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仮想空間を活用する大学増加 東大がメタバース工学部開設、順天堂大や東北大は医療応用

2022.09.30

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 インターネット上の仮想空間「メタバース」や、仮想空間に現実の世界を再現する「デジタルツイン」を活用する大学が増えている。東京大学は中高生や社会人にデジタル技術を教える「メタバース工学部」を開設した。デジタルトランスフォーメーション(DX)人材の育成などが狙い。順天堂大学や東北大学は企業と組み、新時代の医療応用を目指すという。

中高生や社会人に学ぶ機会を提供

 東京大学によると、メタバース工学部はデータやテクノロジーを活用して未来社会を構想できるDX人材が決定的に不足しているとの問題意識に基づいている。大学外の多様な人々が最新の情報や工学の実践的スキルを獲得できる機会を提供することを目的にしている。

 ここでは、メタバースを利用して新しい教育空間をつくり、年齢、ジェンダーや居住地などを問わずにオンライン講座などを広く提供する。中高生向け講義は中高生のほか、保護者や教師も参加できる。大学での工学の授業や卒業後のキャリアなども学べる。社会人向け講義は人工知能(AI)や次世代通信などが学べ、起業家教育なども盛り込んだ本格的な教育プログラムが組まれていて、教育科目ごとに修了証が交付される。

 日本は欧米と比べて女性研究者の数が際立って少ないことが問題とされる。東京大学工学部だけでも女子学生の割合は1割余り。文部科学省などもこうした傾向に危機感を強めていた。このためメタバース工学部の中高生向け講義では、特に工学や情報分野に関心を持ち、理工系を志す女子中高生の参加を期待しているという。

 メタバース工学部の開講式はメタバースに再現した安田講堂(東京大学大講堂)で9月23日に開かれ、受講生や来賓が自分の分身となるキャラクター「アバター」で参加した。東京大学関係者によると、10万人以上の受講者獲得を目指しているという。

メタバース工学部のメタバース画面。講義やイベントがあるとさまざまな仮想空間が展開する(東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター提供)
メタバース工学部のメタバース画面。講義やイベントがあるとさまざまな仮想空間が展開する(東京大学バーチャルリアリティ教育研究センター提供)

メンタルヘルスの改善を検証へ

 順天堂大学と日本アイ・ビー・エム(IBM)は、「順天堂バーチャルホスピタル」の構築に向けた研究を4月から進めている。計画ではまず、患者やその家族が来院前にバーチャルで病院体験できる環境をつくる。そこではアバターとしてバーチャルホスピタルを訪問し、医療従事者らと交流できるようにする。中長期的にはメタバース空間での活動を通してメンタルヘルスなどの疾患の改善が図れるかを学術的に検証するなどの活用も検討するという。

 同大学の服部信孝医学部長は「医療領域でのメタバース技術の導入、活用研究を進め、研究成果を新たな医療サービスとして社会実装し、患者さんの体験向上やメンタルヘルス改善などの場面を通じて社会還元していきたい」などとコメントしている。

順天堂大学と日本IBMが構築準備を進めている「順天堂バーチャルホスピタル」のイメージ(順天堂大学提供)
順天堂大学と日本IBMが構築準備を進めている「順天堂バーチャルホスピタル」のイメージ(順天堂大学提供)

異分野交流や学術集会にも

 メタバースは臨場感があり、5G通信などの高速通信網技術が向上して急速に普及している。最近では新型コロナウイルスの感染拡大に伴って大学での授業でオンライン形式が急増したこともあり、大学で活用しやすくなっている。

 東京大学や順天堂大学のほか、東京理科大学は7月にメタバース上で異分野交流イベントを実施した。佐賀大学、大正大学、金沢工業大学など多くの大学でメタバース上にキャンパスを構築したり、さまざまなイベントなどを実施したりしている。また、学会や学術集会で活用する例も見られる。

メタバースを活用した学術会議の一例。2020年7月に開かれた「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」。世界各地で開催されている日本人研究者の学術集会をつなぐ試みで、参加者はアバターを使って自分の好きな場所に移動できた
メタバースを活用した学術会議の一例。2020年7月に開かれた「Japan XR Science Forum 2020 in US Midwest」。世界各地で開催されている日本人研究者の学術集会をつなぐ試みで、参加者はアバターを使って自分の好きな場所に移動できた

デジタルツインで予防医療を推進

 一方、デジタルツインは、現実の世界で収集した多様なデータをインターネット上の仮想空間に再現する技術。現実世界と再現される世界がまるで双子のようになるとしてその名が付いた。東北大学と富士通は9月26日、デジタルツインを医療分野で活用する戦略提携を締結した。

 東北大学と富士通によると、両者の提携は同大学が持つ高度・先進医療に関する知見や同社が持つ電子カルテの診療データを活用できる先端医療技術、ノウハウを生かし、治療中心の医療から予防医療へのシフトを加速させて「ウェルビーイング社会」の実現を目指すことが大目標だ。

 構想では、患者の診療・検査データをもとにデジタルツイン上に患者の仮想モデルを再現する。医師は患者の病状をより正確、迅速に把握できることから、個々の患者に最適治療法や投薬計画、手術方針などを判断できる。このほか、東北大学病院が蓄積する30年分以上の診療データなどを生かして病気の可能性を素早く検知するAIシステムの開発にも取り組み、予防医療を推進するという。

 総務省が昨年3月に出した報告書によると、デジタルツインの活用は製造業の製造ラインなどで始まったが、現在活用が最も進んでいるのは製造業、プラントエンジニアリング、国土・都市計画の3分野。今後は医療分野などで幅広く急速に活用されていくとみられる。

総務省の「デジタルツインって何?」からデジタルツインのイメージ(総務省提供)
総務省の「デジタルツインって何?」からデジタルツインのイメージ(総務省提供)

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