親指、人差し指…小指に続き、何指と呼んだらよいのだろうか。手に装着し、体の他の部分とは独立に動かせる人工の指を開発した、と電気通信大学など日仏の国際研究グループが発表した。いわば「第6の指」で、短時間の練習で慣れ、自分の体の一部と感じられるという。従来の実験では、体の他の部分の動きを手掛かりに動かしていた。本来は体にない部分を、機械で拡張する可能性が実験で示された。
小指の横にカンタン装着
脳は体の変化に柔軟に対応するという。例えば事故で腕を失った場合に、義手の使用に習熟できる。では、体に元々ない部位が人工的に加わった場合、自分の体として感じ、自由に動せるだろうか。その検証のため、人工の腕や指を体に装着し、動かす研究が行われてきた。ただしこれらは、例えば足の動きで指を動かすなど、特定の部位の動きを他の部位の動きで置き換えたにすぎない。果たして人は、本来持っている体の機能や動きはそのままに、独立して動かせる新しい人工の部位を持てるのだろうか。体の一部と感じて自在に動かせるのだろうか。この研究は進んでいなかった。
そこで電気通信大学大学院情報理工学研究科の宮脇陽一教授(神経科学)らの研究グループが、検証に挑んだ。まず、手に簡単に取り付けられる人工の指「sixth finger(シックススフィンガー、第6の指)」を開発した。これは小指の外側に1本の指をつけ加える形で装着するもの。前腕の筋肉の電気信号をセンサーで測り、5本の指を動かす時に使うものとは異なる特定の信号パターンが出た時に、モーターが駆動して人工指が動く仕組みにした。5本の指の動きには使わない筋肉の動きの組み合わせを探し出し、6本目の指にあてがった形だ。人工指を動かすとピンが手に当たり、動いている感覚が伝わる。
被験者18人がこれを装着し、指が6本となった状態で指を曲げ伸ばしたり、キーをたたいたりして1時間程度、習熟を試みた。
体によくなじんだ人工指
その結果まず、全ての被験者が人工指を自分のものと感じ、直感的に思い通りに動かせたと主観で答えた。比較のため、制御できずランダムに動いてしまう条件も設定したが、有意に差が出た。
客観的なデータによる検証も行った。人工指を着ける前と、習熟後に外してもらった段階の2回にわたり、なるべく手を見ずに、障害物を避けながら手を動かしてもらった。その軌跡を基に、人工指が着く方、つまり小指側の位置感覚の変化を調べた。
この実験の狙いについて、大学院生として研究を進めた現会社員の梅沢昂平氏は「人工指を着けたことによる学習効果で手の幅の感覚が変わると、障害物を避ける手の動きも変わる。動きの軌跡を基に、動かす時に参照する脳内の手のイメージを調べたかった」と説明する。箱の外側に書いてある線があると思う場所を、箱の中から人差し指と小指で触れてもらう実験も行った。
すると、人工指になじんだ度合いを主観で高く答えた人ほど、人工指を外した後の小指側の位置感覚のばらつきが大きくなった。人工指になじんだことで、小指側のイメージがあいまいになったとみられる。人工指が身体化したことを客観的に物語っていると、研究グループは判断した。
こうした結果から、人工の部位を体になじませ、他の部位とは独立に自在に動かすことや、それに伴う感覚と行動の変化を捉えることに、世界で初めて成功した。人が体に元々持つ部位の機能とは干渉せずに、新しい部位を人工的に採り入れ、体を拡張する可能性を示したとしている。
研究グループは電気通信大学、フランス国立科学研究センターで構成。成果は英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に2月14日に掲載された。研究は日本学術振興会科学研究費助成事業、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けている。
パソコンのキーボード速く打てる? それとも?
人工指はまだ実験用で、単に屈伸させることしかできない。研究グループは今後、モーターなどの駆動系を強化して「使える指」にすることで、パソコンのキーボードが速く打てるようになったり、ピアノやギターを6本指で奏でて音楽表現を豊かにしたり、片手で多くのワイングラスを持てたりと、暮らしに役立つ可能性があるとしている。「この技術を応用すれば、第3の腕や4本の足、さらには尻尾や羽など人間が持たない器官まで検証できるかもしれない」と夢は膨らむ。
ただ、ここで素朴な疑問というか、不安が湧く。せっかく5本指でキーボードのタッチタイピングを覚えたのに、6本指になったら、むしろ1から覚え直しになってしまうのではないか。これについて、研究グループのフランス国立科学研究センターのガネッシュ・ゴーリシャンカー主任研究員(ロボティクス、運動神経科学)に尋ねると、「確かに少し練習が必要だが、その後は楽になる。大きなものを楽に持てるようにもなるのでは」とのことだった。
この研究には、新しい部位を身体化した時の脳の変化を調べる面白さもある。宮脇教授は「例えば人が羽を持った時、脳は制御できるのか。本来は持っていない体を、脳はどこまで柔軟に受け入れられるのか。脳の限界を知りたい」と話す。
体を自由にデザインできる未来?
体に対する社会の価値観を、大きく変える可能性も秘めているという。「便利だから、カッコいいからと、体を自由にデザインできる時代が来るかもしれない。体はもっと自由で、個性や多様性のあるものだ、と。『普通』とは何かについて、改めて考えるという意義も生まれるのでは」と展望する。
筆者はふと、子どもの時に楽しんだ人気漫画作品を思い出した。未来から現代に来たロボットが、飛行機の翼、無限軌道のついた戦車、潜水艦型のヘルメットの形をした道具をもたらした。それらを人がアクセサリーのように身に着けると、それぞれの乗り物の機能を獲得できるという不思議な話だ。
まさに、人工の部位を身に着けて体をアップデートしてしまおうという今回の研究。乗り物のアクセサリーはまだまだ夢物語にしても、こんなことをして日常生活を送る未来が、少しずつ近づいているように思えてワクワクしてきた。
関連リンク
- 電気通信大学などプレスリリース「独立制御可能な『第6の指』を身体化することに成功」