サイエンスクリップ

小さな機体に大きな期待 月面着陸機「オモテナシ」など打ち上げへ

2022.08.26

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 史上最小の機体で月面に着陸する宇宙航空研究開発機構(JAXA)の実証機「オモテナシ」が29日、米国の新型大型ロケットで打ち上げられる(※追記=同日、延期が発表された)。国際協力による月探査の本格化を前に、低コストでの月の科学研究や利用に道を開くとの期待がある。月面にふんわり降り立つ「軟着陸」ではないものの、日本初の月面着陸がかかった機体ともいわれ、注目される。東京大学などが開発した軌道制御技術実証機も同時に出発する。

小さな機体で月面に挑む「オモテナシ」の想像図(JAXA提供)
小さな機体で月面に挑む「オモテナシ」の想像図(JAXA提供)

小包サイズでいざ挑戦

 「どこまで小さな機体で月に着陸できるのか、挑戦する。月面着陸は従来、国の宇宙機関などにしかできなかった。しかし超小型、低コストでできるなら、大学や中小企業、お金があれば個人にも手が届く。探査のいろいろなアイデアが出てくるようになるだろう」

 オモテナシの開発を進めてきたJAXA宇宙科学研究所の橋本樹明(たつあき)教授は、こう力説する。10センチ角の立方体が1~数個連なった大きさの超小型の衛星や探査機を一般に「キューブサット」と呼ぶ。オモテナシは立方体6個分、小包サイズのキューブサット。史上最小の機体による月面着陸に挑む。開発費は7~8億円程度とみられる。

小包サイズの本体(JAXA提供)
小包サイズの本体(JAXA提供)

 機体は本体、固体ロケット、着陸部の3つの要素からなり、計12.6キロ。初打ち上げとなる米国の大型ロケットに、宇宙船に相乗りする形で搭載されている。26日時点の計画では、日本時間29日午後9時33分、米フロリダ州のケネディー宇宙センターから打ち上げられる。

 ロケットから分離後に電源が入り、本体表面の太陽電池パネルを太陽に向ける。翌日に本体のガスジェットで月面へと軌道を修正。着陸直前、機体を回転させて姿勢を安定させ、固体ロケットで減速する。本体から分かれた固体ロケットと着陸部がつながった状態で、秒速50メートルほどで月面に着陸。着陸部から電波を発信し、地球で成否を確認する。

 着陸は暫定で9月4日昼の見込みで、南緯30~60度付近を目指す。成功確率はもともと60%ほどとみられていたが、あいにく8月29日に打ち上げると月の日陰を避ける必要があり、30%ほどに落ちるという。

 着陸部にカメラはないが、本体に搭載しており、飛行中に地球の撮影を試みる。本体には放射線の線量計も搭載した。

オモテナシの計画概要。OMは本体、RMは固体ロケット、SPは着陸部(JAXA提供)
オモテナシの計画概要。OMは本体、RMは固体ロケット、SPは着陸部(JAXA提供)

速度が残る「セミハードランディング」

 計画の大きなポイントは、着陸方法だ。宇宙船がパラシュートを開き、減速しながら地上へゆっくりと軟着陸(ソフトランディング)する写真を見たことがあるだろう。大気がない月ではパラシュートが使えないため、噴射を利用する。飛行士を乗せて軟着陸したアポロも、そうだった。軟着陸には、速度を精密に制御できる液体燃料エンジンが必要だが、構造が複雑で小型化には限界がある。そこでオモテナシは固体燃料ロケットを採用し、軟着陸は諦めた。速度を制御せず激突する硬着陸(ハードランディング)は免れるものの、着陸時にある程度の速度が残る「セミハードランディング」することにした。

円筒形の固体ロケットの右側に、着陸部がつながった状態。つなぎ目には緩衝材が取り付けられている(JAXA提供)
円筒形の固体ロケットの右側に、着陸部がつながった状態。つなぎ目には緩衝材が取り付けられている(JAXA提供)

 オモテナシは日本初の月面「着陸」に挑むとされるが、一般にイメージされるであろう軟着陸でないことに留意したい。衝撃に耐えるよう、着陸部と固体ロケットのつなぎ目には緩衝材が取り付けられ、また着陸部の中に樹脂を詰めて隙間をなくし、搭載機器を衝撃から守る構造にした。ちなみにセミハードランディングは橋本氏が考えた言葉で、「準硬着陸」といった訳語は特に定まっていないという。

 日本の機体は工学実験衛星「ひてん」や月周回探査機「かぐや」が、それぞれ1993年と2009年に役目を終える際、月面に硬着陸している。月面を目指した実験・探査ではなく機体は衝撃で破壊されたが、単に到達したという点でならば、これらが先とも言えなくもない。

 日本の月面軟着陸としては、高精度の着陸技術を実証する「スリム(SLIM)」がJAXAにより計画され、今年度にH2Aロケット47号機で打ち上げられる。オモテナシに着陸では先を越されるものの、精密技術に注目したい。米国のロケットなどを利用して年内の着陸を目指す、民間の計画もある。

