刻な問題になっていた。 その問題を解決するために導入されたのがLRTだ。 先駆的なLRT導入の成功事例の背景には、市民と行政による徹底した議論があった。

ストラスブールでは都心部での自動車の渋滞が問題となっていました。それを解決するための公共交通の整備が検討され、1989年に就任したトロットマン市長は、郊外に住む労働者が職場のある都心まで時間通りにアクセスする交通手段として、LRTの導入を考えました。郊外の主要駅に十分な駐車場を用意すれば、そこからLRTに乗り換えて都心部へ行くことができます。車からLRTへ交通手段の転換を図ることは、大気汚染や騒音など環境問題の改善にもつながります。

フランスは、市民との対話を通じて行政の透明化を図るという意識が高い国です。行政は専門家として計画案を市民に提示し、計画の意味をきちんと伝えます。市民は自らの意見を行政に伝え、行政はその意見を計画に反映させます。こうしたプロセスが、制度として確立されています。

また、移動する権利や交通手段選択の自由といった「交通権」を確保することが求められており、公共交通は行政による公共サービスと位置付けられ、それに関連する法制度が整えられています。

LRT 導入に際しても決定段階までに行政と市民による徹底的な議論が行われました。ストラスブールの人口は約27万人ですが、33の自治体によって形成された都市圏(総人口約50万人)全体での交通マスタープラン(都市計画道路や公共交通などの将来計画を基にした交通施策のプラン)を作成し、まずは総合的な計画を決定しました。その後、路線が通る自治体ごとに詳細な路線や駅の位置など個別の議論をしました。

都市のマスタープランから路線エリアの計画までの段階ごとに、議論のテーマも関係する人も異なります。それぞれの段階で、行政の提示した計画の内容を市民が参加して詰めるのです。

議論の途中ではさまざまな新技術や他のエリアの好事例も登場します。最新動向を注視しつつ、最良の実施案を練り上げていきました。利用者であり納税者でもある市民と行政とが徹底的に議論を交わし、共に自動車交通の代替案としてのLRT整備案を作成し、導入に至ったのです。

ストラスブールでは、LRT整備によって郊外と都心を直結する移動手段が確保されるとともに、都心での渋滞と大気汚染が改善されました。さらにLRT導入による歩行者中心の街と文化的景観は世界的に認められ、フランス有数の観光地として賑わっています。

既存の鉄道をリニューアルし、市民のライフスタイルを変える
富山市

日本で初めて本格的にLRT を導入したのは富山市(人口約42万人)だ。 その背景には、人口減少と高齢化の課題に対応する「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」を進める必要があった。 公共施設や職場を公共交通でつなぎ、その主要駅を拠点にした居住エリアを形成する「まちづくり」は、確実に成果を生み出している。

富山市周辺の鉄道路線図
富山市周辺の鉄道路線図

かつて富山駅と日本海に面した岩瀬浜駅の区間は、JR富山港線が運行されていました。富山市では、新幹線の整備を機に赤字路線だった富山港線をリニューアルしてLRTを導入。2006年4月に全長約7.6kmの富山ライトレール富山港線(愛称:ポートラム)が開業しました。日本初のLRTの本格的導入として、大きな話題を呼びました。

富山ライトレールの利用者はJR時代と比べ、平日で約2.1倍、休日で約3.6倍も増えました。特に日中にLRTを利用する高齢者が増加し、これまで出歩くことが少なかった高齢者に外出の機会を与えています。また、交通手段を自動車からLRTに代えた利用者も増え、環境への負荷が低減しました。沿線での住宅着工件数も市内全体に比べて高く、LRTを軸とした「まちづくり」が促進されています。沿線にスーパーマーケットが開業するなど、住民の利便性も高まりました。

さらに2009年、富山駅南側を走る市内電車(富山地方鉄道富山軌道線)の軌道を約0.9km延ばし、東西の2路線を接続することで1周約3.4kmの環状線(愛称:セントラム)が実現しました。すでに整備の成果は表れています。環状線の利用者が中心市街地で消費する平均額は、自動車で街に来る人々よりも高いという消費行動が明らかになっています。

現在は、富山駅南側の市内電車と駅北側の富山ライトレールを富山駅で接続する事業も進められており、富山駅の南北回遊性が大きく改善されることが見込まれています。

南側のエリアでは、接続工事に向けた整備がすでに完了し、市内電車による富山駅へのアクセスが向上した結果、通勤定期利用が約13%、通学定期利用が約7%それぞれ増加するなど、早くも成果が生まれています。また、富山国際会議場で会議が開催された件数や富山市郷土博物館の入館者数は、ともに整備前の約1.5 倍と大幅に増加しています。

