明治時代の初めごろ日本国内で醸造が始まったビールの主原料となる大麦は、もともとは外来の作物。約150年間にわたる育種を経て、日本に定着するようになった。最近の遺伝子解析の結果、致命的なウイルス病への抵抗性遺伝子が育種の過程でどのようにオオムギゲノムに取り込まれていったかが明らかになった。醸造に悪影響を与えると考えられる遺伝子もくっついているらしいことも分かった。これらの知見は、さらに育てやすくおいしいビール大麦を短期間で生み出す技術につながるという。
高温多湿の気候に適応
ビールの主原料は、発芽した大麦である「麦芽」と苦みを出す「ホップ」とアルコール発酵を行う「酵母」。麦芽を煮ると、芽に含まれる酵素の働きで大麦などのでんぷん質が糖に変わり、甘い麦汁ができる。そこへホップと酵母を順に入れてアルコール発酵と熟成が進んだものがビールとなる。
岡山大学資源植物科学研究所の武田真教授(植物育種学)によると、日本国内では約2000年前の弥生時代に中国や朝鮮半島を経由して伝来したとされる六条大麦が育てられていた。ただ、この大麦は麦飯など食用で、たんぱく質含量が多く、ビールの醸造には不向きだった。
醸造用のビール大麦が日本に入ってきたのは約150年前とされる。日本発のビール醸造所「ジャパン・ヨコハマ・ブルワリー」が1869年(明治2年)に開設され、ビール大麦である二条大麦が1876年に欧米、オーストラリアから輸入された。1891年からは官民が参画した交雑育種が始まった。
冷涼な地でも育つ大麦だが、収穫時に雨で濡れると品質が著しく落ちる。このため、当初輸入された「ゴールデンメロン」などを梅雨入り前に収穫できる早生とすることや、背が低くて倒れにくいように約100年をかけて交配による品種改良を重ねて「あまぎ二条」などを生み出した。その結果、高温多湿の日本の気候に適応できるようになったという。
1970年代からの品種改良で耐病性を獲得
明治時代からの品種改良によって背の低い早生品種はできたものの、日本国内ではRNAウイルスによって引き起こされる縞萎縮病が土壌伝染するため、このウイルス病への抵抗性が求められた。縞萎縮病にかかると、葉が黄変して褐色の斑点ができて枯死する。軽症だと成長につれて回復するが、生育不良となって穂は小さく実の出来が悪い。
ウイルス抵抗性をもつビール大麦をつくるため、1970年代から中国の「木石港(もくせっこう)3」や国内在来の「はがねむぎ」といった食用の大麦を掛け合わせて品種改良を続け、現在は「スカイゴールデン」「サチホゴールデン」という耐病性を獲得した品種が高品質のビール大麦として多く栽培されている。
岡山大学資源植物科学研究所は1979年に大麦系統保存施設を設置してから半世紀以上にわたり、オオムギ遺伝資源をムギ農耕圏全域から収集・保存している。武田教授らの研究グループは、スカイゴールデンとサチホゴールデンの遺伝情報を、ゲノム解析が進んでいる品種や特徴的な品種と比較してウイルス抵抗性がどのように取り込まれているか調べた。
RNA配列を解読し、SNPを解析
武田教授らは、開花後20日目の未熟種子のRNAの配列を解読した。遺伝情報のバリエーションを示すSNP(スニップ、一塩基多型)を解析したところ、スカイゴールデンでは2419個、サチホゴールデンでは3058個あった。
スカイゴールデンではSNPが染色体のウイルス抵抗性遺伝子や色素関係の情報がある近傍の2カ所に特に集まっていた。サチホゴールデンにはウイルス抵抗性遺伝子の近傍とみられる場所にSNPの顕著な集まりは見られず、スカイゴールデンと比較すると、抵抗性遺伝子のみを在来品種から受け継いでいた。
SNPの分布から「ウイルス抵抗性遺伝子が育種によって導入されていく過程で食用の親の別の遺伝子ももれなくくっついてくるらしい」と武田教授は話す。別の遺伝子の中には醸造品質に悪影響を与える遺伝子も少なからず含まれると予想されている。
その遺伝子を特定して選抜の基準となるマーカーにできれば、有用な遺伝子だけが効率良く導入されているどうか、種から形質が特定できるまで栽培する手間を省いて判定できるという。こうした開発努力がよりおいしいビールを醸造できる大麦に結実する日を期待したい。
関連リンク
- 岡山大学プレスリリース「日本ビール大麦の150年の改良の歴史を遺伝子で紐解く」