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人工赤血球製剤で離島やへき地も救え 奈良県立医大病院が治験を本格化へ

2024.08.01

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 ヒトへの投与や備蓄が可能な人工赤血球製剤の治験に奈良県立医科大学附属病院(奈良県橿原市)が取り組む。献血での使用期限が切れた輸血用赤血球を「リユース」し、加工することで量産化に成功した。来年から治験を本格化させ、2030年の保険適用を目指す。血液型を問わず室温で2年間保存できるため、実用化できれば、離島・へき地での製剤保存や医療、大規模自然災害時などでの活用が想定できるという。

廃棄赤血球を有効活用 加工して誰でも使える

 人工赤血球製剤の製造研究は国内外で半世紀以上取り組まれてきたが、安定して大量に、かつ副作用が少ないものがなかなかできずにいた。奈良県立医科大学血液内科学講座の松本雅則教授(血液学・輸血学)らのグループは、日本赤十字社(日赤)が行う献血で得られる輸血用赤血球製剤の使用期間が28日間しかないことから、これを基に長期間保存できる人工製剤を作れないかと考えた。

献血から取り出した赤血球を脂質の膜で覆う、人工赤血球製剤のイメージ図(上)。日赤からの献血提供後の工程は全て院内で取り組んでいる(奈良県立医科大学附属病院提供)
献血から取り出した赤血球を脂質の膜で覆う、人工赤血球製剤のイメージ図(上)。日赤からの献血提供後の工程は全て院内で取り組んでいる(奈良県立医科大学附属病院提供)

 日赤から廃棄赤血球を提供してもらい、同大医学部化学教室の酒井宏水教授(医工学・生体高分子化学)が4種類の脂質で血液中の酸素を運ぶヘモグロビンを覆うことで人工赤血球製剤を作ることに成功した。この脂質にはレシチンなどが含まれており、ヘモグロビンの酸化や沈殿を防いだり、安定化したりする性質を持つ。酒井教授は「ヘモグロビンに化学的修飾を施すのは、これまで無理とされていたが、被覆がうまくいった」と振り返る。

 さらに、血液型は赤血球の膜に存在する抗原の型によって決まるが、脂質によって包まれた今回の赤血球製剤は、どんな血液型にも使えるという利点がある。そのため、赤血球製剤投与前に血液型を調べる検査工程を省略できる。直径5ナノメートル(ナノは10億分の1)のヘモグロビンを脂質で覆うと250ナノメートルになる。このサイズであれば、血管中で適度に分散し、沈殿しないことも確認できた。

今回、健康な成人に投与される人工赤血球製剤。紫色に見える左側のボトルは酸素が結合しておらず、本来の静脈血に近い色をしている(奈良県立医科大学の酒井宏水教授提供)
今回、健康な成人に投与される人工赤血球製剤。紫色に見える左側のボトルは酸素が結合しておらず、本来の静脈血に近い色をしている(奈良県立医科大学の酒井宏水教授提供)

加熱しウイルスを不活性化 最大2年間保存

 人工赤血球製剤の海外での研究目的は、テロ等の通常ではまかなえない大量の輸血需要に対応するためでもある。しかし、例えば米国で作られた製剤は、ヒトの血管の内皮細胞から出ている一酸化窒素がヘモグロビンそのものと結合してしまい、強い血管収縮によって酸素が運搬されなくなるという重大な副作用があり、ヒトには使えなかった。

 近年はiPS細胞を用いた手法もあるが、採れる量に限界があり、輸血の代替品にはなり得ない。日本では薬害エイズ事件などの歴史を受けて、血液製剤に関して厳しい感染対策を採っており、ウイルスが混入しない工夫も求められる。

