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イリオモテヤマネコとカンムリワシ、餌を分け合い「ゆいまーる」で共存 琉球大

2024.06.24

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 沖縄県の西表島(竹富町)に生息する国の特別天然記念物で絶滅危惧種のイリオモテヤマネコとカンムリワシは、食物連鎖の頂点にいるにもかかわらず、互いに競合しないで餌を分け合っていることを、琉球大学などの研究グループが明らかにした。フンに含まれるDNAから食性を解析し、季節を違えて同じ種類の餌を食べていることがわかった。沖縄には相互扶助の「ゆいまーる」という文化があるが、2種も同様の形で生き残ってきた。

イリオモテヤマネコ(左)とカンムリワシは季節でエサを食べ分けて共存できていることが分かった(イリオモテヤマネコ:琉球大学理学部動物生態学研究室提供 カンムリワシ:沖縄こどもの国提供)
イリオモテヤマネコ(左)とカンムリワシは季節でエサを食べ分けて共存できていることが分かった(イリオモテヤマネコ:琉球大学理学部動物生態学研究室提供 カンムリワシ:沖縄こどもの国提供)

食物連鎖の頂点同士の共存

 世界自然遺産である西表島は沖縄島から約400キロメートル離れており、島の大半を環境省・林野庁が管理している。独自の生態系が存在し、県内の他の離島に比べて手つかずの自然が残る。この西表島で食物連鎖の頂点に位置するのがイリオモテヤマネコとカンムリワシだ。理論上は餌を奪い合うことになり、互いの生存を脅かす可能性があるにもかかわらず、長年共存してきた。その謎を解き明かすため、琉球大学理学部の伊澤雅子名誉教授(動物生態学、現・北九州市立いのちのたび博物館長)らのグループがフンの中に含まれる生き物のDNAを用いた食性解析を行うことにした。

今回の研究のイメージ図。限られた資源を、食物連鎖の頂点に位置する動物たちがどのように分け合うのかという実態を調べるために、フンに含まれるDNAのバーコーディングに取り組んだ(伊澤雅子名誉教授提供)
今回の研究のイメージ図。限られた資源を、食物連鎖の頂点に位置する動物たちがどのように分け合うのかという実態を調べるために、フンに含まれるDNAのバーコーディングに取り組んだ(伊澤雅子名誉教授提供)

フンを解析 カンムリワシは困難極める

 伊澤名誉教授はイリオモテヤマネコやツシマヤマネコの研究を長らく続けてきた。ヤマネコは様々な生き物を餌にしていることが分かっている。とりわけイリオモテヤマネコは、哺乳類・鳥類・両生類・爬虫類・昆虫類・エビやカニなど多様な生物を食べる。フンに未消化の骨や鳥の羽、うろこが含まれている場合は何を食べたかが分かりやすいが、ミミズやチョウの体のような柔らかい組織は消化されてしまい、目で見ても分からない。

 しかし、より困難なのはカンムリワシだった。カンムリワシのフンは上空から落下するため、風で流されたり、空中で分解したりと捕らえにくい。また、フンを見ただけでは何をエサにしているか分からない。採取は困難を極めたが、大学院生と協力し、カンムリワシを追ってフンが落ちるのを待ったり、落下したフンをうまく回収したりして解析にこぎつけた。

カンムリワシがフンをするまで、止まっている木を見上げて見守る様子。非常に長い時間がかかったという(京都大学大学院 戸部有紗さん提供)
カンムリワシがフンをするまで、止まっている木を見上げて見守る様子。非常に長い時間がかかったという(京都大学大学院 戸部有紗さん提供)

 環境省と林野庁の協力も得て、イリオモテヤマネコは夏に31個、冬に64個のフンを、カンムリワシは夏に21個、冬に9個のフンを集めた。保護されたカンムリワシからフンを採取することもあった。夏と冬に限定したのは、沖縄県の気候では、春と秋の区分けが難しいためだ。そして、フンの中にどのような生き物が含まれているかを調べるため、DNAバーコーディングという方法を用いて解析した。これは、フンの中から検出したDNAを、既知の種のDNAと照合する手法である。沖縄の生き物の多くは、DNAのリファレンスデータがあったため、その一覧と照合した。ただし、昆虫類は種類が多岐にわたり、完全なデータベースはできていないが、一部は分かっている。

