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『推し曲』を共有し合ってつながろう 産総研が音楽発掘サイトを公開

2023.09.22

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 ネット上で自分好み(推し)の楽曲100曲を公開し合い、似た好みを持つ人と一緒に音楽を聴いたり、新たな推し曲を発掘したりできるサイト「Kiite World(キイテ ワールド)」を産業技術総合研究所(産総研)などのグループが開発した。最新の「音楽推薦技術」で、歌声合成の約44万曲の曲調やユーザーの好みを解析してマップに配置。マップ上でお互いの「音楽世界」を訪問してつながり、リアルタイムでイベント体験もできる仕組みだ。それぞれの好みを可視化することで音楽推薦の透明性も高まるという。

ネット上で聴きたい曲に出会える機能を追加

 「Kiite World」は、バーチャルシンガーとして有名な初音ミクを生み出したクリプトン・フューチャー・メディア(札幌市)と産総研が共同で開発した。産総研は音楽の印象分析・推薦技術を持ち、クリプトンは音楽への文化活動で多くのリスナーや国内外のクリエイターから評価を受けている。

 現在ネット上に発表される曲数は非常に多い。それゆえ、「クリエイターは届けたいリスナーに曲を届けられず、リスナーは聴きたい曲になかなか出会えない」という問題が指摘されてきた。そこで両者は2019年に好みの楽曲を探して発掘するサービス「Kiite(キイテ)」を開発し、公開した。ただ、発掘した曲を個別におすすめするにとどまり、お互いに紹介しやすいようにまとめて共有したり、そのまとめた曲をリアルタイムに複数人が一緒に楽しんだりする機能が不足していた。今回こうした新たな機能を追加した「Kiite World」を開発することにした。

44万曲を点で表したマップ。白いもやのようになっているが、拡大してそれぞれの点にカーソルを合わせると音楽が再生される(クリプトン・フューチャー・メディア提供)
44万曲を点で表したマップ。白いもやのようになっているが、拡大してそれぞれの点にカーソルを合わせると音楽が再生される(クリプトン・フューチャー・メディア提供)

 産総研人間情報インタラクション研究部門の後藤真孝首席研究員(音楽情報学)らはまず、ニコニコ動画で視聴できる歌声合成の曲計44万曲を解析。音楽推薦の技術を用いて似た好みを持つ視聴者同士が好きだと思われる楽曲のアイコン同士を近づけて、バーチャルマップ上に配置することにした。アイコンを選択すると、サビ部分から聴くことができる。産総研は音楽のサビだけを抜き出す技術を持っており、このサイトに実装した。

お気に入りの100曲公開 みんなで聴いてみる

 しかし、これだけでは44万曲のマップ上で新たな曲に出会えても、似た曲が好きなユーザー同士が出会えない。そのため、次に「マイKiite World」(自分の音楽世界)というユーザーお気に入りの100曲を「公開」して共有する機能をつけた。

 公開している「マイKiite World」の中から1つを選択して訪問すると、選択先の100曲だけがマップに表示される。100曲を順次聴くこともできる。さらに、その公開しているユーザーを表す「家」のアイコンが、そのユーザーの好みの曲が多いエリアに登場。自分の「家」と「家」が近所のユーザーを見つけて互いの音楽世界を訪問することにより、更なる自分好みの曲に出会って楽しめる仕組みとなっている。

「ラビット・ユキネ」さんがリスト化した音楽世界「マイKiite World」の一例(クリプトン・フューチャー・メディア提供)
「ラビット・ユキネ」さんがリスト化した音楽世界「マイKiite World」の一例(クリプトン・フューチャー・メディア提供)

 「Kiite World」では現在誰が何を聴いているかがリアルタイムに分かるようになっており、他の人が聴いている曲を同時に一緒に聴ける機能もあるので、DJブースを訪れているかのような疑似体験がネット上でできる。この機能によって、他の人が聴いている曲に興味を持ってサイトを使えば、思ってもみない好みの曲に出会える確率が上がる。後藤首席研究員は「再生数に左右されずに曲に出会えることを大切にしている。『こんないい曲なのに再生数が伸びてない、みんな聴いて』と『推し曲』をどんどん勧めることもできる」と開発の意義を語る。

公開された音楽世界「マイKiite World」をみんなが聴いている様子(クリプトン・フューチャー・メディア提供)
公開された音楽世界「マイKiite World」をみんなが聴いている様子(クリプトン・フューチャー・メディア提供)

「音楽推薦」の内部状態を可視化し透明性高める

 また、このサービスには自分の好みの曲に出会えることに加え、音楽推薦技術による「おすすめ」の可視化という機能も兼ね備えている。マップ上の曲や「家」の位置は、音楽推薦結果が毎日更新されるたびに移動して変わっていく。自分の家の近くの曲が「おすすめ」される様子をリアルにみることができるのだ。

ユーザーの楽曲再生に自動で同期する様子。「つながり」が可視化されている(クリプトン・フューチャー・メディア提供)
ユーザーの楽曲再生に自動で同期する様子。「つながり」が可視化されている(クリプトン・フューチャー・メディア提供)

 普段、インターネットを使っていると、例えばクレジットカードについて検索すると頻繁にカード会社の広告が表示されたり、好きなアイドルグループの動画を見ているとそのグループのまとめ動画がおすすめ表示されたりする。これらの表示アルゴリズムは公開されておらず、ブラックボックスなことが多い。産総研はこのブラックボックス問題に対し、あえて音楽推薦の内部状態をマップ上の配置という形で「見える化」し、ビッグデータを使いつつ、推薦の透明性を高くする「説明可能なAI」に向けた歩みを進めたという意義もある。

 研究は科学技術振興機構(JST)のCREST「信頼されるExplorable推薦基盤技術の実現」によって行われ、産総研などが7月19日に発表した。

楽曲以外にも「推し」を伝え合い広げる

 今後の展開について後藤首席研究員は「(歌声合成以外の)他のジャンルの音楽に対応するには、その楽曲をユーザーが自由に再生できることが必要で、その配信企業などと連携する必要がある。この推薦技術自体は音楽専用ではなく汎用性があるので、アイテムを楽曲以外にして『推し』を伝え合いながら好みを広げていくような発展的な使い方ができる」と話した。

 今回はニコニコ動画上の音楽だけだが、これが他のアイテムでも採用されれば、毎日が「骨董市」のようになって飽きが来ない日々がやってくるだろう。あまり想像したくないが、再びパンデミックが起こって「みんなで一緒に」とリアルで楽しむことができないときにも日常に彩りが与えられそうな技術だと感じた。

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