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「3日取らないと命の危険」水が体を出入りする量の計算式、初めて開発

2023.01.27

青松香里 / JST「科学と社会」推進部

 水は、私たちの体に欠かせない。ごく当たり前のことだが、体を日々出入りする量は、これまで科学的に明らかにされてはいなかったそうだ。その量を推定する計算式を、医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN=ニビオン)などの国際研究グループが初めて開発した。体や環境のデータを基に、1日に失う水分量の目安を算出できるという。人生のさまざまな時期や災害時などに必要な量を予測できれば、健康管理に役立ちそうだ。

「重水素」手がかりに大規模調査

 私たちの体のおよそ半分は水。一般的な成人男性で体の53%、成人女性で45%、乳児では60%を占めるという。この量を維持するため、私たちは飲んだり、食事や呼吸をしたりして水分を取る。ここでストック、つまり体に含まれる水分の量は分かっていたが、フローである1日の出入り量は正確な把握が難しかった。従来は小規模な調査や、主観に頼るアンケートに限られてきたという。

体を出入りする水(代謝回転)のおよその内訳(医薬基盤・健康・栄養研究所=NIBIOHN=提供)
体を出入りする水(代謝回転)のおよその内訳(医薬基盤・健康・栄養研究所=NIBIOHN=提供)

 そこで研究グループは、23カ国の生後8日~96歳の男女5604人を対象に、体の水分の量を求め、出入りする量を推定することに挑んだ。

 調べる仕組みはこうだ。普通の水素原子より中性子が1個多い安定同位体の「重水素」をわずかに含んだ水を飲んでもらった。体内に一時的に重水素が増えた後、数カ月以内に元の量に戻る。この微細な変化を正確に捉える装置を使い、体の水分量を求められるほか、増えた重水素の値が元に戻る速度を手がかりに、水の出入り量も算出できるという。

体格、生活、環境…さまざまな要因

 その結果、1日に体を出入りする水分の量は、男性では20~35歳、女性では30~60歳が最も多く、それぞれ平均4.2リットル、3.3リットルと分かった。成人では体の全水分の10%、乳児では25%が、わずか1日で失われていた。水分を3日間取らないと、命の危険にさらされるという。これは従来、経験的に言われてきたことだが、今回の調査で科学的に裏付けられた。高齢者は水の出入りが少なかった。

(左)体の水の出入り量「代謝回転」と、(右)体の水分量で割った「代謝回転率」。年齢とともに変化している。いずれも平均値で、実際には個人差が大きい(同研究所提供)
(左)体の水の出入り量「代謝回転」と、(右)体の水分量で割った「代謝回転率」。年齢とともに変化している。いずれも平均値で、実際には個人差が大きい(同研究所提供)

 水の出入り量は、脂肪を除いた体重や総エネルギー量、体を動かす程度と正の相関があった。体脂肪率との間には負の相関があったほか、平均気温や緯度との間にも関係性が見いだされた。暑い所や赤道付近で出入り量が多いのは想像通りだが、極端に寒い場所や北極圏などでもやや多くなったという。

 こうした結果を基に、出入り量を推定する計算式を開発した。性別や体重といった体格や、体を動かす程度などの生活様式、標高や気温などの生活環境との関係を総合的に解析して組み立てた。

計算式に組み込まれたさまざまな要因の例。HDIは各国の豊かさや発展度の指標である「人間開発指数」(同研究所提供)
計算式に組み込まれたさまざまな要因の例。HDIは各国の豊かさや発展度の指標である「人間開発指数」(同研究所提供)

 出来上がった式を書き出すとやや長いが、このようになった。なお研究グループは出入り量を「代謝回転量」と呼んでいる。

【水の代謝回転量 (ミリリットル/日)=[1076×身体活動レベル]+[14.34×体重(キロ)]+[374.9×性別]+[5.823×1日の平均湿度(%)]+[1070×スポーツ]+[104.6×人間開発指数(HDI)] + [0.4726×標高(メートル)] -[0.3529×年齢の2乗]+[24.78×年齢(歳)] + [1.865×平均気温の2乗]-[19.66×平均気温(摂氏)]-713.1】

 この式で「性別」には、女性は0を、男性は1を入れる。同様に、「スポーツ」にはスポーツをしない人は0、する人は1。「人間開発指数(HDI)」には先進国は0、中間的な国は1、発展途上国は2。「身体活動レベル」には、座って生活することが中心の人は1.5、平均的な場合は1.75、活動レベルが高い場合は2.0…をそれぞれ入れる。

 この式は世界中で利用でき、その日の平均気温や湿度が分かれば、その人の体から1日に失われる水分量を予測できるという。

 結局、私たちは毎日どれくらい水を飲めば良いのだろうか。研究グループによると、20代の男性は4.2リットルの水を失うが、体内でできる水や呼吸で入る水もあるので、取るべき量は3.6リットル。その半分は食べ物で入るので、飲むべき量は1日に1.8リットルほどだそうだ。20代女性だと1.4リットルほど。ただし計算式にあるように、体格や生活環境などにより目安が変わることに注意したい。

 研究グループには同研究所、早稲田大学、京都先端科学大学、筑波大学のほか、米英や中国、オランダなどの研究機関から約90人が参画。成果は昨年11月25日、米科学誌「サイエンス」に掲載されている。

病気の指標、飲み水確保…活用期待

 計算式に組み込まれたさまざまな要因の多くは、水の出入りとの関係性が生理学的に予測されてはいたが、今回の式によってそれぞれの影響度がはっきり分かるものになったと研究グループはみている。代表を務める同研究所運動ガイドライン研究室の山田陽介室長(運動生理学)は、会見で「要因一つ一つに焦点を当てるのではなく、水の出入りの総量を評価できたことに意義がある」と話した。

水は命の基本。今回の計算式から、暮らしや健康について改めて考えたい=東京都内
水は命の基本。今回の計算式から、暮らしや健康について改めて考えたい=東京都内

 水の出入り量は代謝に関連する病気の指標になり得るほか、心臓や腎臓など循環器系の障害、認知症などの脳疾患との相関も考えられるという。脱水や熱中症の予防に役立つほか、地震など災害時の飲料水や食料の確保、水不足の予測モデルへの活用も期待できるとしている。

 体の水の出入りという、命の基本を見つめる今回の研究成果。今回まとめ上げられた計算式を見つめていくと、日常の暮らしや健康を捉え直すきっかけにもなるのではないか。

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