大西卓哉さん(49)と米露3人の宇宙飛行士を乗せた米スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」10号機が米フロリダ州のケネディ宇宙センターから打ち上げられ、日本時間16日午後、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。日本人のISS長期滞在は13回目。大西さんの飛行は9年ぶり2回目で、日本人3人目のISS船長に就任する。飛行士らは往路の飛行中、折り鶴をかたどった編み物を船内に浮かべて見せ、米国人船長が「私たちは平和に旅する」と地上に語りかけた。

「私たちは敵ではなく、楽観主義と善良さで結ばれている」
クルードラゴンは15日午前8時3分、同社の大型ロケット「ファルコン9」に搭載され打ち上げられた。約10分後にロケットから分離され、打ち上げは成功した。全自動で飛行を続け、16日午後1時4分、高度約400キロのISSにドッキングした。結合部の気密性などの確認を経て扉が開き、同日午後2時45分、大西さんが笑顔でISSに姿を見せた。
歓迎行事で大西さんは「元気にISSまで帰ってくることができました。明日からまた一生懸命、(日本実験棟)『きぼう』でのサイエンスなど、いろいろなタスク(作業)を頑張っていきたいと思います」と日本語を交えて語った。
打ち上げは13日午前にも計画されたが、ロケットを発射台に留め置く装置の油圧システムに問題が見つかり、直前に延期された。
打ち上げ後、無重力の領域に到達したことを確認するため、宇宙船内に浮かべる物体「ゼロGインジケーター」として、今回は折り鶴をかたどった編み物が採用された。地上の管制員との交信中、大西さんが座席の傍らから取り出して浮かべると、米国人船長が「これは折り鶴を基に、米国で作られた手編みで、名前はロシア語で友達を意味する『ドルーク』です」と説明した。「折り紙は日本の芸術であり、折り鶴は平和と希望、癒しの国際的な象徴。私たちは敵ではなく、楽観主義と人間性が持つ善良さで結ばれています。クルー10(同乗した4飛行士)は共に、平和に旅することを選びます」などと語った。

緊迫した国際情勢の中、15カ国によるISSの運用は継続しており、今回も米国の宇宙船にロシア人を迎えた。ロシアの宇宙船に米国人も搭乗している。こうした中、大西さんら4人はインジケーターに真摯(しんし)に思いを込めたようだ。インジケーターは打ち上げの際にしばしば話題となる存在で、大西さんの2016年の初飛行時には、娘から託されたという日本のキャラクター「リラックマ」のぬいぐるみがロシアの宇宙船内に浮かんだ。
現場指揮の重責担う
ISSの長期滞在は半年間を基本に国際調整で決まるが、米航空宇宙局(NASA)の最近の資料によると、大西さんらの滞在は4カ月間となる見込み。この間、第72、73次長期滞在に加わり、科学実験などを進める。来月下旬にも73次が始まり、大西さんがISS船長に就任する。
船長は現場責任者として飛行士を統括し、船内の状況や活動を把握して地上の管制と調整を進め、計画の遂行を目指す。飛行士の健康状態を把握するほか、火災や空気漏出などの緊急時には現場の指揮を執るなど重責を負う。日本人では2014年の若田光一さん(61)、21年の星出彰彦さん(56)に続く就任となる。
滞在期間中、JAXAは「きぼう」を活用し、無重力での固体材料の燃焼の評価法を開発するための実験▽無重力でのがん治療薬の効果を調べるハエを使った実験▽惑星ができた過程を理解するため、コンドリュールと呼ばれる微粒子ができる過程を炉の中で再現する実験▽二酸化炭素除去システムの実証▽超小型衛星の宇宙空間への放出▽細胞が重力を感知する仕組みの解明を目指す実験▽シリコンゲルマニウムの高品質な結晶を作る実験――などを計画。大半を大西さんが担当するとみられる。

大西さんは1975年、東京都生まれ。98年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、全日空入社。副操縦士を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選ばれた。11年、飛行士に認定。16年7~10月にISSに4カ月滞在し、米民間物資補給機「シグナス」6号機をロボットアームで捕捉する作業や船外活動の支援、きぼうの装置の充実に関する作業、多数の実験などを行った。20年、きぼうの運用管制を行うJAXAのフライトディレクタに認定され、地上から飛行士の活動を支えてきた。趣味はスキューバダイビング、音楽鑑賞、読書。
小学生の時に映画「スター・ウォーズ」を見たり、本を読んだりして宇宙への関心を高めた。学生時代に映画「アポロ13」を見て、宇宙飛行士の職業を強く意識するようになった。旅客機の副操縦士として働く中、新聞報道で飛行士募集を知り、かつての夢を思い出し挑戦したという。

トランプ氏ら発言、飛行計画に影響か
クルードラゴンは再利用型。大西さんらが搭乗した10号機の機体は「エンデュアランス(耐久、忍耐)」と命名されており、3、5、7号機に続き4回目の使用となった。当初は新造機体の使用が計画されたが、開発の遅れなどから変更された。
飛行士の引き継ぎ業務を経て、ISSに先行して滞在していた米露4人を乗せたクルードラゴン9号機が地上に帰還する。この4人のうち2人は昨年6月、別の米宇宙船「スターライナー」の有人試験飛行により1週間の滞在予定でISSに到着したものの、往路で生じた同機のトラブルへの懸念から、長期滞在に切り替えていた。同機は無人で昨年9月に帰還した。2人の帰還手段を確保するため、クルードラゴン9号機は往路で搭乗する飛行士を半減して空席を用意し同月、ISSに到着している。
トランプ米大統領は今年1月末、ソーシャルメディアに「私は(スペースX社を率いる)イーロン・マスクとスペースX社に、バイデン政権によって事実上、宇宙で見捨てられた2人の勇敢な飛行士を迎えに行くよう頼んだ」と投稿。マスク氏も「バイデン政権が彼らをこんなに長く置き去りにしたのは酷い」と非難した。しかしクルードラゴン9号機による2人の帰還計画は、延期とはなったものの昨年9月には決定しており、「事実上見捨てられた」「置き去りにした」とは見なし難い。政治的発言により、大西さんらの搭乗機体や出発時期にも影響が及んだとの見方がある。
折り鶴が見守り、今回も大西さんらが安全に、静謐(せいひつ)な環境で科学実験などに打ち込めることを祈りたい。

関連リンク
- JAXA「大西卓哉」
- 大西卓哉さんのX(旧ツイッター)アカウント
- JAXA「有人宇宙技術部門」
- NASA「NASA’s SpaceX Crew-10」(英文)
- NASA「International Space Station」(英文)