ビデオゲームにはメンタルヘルスを改善し人生満足度を向上させる効果があると、日本大学経済科学研究所などのグループが明らかにした。新型コロナウイルス禍で家庭用ゲーム機が抽選販売になったことをきっかけに、当落者の実際の生活に基づく比較などを通じ因果関係を明らかにした。ゲームは子どもの健康に悪いといった言説も多いが、同研究所の江上弘幸助教(人間行動科学)は「ポジティブに考えても良いのではないか」と話している。
ゲーム機巡るケンカ 研究のきっかけ
江上助教と、共同研究者で政策研究大学院大学(GRIPS)の大学院生だった江上千紘さん夫妻の3人の子どもたちは、コロナ禍で自宅にこもっている間、携帯ゲーム機の取り合いでケンカをしていた。千紘さんが「2台目を購入すれば解決するのでは」と提案し、新しい機器を購入するとケンカの頻度が減った。その際、江上助教が家電量販店を訪れたところ、携帯ゲーム機は需要が大幅に増えたため、抽選販売をしていることを知った。江上助教は「これを大規模社会実験に生かせないか」とひらめいた。
経済学では、抽選や偶然に起こったイベントを対象にして研究し、因果関係を導く手法が確立されている。江上助教は「スマートフォン(スマホ)育児は良くない」「ゲームを長時間させることは依存につながる」「ゲームは他者への攻撃性を高める」という言説のエビデンスを検証したいと考えていたため、この機会を使ってゲームとメンタルヘルス、人生満足度といったウェルビーイングの関係性について研究しようとした。
千紘さんと同じくGRIPSの大学院生だった山本剛資さんにも声をかけて、共同研究を始めるべく、手法を考え始めた。飲食店への「時短営業」への協力が小池百合子東京都知事によって呼びかけられた2020年8月のことだ。
研究デザインに反論の声も機会逃さず
GRIPSは国内の政策だけでなく、開発途上国における人材育成や技術支援、先進国との格差縮小の手法を主だって学ぶ。山本さんと千紘さんが研究手法について周りに相談すると、研究者からは、「一部の人にしか恩恵がない研究をする必要があるのか」と言われた。開発国支援は、感染症対策として蚊帳(かや)を各家庭に配るなど、基本的に「広くあまねく」効果があることが良しとされているためだ。さらに、「ゲーム好きのための研究に過ぎない」「好きなことでメンタルヘルスが改善するのは当然のことだ」と反論された。
しかし、「全国的な抽選で購入できるかがランダムに決まる」「いつもは参加しない人も母集団に加わる」ことから、自然環境の下でより現実に即した因果関係を示すことができると江上助教らは考えた。「この機会を逃せば、次の『ステイホーム』はいつ起こるか分からない」と、2020年11月には着手するというスピーディーな展開で研究を始めた。
目指すのは、2020年3月から継続していた「ニンテンドースイッチ」(任天堂)の抽選販売について、人々の記憶が薄れないうちにモニタリングを行うことだ。国内のある調査会社がスイッチや「プレイステーション 5(PS5)」(ソニーグループ)といったゲーム機市場について、定期的に顧客満足度などを測定するオンライン調査を行っていることが分かり、この企業と共同でオンライン調査を実施して抽選販売に関するデータを収集し、解析した。
2020~22年の3年間で、調査会社のもとに国内在住の10~60代の男女8192人のデータが集まった。8192人はスイッチとPS5のいずれか、もしくは両者の抽選に参加。内訳をみると、スイッチの抽選に参加したのは1773人で、数回の抽選の後、最終的に機器を獲得できたのは1098人、PS5の抽選には6419人が参加し、獲得できたのは1397人だった。8192人のうち3分の1以上が1日当たり1時間半以上ゲームをしていることが分かった。PS5獲得者中、1日3時間を超えてゲームをする人は約1割で、その他の人は3時間未満だった。
ゲーム機の所持 幸福度の向上やうつ抑制に寄与
この8192人を対象に、不安抑うつ評価尺度(K6)と呼ばれる、うつや不安障害をスクリーニングするために用いられている尺度と、人生満足度と呼ばれる、幸福度を測る指標を用いてアンケートをとった。すると、ゲーム機に当選し、ゲームを継続的にプレイしている人のほうが、落選した人より指標が良くなる傾向があった。
K6尺度の標準偏差を見ると、ゲーム機を持っていない家庭に比べ、スイッチが家庭にあると0.60ポイント、PS5では0.12ポイント、それぞれスコアが良かった。また、ゲームをプレイしない群と比較したところ、スイッチをプレイすると0.81ポイント、PS5では0.20ポイント、メンタルヘルスのスコアが良好になった。
詳しく調べると、スイッチとPS5が家庭にある人とない人を比べると、前者のほうが、メンタルヘルスが改善していた。加えて、PS5よりもスイッチのほうが平均的な効果が大きかった。また、スイッチは若年層に恩恵が大きく、PS5は成人の独身男性において最も良い影響があることが分かった。
この結果について、江上助教は「スイッチは家族でプレイしたり、体を動かしたりできるソフトが多く、一方でPS5は没入感があり、ハードゲーマー向けのソフトが多いため、このような差が生じたのではないか」と考察している。
一方、1日あたりゲームをプレイする時間が長くなるほど、これらのポジティブな影響は薄くなっていることも分かった。ただ、長時間プレイする人がメンタルヘルスに課題があることは見出せなかったため、「ゲームを長時間することが孤独や引きこもりにつながるなどのイメージがあるかもしれないが、必ずしもそうとは言えない」と江上助教は話している。
オススメのゲーム 個別化でより幸福
一連の実験について、江上助教は「ゲーム機をあえて対象者に持たせて実験するのは難しい。コロナ禍という大変な時期だったが、『家にこもる』『ゲームをして時間を過ごす人が増える』という一瞬現れたチャンスを生かして、新しい科学的知見を得ることができた」と振り返る。今後は、スマホのゲームや、ゲームのジャンルによって幸福度やメンタルヘルスへの影響がどのように変わるか実験する機会があれば良いとしている。
さらに、「あなたへのオススメ」のゲームは商業ベースで行われている可能性が高いという実態に着目し、「メンタルヘルスなど、ウェルビーイングを高めるのに役立つゲームなどをレコメンドするシステムを構築したい」と今後の研究の展望を語る。家族と友人同士、個人でプレイしたときの違いや、オンライン・オフラインゲームによる違いについても調べたいという。
今回の研究は幸福度や精神面に与える影響を調べたもので、ゲーム機による視力や聴力などの身体機能への影響については加味していない。あくまでウェルビーイングという点に絞って研究し分析した結果をまとめている。
研究は日本学術振興会の科学研究助成費と電気通信普及財団の支援を受けて行われた。日大、浜松医科大学、大阪大学、高崎経済大学、GRIPSが合同で行い、成果は英国の科学誌「ネイチャー ヒューマン ビヘイビア」に8月20日に掲載された。
なお、江上夫妻と山本さんは皆、ゲームが大好きなのだという。今年のノーベル化学賞受賞者も「囲碁」などのオンラインゲームに魅せられて研究を続けた。「ゲームをしていると頭に良くない」というステレオタイプではなく、「ゲームをしていたら研究者になれる」という時代がくる可能性もあり、クールジャパンが生んだゲームは大きな科学研究の成果につながるかもしれない。
関連リンク
- 浜松医科大学プレスリリース「ビデオゲームとウェルビーイングの因果関係が明らかに ~日本の自然実験が示すゲーム習慣のポジティブな効果~」