 松本教授らのグループは、日赤から譲渡された検査済みの献血を、更に60度で12時間加熱し、ウイルスを不活性化。その上で15ナノメートルのフィルターでろ過し、ウイルスを物理的にも除去する方法を採った。この処理を経た後、脂質の粉末を加え、脱一酸化炭素、脱酸素の工程を施し、「デオキシ型ヘモグロビンベシクル」という人工赤血球製剤が完成する。これら複数の工程を経ることで、献血による製剤のように28日間ではなく、室温で最大で2年間保存できることも確かめた。

室温で2年間保存できるため、高度な3次医療が行える大きな病院に搬送するまでのドクターヘリ内での使用や、離島やへき地での保存も考えられるという(奈良県立医科大学附属病院提供)
室温で2年間保存できるため、高度な3次医療が行える大きな病院に搬送するまでのドクターヘリ内での使用や、離島やへき地での保存も考えられるという(奈良県立医科大学附属病院提供)

ヒトへの投与 副作用軽く来年から治験開始

 作った赤血球製剤をラットに実験的に投与したところ、90パーセントの血が製剤に入れ替わっても有害事象は生じなかった。そのため、ヒトへと応用することにした。第1相臨床試験として最大100ミリリットルを健康な成人男性に投与したところ、発熱や結膜炎といった軽い副作用はあったが、いずれも治癒した。軽微な副作用だったことから今年7月、国の承認を得るための大規模な治験を開始できることを発表した。

 なお、100ミリリットルの赤血球製剤の半減期は8~9時間と考えられ、肝臓や脾臓で脂質類も含め分解される。松本教授によると、ヒトの血液由来なので、短期間で2度の投与はアナフィラキシーショックを起こす可能性があるものの、「それほど短期間に大量輸血が必要となる事案に出会うことが、国内ではまれだと思う」との見解を示している。

投与する100ミリリットルの赤血球製剤。脂質で覆った赤血球は狭い血管も通る(奈良県立医科大学の酒井宏水教授提供)
投与する100ミリリットルの赤血球製剤。脂質で覆った赤血球は狭い血管も通る(奈良県立医科大学の酒井宏水教授提供)

 来年には、同大附属病院臨床研究センター長の笠原正登教授(腎臓内科学・臨床実証医学)が主導し、16人の健康な成人男女を募り、4グループに分けて最大400ミリリットルの人工赤血球製剤を投与する。治験は日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受けて行われる。

救命率向上へ 実用化に世界の目が注がれる

 松本教授は「うまく実用化することができれば、貧血の病名で使えるように承認を受けたい」と話す。貧血は医師の裁量で広く診断でき、外傷や交通事故のような外的要因だけでなく、がんやその他の疾患、出産時といった幅広い分野での応用ができるためだ。

 また、「使うとすれば最大800ミリリットルを想定している。救急医療ができるような大病院までの搬送が終えれば、そこで日赤の献血で輸血できる。搬送の間に投与することができれば良い」としている。ドクターカーやドクターへリなどでの搬送中の投与であれば、医師の指示の下、救命救急士も行うことができるため、より一層救命率をあげられる可能性がある。

 関西の複数の医学部を経て着任した笠原教授は「県立大学で1から10まで完結させる。これは奈良県民のためにも成功させなければならないという気持ちでやっている。人口減少の中で、関西の医学部も淘汰される時代がやってくるはず。大学の生き残りをかけている」と意気込む。

 多数の研究者が失敗してきた人工赤血球製剤の実用化を図れるか、世界の目が注がれている。献血をうまく有効活用するという「もったいない」の心で、日本発の技術が広まることに期待したい。

◇8月20日追記
本文の一部を訂正しました。

7段落目)
誤「この処理を経た後、脂質の粉末を加え、脱一酸化酸素、脱酸素の工程を施し、「デオキシ型ヘモグロビンベシクル」という人工赤血球製剤が完成する。」
正「この処理を経た後、脂質の粉末を加え、脱一酸化炭素、脱酸素の工程を施し、「デオキシ型ヘモグロビンベシクル」という人工赤血球製剤が完成する。」

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