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尿1滴、3分で覚醒剤など薬物40種判別 犯罪捜査を迅速に 近畿大や愛知県警科捜研

2024.04.17

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 尿1滴で覚醒剤など40種類の薬物を3分以内で特定できる手法を開発したと、近畿大学や愛知県警科学捜査研究所(科捜研)らのグループが発表した。これまで薬物犯罪捜査で科捜研に送られた被害者や被疑者の尿を、分析化学に精通した人が鑑定する際に時間がかかり、簡易検査では偽陽性の誤った結果も出るといった問題があった。新手法を使えば誰でも迅速に解析でき、検挙率向上や被害の全容解明、刑事裁判の公判維持に貢献できるという。

今回開発に成功した「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」の概念図。3分という極めて短い時間で40種類の薬物を尿中から同定することが可能(名古屋大学 髙橋一誠講師提供)
今回開発に成功した「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」の概念図。3分という極めて短い時間で40種類の薬物を尿中から同定することが可能(名古屋大学 髙橋一誠講師提供)

誤判定と時間がかかる 薬物捜査の課題

 研究を主導した近畿大学生物理工学部の財津桂教授(分析科学・バイオインフォマティクス学)は元々、大阪府警科捜研で約10年間研鑽を積んできた。主に鑑定したのは覚醒剤や大麻などの違法薬物使用者と、昏睡強盗や急性薬物中毒の被害者が摂取した薬物の中身の特定だ。

 通常、警察官は24時間を3交代で勤務するが、科捜研は平日日中のみの稼働。宿直の職員がいるとはいえ、一度に大量に検体が送られてくると、逮捕から検察官送致のリミットである「48時間」以内に分析できず、結果が出せない。このような場合、逮捕しても公判を維持できるほどの強力な証拠がないとされ、被疑者は釈放される。

 現在全国の警察で採用されている尿の薬物簡易検査は、化学構造が似た薬物群の推定にとどまるうえ、偽陽性の誤判定が出ることがある。偽陽性で逮捕されることは人権上大きな問題となる。他方で、正確な物質特定のために用いられる質量分析は、試料を調製したり、成分を分離したりするために熟練の技が必要で、時間もかかる。

 職人技として実験手腕があることが評価された時代もあったが、労働人口減少の中で人材を確保するのが難しいうえ、現場は薬物関連犯罪の急増で職人を育成する余裕がない。警察だけでなく、急性薬物中毒で患者が搬送された病院の医師からの依頼もある。これらの問題を解決するためには、誰でも簡単に、迅速に検査できる体制確立が必須だった。

薬物捜査は次から次に新しい物質が出てくるため、時代に合わせて科学捜査の手法のアップデートが求められる
薬物捜査は次から次に新しい物質が出てくるため、時代に合わせて科学捜査の手法のアップデートが求められる

少量の尿 正確な結果を得られる

 大阪府警科捜研を退職した財津教授は名古屋大学で実験を始め、サンプルプレートに尿と試薬を混ぜて1滴垂らしたものから薬物を分析する装置をつくった。尿の量は10マイクロリットル(1マイクロは100万分の1)で済む。約40種類の薬物特有の情報を機械に覚えさせ、一致する物質を判別し、波形の大きさで検出濃度がわかる機能を備えた。数種類の薬物が含まれている尿や、遺体の尿でも鑑定は可能だ。

尿検査の方法。難しい実験工程がないため、誰でも簡単に作業ができる特徴がある(近畿大学提供)
尿検査の方法。難しい実験工程がないため、誰でも簡単に作業ができる特徴がある(近畿大学提供)

 薬物分析の手順はまず、尿に内部標準溶液のジアゼパムD5溶液とエタノールの試薬を添加し、混合した溶液を装置内にある鍼灸用の鍼(はり)につける。続いて鍼に電圧をかけてイオン化し、真空状態でアルゴンガスと衝突させる。すると薬物構造に特有の断片が生じる。覚醒剤やコカイン、睡眠薬、抗ヒスタミン薬など40種類の薬物特有の断片の情報と照らし合わせて何の物質か特定する仕組みだ。

ある3つの尿検体から集めたデータ。左から向精神薬リスペリドン、咳を鎮めるジヒドロコデインが検出されている。一番右は何も検出されていない。短いものでは約40秒で鑑定が終わっている。波形が大きいほど濃度が高い(近畿大学提供)
ある3つの尿検体から集めたデータ。左から向精神薬リスペリドン、咳を鎮めるジヒドロコデインが検出されている。一番右は何も検出されていない。短いものでは約40秒で鑑定が終わっている。波形が大きいほど濃度が高い(近畿大学提供)

 装置の名前を「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」として産官学連携で製品化した。検出限界は1ミリリットルあたり0.01~7.1ナノグラム(1ナノは10億分の1)と非常に低く、正確性も確認した。特定する薬物の種類を増やすことも可能だが、現場の実情をよく知っている愛知県警科捜研や名古屋市衛生研究所の研究員たちと議論し、警察官が限られた時間で結果を検証できるよう、現在、薬物犯罪で主に使われている物質にターゲットを絞る工夫を凝らした。

 このラドパイ ユーは本体の幅が1メートル強しかなく、机に置けるサイズで、200ボルトの電源があれば装置を作動できる。電気自動車のパトカーも採用され始めており、将来的には電気自動車から電源を取って作動し、その場で任意の尿鑑定の結果を出すことも想定されるという。記憶させる薬物の種類は入れ替えることができるため、時代に合わせた薬物捜査に対応できる。

薬物犯罪 低年齢にも及ぶ

薬物犯罪の大半を占める大麻取締法、麻薬取締法(グラフ上)と覚醒剤取締法(グラフ下)違反の検挙者の推移。大麻はここ数年検挙者が急増している(法務省令和5年版犯罪白書より引用)
薬物犯罪の大半を占める大麻取締法、麻薬取締法(グラフ上)と覚醒剤取締法(グラフ下)違反の検挙者の推移。大麻はここ数年検挙者が急増している(法務省令和5年版犯罪白書より引用)

 法務省の令和5年(2023年)版犯罪白書によると、大麻取締法違反の検挙者は平成26年(2014年)から増加傾向で、覚醒剤取締法違反では減少傾向にあるものの、同法違反のうち「使用罪」の割合が過半数を超え、中学生の検挙例もあった。未成年らが集まり、睡眠薬などを大量に服薬するオーバードーズの問題も深刻化している。白書の数字に表れないものの、薬物に関わる犯罪は多いことが推察される。

 財津教授は今回の分析手法の開発について「こういうニュースは薬物を使っている人がよく見ている。科学の力で追い詰めることができると知らせることが、薬物犯罪の抑止につながる」と意義を語る。科捜研時代、警察官が薬物犯罪の検挙、公判に持ち込むための証拠集めに苦労していることを間近で見てきたという。「捜査はその先に裁判が待ち構える。科学的に認められた技術と示すためには、ピアレビュー(同分野の専門家による評価)を受けた論文として発表することが絶対に必要。裁判で『ラドパイ ユーの結果は信用できない』という被告人弁護士の主張を退けるためにも、ハイレベルな雑誌での論文に投稿することにもこだわった」と述べる。

 成果はドイツの化学雑誌「アナリティカル アンド バイオアナリティカル ケミストリー」の電子版に3月25日に掲載された。

 財津教授が「科捜研の負担を減らすだけでなく、治安の維持に研究が役立つとうれしい」と話すように、国内で広く警察が採用すれば、正確な捜査、検察の適切な処分の決定につながる可能性が高まる。諸外国より治安が良いとされる日本を守るのは、警察だけではなく、科学でもある。

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