夏と冬で餌の中身に変化

 その結果、夏と冬でフン中に含まれる餌の生物の構成に違いがあることが分かった。具体的には、夏のカンムリワシは両生類や甲殻類、昆虫類を多く食べるが、イリオモテヤマネコは爬虫類や鳥類をよく食べていた。冬はイリオモテヤマネコが哺乳類、両生類をよく食べる一方、カンムリワシは爬虫類や甲殻類、ムカデ類を多く食べていた。夏と冬で「食べ物」を変えることで、両者は共生に成功していた。長い歴史の中で、餌の奪い合いで絶滅しないよう、互いの餌を時期で食べ分ける生存戦略が奏功してきたといえそうだ。

フン中のDNAバーコーディングを行った結果のグラフ。イリオモテヤマネコとカンムリワシは夏と冬で食べるものが違っていた(伊澤雅子名誉教授提供)
フン中のDNAバーコーディングを行った結果のグラフ。イリオモテヤマネコとカンムリワシは夏と冬で食べるものが違っていた(伊澤雅子名誉教授提供)

 これまで、イリオモテヤマネコとカンムリワシの死体の胃の内容物から何を摂っているか調べるというアプローチもあったが、カンムリワシの死体標本はなかなか見つからないため、この手法が使いにくいという問題があった。今回の研究で用いたフンを使ったDNAバーコーディングは「種」のレベルで83.5パーセントまで餌の内容を調べることができるうえ、季節ごとの餌を可視化できたという点でも大きな前進といえる。

 研究結果について、伊澤名誉教授は「生き物の保全のためには食性のモニタリングは非常に重要。今回、カンムリワシのフンを集めるのに苦労したが、それでもまだサンプル数が少ないことが課題。今後も経年変化を調べていきたい」とした。また、「食物連鎖の上位がうまくバランスが取れていると、下位の生物のバランスも取れているといえる」としている。

 研究は自然保護助成基金、プロ・ナトゥーラ・ファンド助成、日本学術振興会の科学研究費助成事業を受けて行われた。成果は英オンライン科学誌「サイエンティフィック リポーツ」4月2日に掲載された。

オーバーツーリズム 町が対策に乗り出す

 沖縄県は観光で人気の土地だが、オーバーツーリズムの問題がかねてから指摘されてきた。2012年に国内線LCCが那覇空港に就航すると、観光客数は急増。2018年度には年間観光客が1千万人を突破した。移住先としても人気で、観光客の増加に伴い、マリンレジャーやネイチャーガイドといった観光業に従事する人も増えた。

 西表島でみると、近年、来島する観光客の数は横ばいなのに、島内ガイド事業者の数は右肩上がりだった。観光客が一カ所に集中したり、屋外で排泄したりするなどの問題が生じていたため、地元では観光の方法やガイドの在り方などについて非難の声があがっていた。

 従来、イリオモテヤマネコとカンムリワシが生息する地域への立ち入りや観光の方法は「ガイドの良心やマナー」に委ねられていた。それでは限界があると判断した竹富町は来年3月を目処に、町に免許登録した観光ガイドが同伴しないツアーを禁じる上、島内の川や山への1日の立ち入り制限人数を定める方針を打ち出しており、オーバーツーリズムに歯止めをかけたい構えだ。

 沖縄観光の形態はここ数十年の間に多様化している。沖縄島北部でも米軍管理下だった大規模林が返還された後、観光客の増加による環境破壊の問題が生じている。西表島の人々は「生物を守るため、内陸まで人が入らないように」と心がけてきた。現地の人の「ちむぐくる」(真心)をくむように、イリオモテヤマネコとカンムリワシも思いやって暮らしてきた環境を保全していきたいものだ。

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