宇宙ベンチャー、アイスペース(東京)の月面着陸機「レジリエンス」が6日午前、月面への軟着陸を試みたが失敗した。着陸直前の減速が不十分のまま、月面に衝突した可能性が高いという。同社は2023年4月にも失敗しており、再挑戦も実らなかった。わが国では昨年1月の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「スリム」に続き2機目、また米国以外の民間で初の着陸となるか、注目されていた。

「ここで着陸しておきたかった」

レジリエンスは同社の月面着陸計画「ハクトR」の2機目で、英語で回復力を意味する。6日午前に都内で会見した同社の袴田武史最高経営責任者(CEO)は「非常に残念。米国の2社が着陸させており、ここでわれわれも着陸しておきたかった。支援いただいてきた方々に非常に申し訳ないが、しっかり次につなげたい。月着陸機を飛ばせる企業は非常に限られており、なるべく早くキャッチアップし、世界をリードできる事業の進展を引き続き目指す」と話した。
レジリエンスは1月15日、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから、スペースXの大型ロケット「ファルコン9」で打ち上げられた。前回に続き、地球や月の引力などを利用して燃料を節約できる「低エネルギー遷移軌道」を採用。打ち上げ後8日で着陸した1969年の米アポロ11号などに比べ長く、4カ月半あまりの行程で月を目指した。
先月7日に月周回軌道に到達後、2回の主エンジン噴射で高度を下げ、同28日に月上空100キロを周回する円軌道に入った。今月6日午前3時13分、着陸作業を開始。計画では、時速5800キロから段階的に減速して高度を下げ、着陸の2分ほど前から補助エンジンを併用し姿勢を変更。最終降下を進め同4時17分、北半球中緯度にある「氷の海」に着陸するはずだった。ところが上空20キロを過ぎて主エンジンを噴射した後、機体からの信号が途絶。着陸予定時刻を過ぎても通信が確立できないことから、アイスペースは失敗と判断した。
測距が遅れ、一生懸命エンジンを噴いたが…
同社は今後、原因究明を進める。直後の分析では、月面からの高度を測るセンサーが想定より遅く測距を始めたことと、減速が不十分だったことが判明した。機体は月面に衝突したとみられる。
同社の氏家亮最高技術責任者(CTO)によると、推定高度192メートルまで降下して以降、機体からの信号が途絶した。「(測距センサーを)高度20キロ付近で起動後、10~3キロほどで測距が始まると想定していたが、実際には遅く、1.5~1キロほどで始まったようだ。その時点で降下が速すぎた。機体が速度を落とそうと一生懸命にエンジンを噴いたが、不十分だった。このようなシナリオと思われる。因果関係をしっかり詰めたい」と説明した。他に姿勢やエンジン、ソフトウェア、センサーの問題も考えられるという。

ハクトRの1機目は2023年4月、日本初、かつ民間世界初が懸かった月面着陸に挑んだものの失敗した。原因は、降下中に高度の推定値と測定値の乖離(かいり)が拡大し、機体のソフトウェアが、ほぼ正確だった測定値の方を異常と判断し棄却したためだった。このため降下中に高度5キロ付近で燃料が切れ、機体が月面に激突した。事前に着陸地点を変更しており、航路上の地形の検討が甘かったことも要因という。
この失敗を受け、レジリエンスでは着陸時の制御のソフトウェアを基本的に維持しつつ、飛行経路のシミュレーションを重ね、起こり得る事象を詳しく評価。それらの影響を受けても機体が対応できるよう調整していた。
レジリエンスは、着陸用の足を展開した状態の高さが2.3メートル、幅2.6メートル、燃料を除く重さ340キロ。同社の欧州法人が開発した小型探査車のほか、月面用水電解装置やアニメ作品関連の合金プレートなど、国内外の企業や大学などの5つの機器や物品も搭載したが、失敗によりいずれも喪失した。月面の砂を採取し、所有権を米航空宇宙局(NASA)に譲渡する商取引も計画していた。
「『失敗』の言葉、ネガティブに感じられるが変えたい」

アイスペースは先代の計画「ハクト」で米財団の月面探査レースに参加したが、2018年3月の期限までに実現できなかった(勝者なし)。今回に続くハクトRの3機目は、同社の米国法人と米航空宇宙局(NASA)との契約に基づく商業計画に参画し、機体開発を担当するもの。重さ1.73トンと大型化し、27年に打ち上げ、月の裏側の南極付近に着陸する。以降も着陸機の開発、運用を重ね、月面の資源利用、周辺の開発を通じた経済圏の構築を目指す。
このように同社は現状では、着陸成功の実績を持たないまま、3機目以降を大型化する計画だ。会見で指摘を受けた袴田氏は「(3機目以降は)輸送量を増やし、事業として利益を獲得していくことを見立てているが、今回の原因のインパクトが見えていない中で、判断はこれからとなる。ただ基本的には(大型化の)実現にしっかり取り組んでいきたい」とした。
無人機の月面軟着陸は1966年、旧ソ連の「ルナ9号」が初めて成功し、米国と中国、インドが続いた。日本はスリムが昨年1月、横転したものの、実質的な位置誤差10メートル以下の高精度着陸を達成。5つ目の着陸国となった。民間では昨年2月、米インテュイティブマシンズの「オデッセウス」が、やはり横転しながらも初めて成功。続いて今年3月、米ファイアフライエアロスペースの月面着陸機「ブルーゴースト」が成功した。同機はレジリエンスとロケットを相乗りして地球を出発したが、成否が分かれる形となった。その5日後にはオデッセウスの後継機「アテナ」が、またも横倒しで着陸している。

月面で米企業が先行する中、レジリエンスは、日本企業が頭角を現すための正念場を逃した。原因の詳しい検証を待ちたいが、1機目に続き、着陸目前の測距に絡む失敗のようだ。袴田氏は昨年9月の会見で「最初のグループにいることは重要で、2年、3年と遅れないよう(レジリエンスで着陸を)実現したい」と話していたが、やや遠のいた観が否めない。残念であると同時に、まとまった重力があり、大気のない天体への軟着陸の難しさを物語ってもいる。
袴田氏は今年1月には、筆者の質問に答える中で「失敗という言葉はネガティブに感じられるが、それを変えたいとの思いが強い。前回達成できなかったことを次はしっかり実現できるよう、行動していく。会社としてこれができる環境をしっかり作り、チームが活動できることが何よりも重要だ」と力説した。宇宙ビジネスの壮大な夢が詰まった計画。重ねた失敗を糧に、次こそ成功を勝ち取ってほしい。

関連リンク
- アイスペース「ispace、ミッション2に関するご報告」
- 同「HAKUTO-R Missions」