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メンタルヘルスの悪化を危惧 ウクライナ語のツイート1億件分析 東北大

2023.01.06

飯田和樹 / ライター

 ロシア侵攻下のウクライナから投稿されたツイッターの内容を分析したところ、慢性疾患の薬や輸血などに関するツイートや、抑うつ状態や心的外傷後ストレス反応(PTSR)の兆候を示すツイートが増加していることが、東北大学の研究チームの調査で分かった。「医療需要の増加とメンタルヘルス上の懸念があることを確認した。多角的かつ国際的なさらなる支援が必要な状況」としている。

「薬」「採血」…不安や需要を顕著に反映

 戦時下のウクライナにおける医療やメンタルヘルスに関する状況を把握するため、ロシアがウクライナへの侵攻を開始した2022年2月をまたいだ、21年11月1日~22年8月10日のおよそ9カ月間にウクライナ語で発信された、9852万6440件のツイートを対象に分析を行った。対象期間を「侵攻前(21年11月1日~22年2月23日)」「急性期(22年2月24日~3月23日の4週間)」「亜急性期(3月24日~6月15日の12週間)」「慢性期(6月16日~8月10日の8週間)」の4期間に分けて、医療ニーズやメンタルヘルスに関するキーワードを含んだ投稿数の変化を調べた。キーワードは、東日本大震災に関する研究成果などを踏まえて選んだ。

ウクライナ語でのツイート約9850万件を分析対象とした(東北大学提供)
ウクライナ語でのツイート約9850万件を分析対象とした(東北大学提供)

 その結果、侵攻の前後で週平均のツイート数は約3倍に増加していた。この中で、キーワードを含むものは2万6241件から11万4640件と約4.4倍に増加した。これについて、研究チームの代表である同大災害科学国際研究所の藤井進准教授(災害医療情報学)は「日常のツイートの利用というよりは、やはり、何かしら意味を込めたツイートがされている」とみている。

ロシアのウクライナ侵攻後、週平均のツイート数は約3倍に増加した(東北大学提供)
ロシアのウクライナ侵攻後、週平均のツイート数は約3倍に増加した(東北大学提供)

 さらに細かくツイートを分析すると、急性期に「糖尿病薬」を含むものが侵攻前の43.18倍、「採血」を含むものが11.98倍とそれぞれ顕著に増加していることが分かった。これは、通常飲んでいる薬がこれからも手に入るのかといった不安や、輸血の需要がかなりあったことなどを示していると考えられるという。このほか「医療機関」を含むツイートも急性期に侵攻前の4.85倍となっていた。

 また、「新生児」「子供」「高齢者」を含むツイートは、急性期、亜急性期、慢性期のすべてで侵攻前より増加していた。いずれも災害が発生した時に特に配慮が必要な人たちに当たり、対策が必要なポイントであると考えられるという。また、亜急性期に大幅に増加したのが「レイプ」「埋葬」といったキーワードを含むツイートで、それぞれ5.18倍、3.36倍となった。藤井准教授は「急性期を過ぎても、このようなツイートがどんどん上がっていることについても考えていかなければいけない」と話している。

戦時下での医療需要の変化がうかがえる結果となった(東北大学提供)
戦時下での医療需要の変化がうかがえる結果となった(東北大学提供)

「実際の発生数との照合を慎重に」

 メンタルヘルスに関する分析では、侵攻して間もない頃は心理的苦痛などの兆候を示す「無価値」「絶望」「不安」といったキーワードを含むツイートが急増したが、時間の経過に伴い、抑うつ状態やPTSR特有の反応の兆候を表現する「不眠、過眠」「楽しくない」「フラッシュバック」「思い出したくない」などのキーワードを含む発信が増えたことが分かった。

侵攻から時間が経過するとともに、抑うつ状態やPTSR特有の反応の兆候を表現するキーワードを含む発信が増えた(東北大学提供)
侵攻から時間が経過するとともに、抑うつ状態やPTSR特有の反応の兆候を表現するキーワードを含む発信が増えた(東北大学提供)

 メンタルヘルス関連の分析を担当した同研究所の國井泰人准教授(災害精神医学)は「ツイート情報は、メンタルヘルス状態を把握する重要な情報の一つになり得る。軍事侵攻により人々の精神状態が影響を受けた可能性が示唆されるし、精神不調、精神疾患の増加が今後、危惧される。しかし、それが本当かどうかという実証に当たっては、実際の発生数との照合を慎重に行わなければならない。その上で、ウクライナ支援への活用が考えられるのではないか」と話している。

 今回の研究の全体評価を担当した同研究所の栗山進一教授(災害公衆衛生学)は、得られた知見について「東日本大震災後にわれわれが得た教訓と、非常に一致していた。ただ、やや違う点もあり、それはウクライナが今一律に慢性期といえるわけではなく、急性期になっているところがあること。この知見をいち早く現地に届けたい」としている。

 調査結果をまとめた論文は国際医学誌「ザ・トウホク・ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディスン」に先月22日に掲載された。研究チームは結果などをウクライナの医療関係者と共有するとともに、今後、ツイート情報をリアルタイムに分析して、実際の支援に活用していくようなシステムづくりに取り組みたいとしている。

SNSから心を読み解く試み、広がりも

 研究チームは今回、戦時下にあり、安全面や研究倫理の観点から現地調査が困難な所の医療ニーズやメンタルヘルスを調べるために、ツイッターを分析する手法を選んだ。一方、このほど東京大学などの研究チームも、新型コロナワクチンを巡る人々の話題や関心の変化を1億件以上のツイートを分析して読み解こうと試み、その成果を論文にまとめた。同大と国立情報学研究所、千葉商科大学、科学技術振興機構(JST)が発表している。

 これまでインターネットで検索されたワードなどを基にした分析は多く見られていたが、今後は、簡単には調査できなかった領域で、ツイッターを含むSNS分析を活用していく場面がさらに増えていきそうだ。

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