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グローバルなネット社会の基幹技術「光増幅器」とは 長距離・大容量通信の道を拓く

2023.04.25

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 国際科学技術財団は2023年の日本国際賞を「エレクトロニクス、情報、通信」分野で東北大学の中沢正隆卓越教授(70)と情報通信研究機構の萩本和男主席研究員(68)に贈った。「グローバルなインターネット社会を支える基幹技術である『長距離・大容量光データ通信』の道を拓いた」とたたえられた半導体レーザー励起光増幅器などの研究成果はどのようなものか。両氏の受賞記念講演会やインタビューから追った。

日本国際賞を受けた中沢さん(左)と萩本さん(4月14日撮影)
日本国際賞を受けた中沢さん(左)と萩本さん(4月14日撮影)

100キロで1%程度に減衰する光エネルギー

 インターネットにおける情報は、パソコンなどからの電子信号を光信号に変えることで、高速の送受信ができるようになる。送受信の通り道となるファイバーについては、物理学者のチャールズ・K・カオ博士が純度の高いガラスで作った光ファイバーの利便性に気づき、1966年に光ファイバーの基本技術に関する論文を発表。1970年代から実用化が進み、カオ博士は2009年にノーベル物理学賞を受賞した。

 純度が高いとはいえ、ファイバー内を進むうちに光のエネルギーはどんどん減衰する。100キロの距離では1%程度しか残らない。萩本さんは「当時務めていたNTTの横須賀にある研究所から100キロほど先が富士山。晴れた日には富士山が見えたが、ガラス板を100キロ並べても1%は見えるのだなと感じた」と笑う。

 光ファイバーで日本列島の北海道から沖縄まで約3000キロを縦断したり、1万キロほどある大陸間で国際通信網を築いたりするには、減った光をファイバーの中継時に効率よく増幅する必要があった。

半導体レーザーとエルビウムを組み合わせて小型化

 中沢さんと萩本さんはともに1980年に日本電信電話公社(現NTT)に入社した。中沢さんの当初の研究テーマは、土木工事などで誤って傷ついた光ファイバーの破断点を探索する装置の開発だった。破断点を探すためにファイバー内に通すレーザーを開発していたという。関連した研究を調べる中、希土類であるエルビウムを添加した光ファイバーで光が増幅できることを知る。

 中沢さんは「当時は英サウサンプトン大学のデビッド・ペイン教授のチームや米ベル研究所も独立に増幅器を開発し、熾烈な競争だった。成果が出れば誇らしいが、体は疲れており、競争相手がキャッチアップしてくることを思うといつも胸がムズムズしていた。35歳だったから乗り越えられたのかな」と当時を懐かしむ。競争の焦点は光を増幅してくれるエルビウムに、どうすれば大がかりな機器を用いることなくエネルギーを加えて励起状態にできるかだった。

 すでにあった光増幅器は、光信号を電気信号に変換して電気的に増幅して再び光信号に変えて送り出すが、大型で大電力が必要だった。中沢さんは、破断点探索装置のために開発していたInGaAsP(インジウム・ガリウム・ヒ素・リン)半導体レーザーによる照射とエルビウム添加ファイバーの組み合わせで光増幅できると考え、1989年に効率よく広範囲な帯域の光に対応できる半導体レーザー励起光増幅器の試作品を作製。従来の光増幅器の100分の1も小さい10センチ四方なうえに電池で動くものだった。「私は最初から光増幅器を研究していたわけではない。オルタナティブなものを大切にすることで新しい発想が生まれた」と強調した。

1989年に世に出た光増幅器の試作品(国際科学技術財団提供)
1989年に世に出た光増幅器の試作品(国際科学技術財団提供)

海外勢に先んじて国際標準化も主導

 試作品ができると、同じNTTに務めていた萩本さんは間を置かず212キロの長距離伝送が可能だと実証。1989年2月の国際学会発表からは、ベル研究所など海外勢との競争が激化する。萩本さんは「社宅で夕飯を食べ、1歳になった長男に泣かれてもまた会社に戻って実験をする生活。一度競争に勝っても、別の国際学会では欧米の研究機関がさらに洗練した成果を出して追い抜きにかかる。常に一歩先の成果が求められたし、続けていい成果を出さないと欧米の研究者から認められない雰囲気もあった」と振り返った。

 同年7月の国際学会では多中継伝送でまた一歩先んじ、高出力化も進めた。エルビウムを添加した光増幅器では、いろんな波長の光が競合することなく一括で増幅できることも確認。1本の光ファイバー内を多数の波長の光が伝送する波長分割多重(WDM)の方式によって、情報通信がさらに大容量化した。海外勢との競争に先んじて増幅器の国際標準化も主導することで、1秒に1兆(テラ)ビットの情報を送れるテラビット光伝送の道筋をつけた。

 この増幅器は、KDD(現・KDDI)が太平洋を横断した初めての光海底ケーブルに採用するなど幅広く使われている。現在はインターネットを使って世界中で国際中継を見られるなど、多様で大容量の情報を送受信する国際海底光ケーブルネットワークで個人の情報がやりとりできるほどに普及した。

最近の国際海底光ケーブルネットワーク(国際科学技術財団提供)
最近の国際海底光ケーブルネットワーク(国際科学技術財団提供)
海底光ケーブルの中継器(左)が内蔵している光増幅器(国際科学技術財団提供)
海底光ケーブルの中継器(左)が内蔵している光増幅器(国際科学技術財団提供)

無線技術も組み合わせた「雑食」に期待

 インターネットによる情報通信量は現在も増加している。いま広く利用されているSNSやクラウドサービスは、中沢さんと萩本さんの成果が大きく寄与した。ただ今後Society 5.0を支える5G(第5世代移動通信システムの略称)、その次の6Gが登場することでますます情報通信量が増えていく。

 そんな中、中沢さんは通信の大容量化と高速化に「これからの研究者って『雑食』なことが大切だと思う。これからの通信技術では、光だけでなく電波も同じ電磁波として利用できるなら技術開発するべきで、有線と無線の融合がみられる『3M技術』が期待できる」と話す。

 3M技術とは、(1)Multi-level modulation (2)Multi-core fiber (3)Multi-mode controlの頭文字をとっている。(1)は光の性質を変えることで送信する情報量を増やす技術で実用化もされているという。(2)では、もはやガラスでもなく、何も通していない空孔(くうこう)を用いたファイバーが開発され、実用化も近いとされる。(3)は送受信のアンテナを増やしていく技術だという。

 2050年ごろに向けて情報通信がさらに高速大容量化していくと、例えば空飛ぶクルマやドローン、自動運転などの輸送分野は大きく変わる。在宅診療や遠隔手術などの医療分野に加え、メタバース(仮想空間)を使ったさまざまなサービスの展開、災害などの大規模シミュレーションなどその応用は限りない。3M技術の活用がそのカギを握る。

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