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「みんな危ないよ!」傷ついた魚から仲間への警報物質を発見 理研と東大

2024.04.09

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 傷ついた魚の皮膚から出て、周りの仲間に危険を知らせる警報物質を発見したと、理化学研究所と東京大学の研究グループが発表した。1938年に存在が指摘され、後にノーベル賞の授賞理由の一部ともなった物質の実体が、80年あまりを経て分かった。動物が危険を回避する神経の仕組みやコミュニケーションでのにおいの役割の理解のほか、化学物質による魚の行動制御に役立ちそうだという。

解明に多くの研究者が挑んできた

傷ついた皮膚から出す物質で、仲間に危険を知らせる(理化学研究所提供)
傷ついた皮膚から出す物質で、仲間に危険を知らせる(理化学研究所提供)

 嗅覚系は、においやフェロモンの分子を受け取り、その情報を鼻から脳へと伝え、特有の行動や内分泌系、自律神経系の変化を引き起こす神経の仕組み。危険を避ける、食べ物にありつく、性行動に結びつくなど生物にとって重要な働きだ。

 オーストリアの動物行動学者、カール・フォン・フリッシュ(1886~1982年)は1938年、傷ついた魚の皮膚から水中に出る何らかの物質が、仲間の魚に危険を知らせて忌避の行動を引き起こす現象を発表。1973年、それぞれ動物行動学を開拓した2人の研究者と共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。この物質の特定に多くの研究者が挑んできたが、解明に至らなかった。なおフリッシュは、ミツバチが蜜の場所を教え合うダンスの研究で特に知られている。

 こうした中、研究グループの理化学研究所脳神経科学研究センターシステム分子行動学研究チームリーダーの吉原良浩さん(神経科学)らの研究グループは、実験によく使われる熱帯魚のゼブラフィッシュを使い、解決を目指した。

脳の「糸球体」に着目

 まずゼブラフィッシュの皮膚の抽出物を別の個体がいる水槽に入れると、高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動がみられた。一方、鼻の奥にあり、においやフェロモンの分子を感知する細胞「嗅上皮(きゅうじょうひ)」を除去すると、これらの行動は全くなくなった。フリッシュの指摘通り、皮膚から出る何らかの嗅覚物質が働いているのだ。

皮膚の抽出物を入れた後(グラフの黄色の時間帯)は、ゼブラフィッシュが高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動をした(理研提供)
皮膚の抽出物を入れた後(グラフの黄色の時間帯)は、ゼブラフィッシュが高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動をした(理研提供)

 鼻に入ったにおいの分子は嗅覚受容体が受け取り、この情報が脳の領域「嗅球」の表面にある構造「糸球体」に伝わる。嗅球には神経線維がつながっており、情報がさらに高次の嗅覚中枢に伝わっていき、個体がさまざまな行動をするに至る。ここで、ある特定のにおいの分子は、それに対応する嗅覚受容体と、鍵と鍵穴が合わさるように結合する。1つの糸球体は1種類の嗅覚受容体群からの情報しか受けない。こうして、鼻から脳に至る神経の配線が、さまざまなにおい分子を識別して機能している。

 研究グループは免疫の仕組みを利用した実験を行い、ゼブラフィッシュの皮膚抽出物が具体的に「dGa」「lG4」「vpG2」という3種類の糸球体を働かせることが分かった。

嗅球の表面にあるdGa、lG4、vpG2。それぞれ矢印の先の白い部分(理研提供)
嗅球の表面にあるdGa、lG4、vpG2。それぞれ矢印の先の白い部分(理研提供)

遂に解明、2つの物質が同時に働く

 次に、ゼブラフィッシュの水槽に金魚やメダカの皮膚抽出物を入れてみると、金魚の抽出物ではlG4とvpG2が働いたものの、中程度の忌避行動にとどまった。メダカの抽出物ではvpG2だけが働いたが、行動は非常に弱かった。つまりvpG2の働きはかなり、大人しい。ゼブラフィッシュの強い忌避行動のために重要な糸球体は、dGaとlG4であることがうかがえた。

ゼブラフィッシュに他種の皮膚抽出物も与え、糸球体の働きや忌避行動を比べた。dGaとlG4の重要性がうかがえた(理研の資料を基に作成)
ゼブラフィッシュに他種の皮膚抽出物も与え、糸球体の働きや忌避行動を比べた。dGaとlG4の重要性がうかがえた(理研の資料を基に作成)

 ゼブラフィッシュの皮膚抽出物に含まれ、dGaやlG4を働かせる物質の精製や特定を試みた。クロマトグラフィーや質量分析により、dGaを働かせるのは新発見の物質、lG4は物質としては既知だがこれまで機能が分からなかった物質であることを突き止めた。それぞれ「硫酸化ダニオール」「オスタリオプテリン」と命名した。後者はゼブラフィッシュだけでなく金魚やコイ、ドジョウなど淡水魚の7割を構成する骨鰾(こっぴょう)上目が共通に持つ物質という。

 この2つの物質を人工的に合成し、混ぜて水槽に入れると、ゼブラフィッシュは強い忌避行動を示した。

硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンの分子構造(理研提供)
硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンの分子構造(理研提供)

 一連の結果から、ゼブラフィッシュは傷ついた皮膚から硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンを出し、仲間のdGaとlG4を同時に活性化していることを突き止めた。こうして仲間に危険を知らせ、忌避行動を引き起こしている。硫酸化ダニオールは仲間の存在を、オスタリオプテリンは危険を知らせるシグナルと考えられるという。

実験ではゼブラフィッシュを活用した(小杉伊織氏撮影)
実験ではゼブラフィッシュを活用した(小杉伊織氏撮影)

魚の行動制御、漁業や外来魚駆除に活用も

 吉原さんは「80年にわたり物質の特定に失敗してきたのは、全ての研究者が、原因が単一の物質であるとの仮説の下に、魚の行動を指標にしたためだ。私たちは嗅球の神経活動からdGaとlG4の重要性を見いだし、これらを働かせる物質を精製するなど、全く異なる戦略により成功した」と話している。

 成果は米生物学誌「カレントバイオロジー」電子版に2月29日掲載された。研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会科学研究費助成事業、三菱財団自然科学研究助成、花王の助成を受けた。

 成果は魚類のみならず、脊椎動物のにおいによる忌避行動や、社会コミュニケーションにおけるにおいの役割の理解にもつながると期待される。警報物質や餌のにおい、フェロモンなどを組み合わせると狙った魚の行動を制御できるため、漁業や外来魚駆除にも役立ちそうだという。

 自らは大きい魚に襲われて傷つき、あるいは命を奪われながらも、体を張って仲間を助ける魚たち。彼らへの理解が深まる研究成果に、何だか胸が熱くなった。より高等な生物である以上、私たちは互いを思いやり、助け合いを大切にしたいものだ。

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