命名の理由は…やっぱり

発射地点に到着し初打ち上げを待つSLS=17日、米フロリダ州のケネディー宇宙センター(ジョエル・コースキー氏撮影、NASA提供)
発射地点に到着し初打ち上げを待つSLS=17日、米フロリダ州のケネディー宇宙センター(ジョエル・コースキー氏撮影、NASA提供)

 オモテナシを搭載するロケットは「SLS」(Space Launch System)。スペースシャトルの事実上の後継ロケットとして開発が始まり、その後は米国主導の国際協力により月探査を進める「アルテミス計画」で、有人宇宙船「オリオン(オライオン)」を搭載するべく開発が進んだ。今回が初飛行で、無人のオリオンが月上空を周回し10月に地球に帰還する試験飛行「アルテミス1」に用いられる。

 2015年に米航空宇宙局(NASA)からJAXAに対し、アルテミス1でSLSに相乗りする探査機を米国外からも追加募集するとの連絡が入った。そこで、当時18年の予定だったアルテミス1に向け、わずか1~2カ月で複数の提案がまとめられ、その中からオモテナシなどが選ばれた。日米伊の10機が打ち上げられる。

 なお、オモテナシ(OMOTENASHI)は「Outstanding MOon exploration TEchnologies demonstrated by NAno Semi-Hard Impactor」の頭文字に由来するという。オ・モ・テ・ナ・シ…。「聞き覚えのある言葉だが、意識したか?」と橋本氏に尋ねると、「まさに意識した」とのことだ。

 「以前はアルテミス1が2018~19年に打ち上げられる計画だったので、20年に予定されていた東京五輪の直前であり、良いのではと考えた。また、アルテミス1をきっかけとして月探査が広がるのなら、最初に月に到着して、皆さんを『おもてなし』したいという意味も込めた」

 アルテミス1が延期を重ねるうちに五輪は昨年、終わった。タイミングを逸した観もあるが、日本人のおもてなしの心を、改めて世界に伝える機会となるかもしれない。

軌道を工夫し、推進剤を節約する「エクレウス」

月周辺へと複雑に航行する「エクレウス」の想像図(東京大学提供)
月周辺へと複雑に航行する「エクレウス」の想像図(東京大学提供)

 もう1つの軌道制御技術実証機は、天体の引力のバランスが取れた特異な場所に向かう「エクレウス」だ。JAXAと東京大学が中心となって開発した。オモテナシと同じく、10センチ角の立方体6個分の大きさのキューブサットだ。

 ある天体が別の天体の周りを回る場合に、それらの引力が釣り合う5つの位置を「ラグランジュ点」と呼ぶ。探査機などはそこに留まり続けられ、推進剤(燃料)を節約できるとされる。アニメ作品などで、スペースコロニーの建設位置としてラグランジュ点を聞いたことのある人も多いかもしれない。

 月と地球、太陽の引力が釣り合うラグランジュ点のうち、地球から見て月の裏側には、将来の宇宙ステーションの候補地である「地球-月系の第2ラグランジュ点」がある。エクレウスは効率よく軌道制御をしながら、そこへ向かう技術を実証する。

 月の引力などを利用して軌道と速度を変える「月スイングバイ」や、太陽の引力を利用。複雑な軌道をたどる代わりに、推進剤の消費を大幅に抑える。29日に打ち上げると、月スイングバイは2回行う。第2ラグランジュ点に1年後に到達する。エクレウス(EQUULEUS)は「EQUilibriUm Lunar-Earth point 6U Spacecraft」の略という(equilibriumは平衡の意)。

 JAXA宇宙科学研究所の船瀬龍教授(東京大学大学院工学系研究科准教授)は「月周辺には将来、人や物資を月面に送るための中継地点の宇宙ステーションができ、大きな物流が起こる。ここを拠点に、超小型衛星がエクレウスのように軌道制御技術を使って火星など、もっと遠くに行けるようになる。実現に貢献したい」と説明する。エクレウスは地球磁気圏の荷電粒子、月面への天体衝突で生じる閃光(せんこう)、宇宙空間のちりの観測も行う。

 エクレウスのもう一つの注目ポイントは、推進剤が水であることだ。液体の水を蒸発させ、ノズルから出すシンプルな仕組み。「水は打ち上げ時の安全審査で有利だ。将来は月や小惑星から水を採取して探査機に入れれば、さらに遠くに飛んでいける」(船瀬氏)。2019年に、東京大学などが開発した同じ仕組みの超小型衛星を国際宇宙ステーション(ISS)から放出したものの、うまくいかなかったという。再挑戦に期待がかかる。

 「山椒(さんしょう)は小粒でもピリリと辛い」という言葉がある。オモテナシとエクレウスの機体はごく小さく、こなす仕事も一見、小惑星の物質を地球に持ち帰った「はやぶさ2」などのような派手さには欠ける。しかし成功すれば将来にわたり、人類の宇宙探査や利用を身近にする可能性を秘める。月、さらに遠くの宇宙へと、私たちの思いをかき立ててくれることにもなりそうだ。

関連記事

ページトップへ