各地で検出が相次ぎ、健康への影響が懸念される有機フッ素化合物PFAS(ピーファス、ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)について、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は、土壌中の濃度を測定する方法を開発した。暫定マニュアルを作成し、7月からホームページの公開を始めている。農業環境中にある多種類のPFASを一斉に分析できるもので、理論的には農地に限らない土壌分析が可能だ。
分解されず健康への影響が懸念される
1938年に発見されたテフロンにみられるように、フッ素加工した製品は化学的安定性があり、産業応用されてきた。特にPFASは水や油をはじき熱に強く、泡消火剤、半導体や防水加工などに使われてきた。ただ、自然界でほとんど分解されず、生物に蓄積する恐れがある。
健康への影響が懸念されることから、PFASのうち代表的なPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)は製造や輸入が原則禁止だ。厚生労働省は2020年に水道水について、PFOSとPFOAの合算値で1リットルあたり50ナノグラム(ナノは10億分の1)以下を暫定目標値と設定。環境省も公共用水域や地下水において同様の暫定目標値を示している。
公共用水域や地下水といった水質への影響については、環境省の全国的な調査などで、2019~2021年度に水質測定地点延べ1477地点のうち延べ139地点で暫定目標値を超えていることが確認された。その後も各地でPFASの検出が問題になっている。
まず英語版を作成し、日本語版に翻訳
PFASの一部は水溶性があり、水を介して土壌から農作物に移行する可能性がある。2024年に入ってからは内閣府食品安全委員会がPFOSとPFOAについて体重1キログラムあたり1日20ナノグラムを健康影響に関する指標値として定めた。
水と違って様々な有機物と無機物がある土壌中のPFASを効率良く安定的に抽出して濃度を測定する方法は確立されていなかった。10年ほど前から水や大気のPFAS分析にも関わってきた同機構高度分析研究センターの殷熙洙(ウン・ヒースー)上級研究員(分析化学)が主導し、農業環境から農産物へのPFAS移行を調べる基礎研究の一環として、土壌中のPFAS濃度分析の方法をまとめた。
2023年にまず英語版のマニュアル(非公開)を作成し日本語にも翻訳。データを追加するなどの改訂を経て、今回の日英マニュアルを同時公開した。
操作の簡素化と分析時間の短縮に重点
マニュアルは、「土壌試料の採取と前処理」、「土壌試料からのPFAS抽出・精製」、「測定(定性・定量)」、「使用する試薬と装置」の4章からなる。飲料水や環境水における海外の評価に含まれるPFASの中から選定した30種が分析対象だ。
地方自治体や民間分析機関が多数の土壌試料を分析することを想定している。試薬の容量を精緻に量る器具を使用しなくても、容器から別の容器に試薬を注いで移す方法を採用するなど、操作の簡素化と分析時間の短縮に重きを置いた。
抽出と精製、濃縮を経て得たサンプルは、液体クロマトグラフと質量分析装置で分析する。分析機関ごとに使う装置が違うことも考慮し、メーカー各社が主要機種に対して用意した「メソッドファイル」をマニュアル内に提示。分析者が測定条件の検討をしなくても、装置の機種に応じたファイルを用いることですぐに分析に取りかかれる。
分かりやすくするためにイラストを多用
マニュアルは、地方自治体や民間分析機関で分析者が初めてPFASを扱う場合でも、試料採取から分析までを円滑に進められる作業手順書となっている。分かりやすくするためにイラストを多用するとともに、試料採取、抽出、精製の各工程にチェックシートを掲載することで工程をもれなく進めることができる。
フィードバックで信頼性・汎用性を改良へ
マニュアルを用いた分析では、一般的な農地土壌である黒ボク土や褐色低地土で安定した分析結果を得られる。国内にある381種類の土壌のうちの2つで分析法の妥当性を評価しているだけではあるが、殷上級研究員によると、評価した2つの土壌は炭素含有量が多く、分析が最も困難だと見込まれる土壌。「最も抽出が難しい土壌でも有効な分析方法にしたつもり。不純物が少ないであろう砂をはじめ、ほかの様々な土壌でPFASを分析してもらえるだろう」と話す。
PFASの検出は、最近全国各地でニュースになっている。暫定マニュアルは多くの試験研究機関が活用して結果をフィードバックし、信頼性・汎用性を改良することを念頭に置いている。国内外においてPFASの分布実態を解明するため、広く土壌分析が行われれば、速やかなPFAS対策が進められると期待している。
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