LRTの整備を軸に、さまざまな施策との組み合わせでコンパクトな「まちづくり」を図ってきた富山市は、市民のライフスタイルを着実に変化させながら、コンパクトシティの実現を今も推進しています。

定時運行だから安心だ
定時運行だから安心だ
駅とバス停が近くて乗り換えしやすい 段差がなくて楽に乗り降りできる 通院のついでに買い物もしよう
駅とバス停が近くて乗り換えしやすい 段差がなくて楽に乗り降りできる 通院のついでに買い物もしよう
段差がなくて楽に乗り降りできる
段差がなくて楽に乗り降りできる
通院のついでに買い物もしよう
通院のついでに買い物もしよう
ポートラムの車体のカラーは計7色あり、いずれも富山の豊かな自然を象徴している。
ポートラムの車体のカラーは計7色あり、いずれも富山の豊かな自然を象徴している。

宇都宮の将来像を共に描く「共創」の取り組み
宇都宮市

富山市をはじめ、これまでLRT を導入してきた事例は主に既存の軌道を活用したものだった。 今、新たな軌道の整備からLRTの導入を始めた自治体がある。栃木県宇都宮市(人口約52万人)だ。 20年間にも及ぶ議論を経て、ついに工事が始まったが、そこに至る道のりには、さまざまなステークホルダーが十分に議論する「熟議」と、対話しながら新しい価値を共に創りあげていく「共創」の取り組みがあった。

宇都宮市はJR宇都宮駅の東側に工業団地や自動車メーカーの工場が立地しています。通勤時間帯には、駅とその東側を結ぶ幹線道路が大渋滞し、それが長年の問題になっています。市では渋滞を緩和するとともに、少子高齢化や環境悪化などの問題に対応するために、大量輸送が可能なLRTを導入し、それをバスなど既存の公共交通に組み込んで再編するというコンパクトシティの構想を1997年に打ち出しました。その後約20年にも及ぶ議論を経て、2018年6月にLRTの整備工事(東部区間、約15km)がスタート。開業は2022年3月の予定です。

宇都宮市でのLRT 導入の推進では、さまざまなステークホルダー(利害関係者)が将来の都市像を共有し、活発な議論を通じて最善の方法を導く「熟議」と「共創」の取り組みが重要な役割を果たしています。

ステークホルダーは多岐にわたります。市民、自治体の都市計画や交通を担当する部署、計画に意見を持つ市民団体、バス会社など既存の交通事業者、産業界の代表である商工会議所、所轄官庁の国土交通省や警察庁などです。さらに、専門的な知見を提供する第三者の専門委員会、そして客観的に議論できる科学的な知見やデータを提供する地元の宇都宮大学の参画も欠かせません。

行政主導の公式な会議だけでなく、数多く開催された説明会、ワークショップ、オープンハウスなどでこういったステークホルダーが議論し、利害関係を調整する場面が設けられることで、LRT 導入計画の実現に向けて進んでいるのです。行政の提案する計画の方向性を、共に学びながらより良くしていくことが宇都宮市での共創の意義といえるでしょう。

多様なステークホルダーによる共創を経て、いよいよ導入されるLRTによって変わりゆく宇都宮の街に注目していきましょう。

※宇都宮市公式ウェブサイトに、事業の意義や進捗などの情報が掲載されています

宇都宮市の東西を結ぶ交通のイメージ
宇都宮市の東西を結ぶ交通のイメージ

現代社会が抱える交通問題の大きな要因の一つは自動車への過度の依存です。自動車を賢く使いつつ自動車依存社会のさまざまな課題を改善するためには、自動車の代替手段として公共交通を選べるように整備することが重要です。

LRTは交通問題の解決に導く公共交通システムの一つの選択肢として、各地でその導入が進められています。しかし、単に公共交通を導入するだけでは、交通問題の根本的な解決にはなりません。その都市が抱える交通問題の解決に適した公共交通について、市民をはじめさまざまなステークホルダーが真剣に議論し、共に学び合い、すべての市民にとって利便性が高く、安全で快適な都市を「共創」する取り組みが重要となります。

太田勝敏(おおた・かつとし)
東京大学名誉教授。1942年生まれ。専門は都市交通計画、交通システム分析。1993年より東京大学工学部教授、東京大学大学院工学系研究科教授を経て、現在に至る。著書に「新しい交通まちづくりの思想―コミュニティからのアプローチ」(鹿島出版会、1998年)など。

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