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ヒトや鳥とは異なるカエルの世界 性染色体の謎に迫る

2021.10.04

大谷有史 / サイエンスライター

 個体がオスになるかメスになるかを決める「性染色体」。その存在や特徴は多くの生物で明らかにされている。しかし、脊椎動物でも両生類であるカエルの性染色体は、ヒトや鳥とは異なることが分かってきた。広島大学両生類研究センター准教授の三浦郁夫さんらの研究グループは、染色体がその形を変える「異形」の特徴に注目し、その謎に迫っている。

カエルの染色体の謎を研究している広島大学両生類研究センターの三浦郁夫さん

哺乳類と鳥類が中心の生物学研究

 「大学生の頃、発生の実験で使うヒキガエルを採集に行ったときに水田でモリアオガエルの卵を見つけたんです。こんなところにも卵を産むんだ、ここに来ればモリアオガエルを見られるかもしれない。そう思って、同じ場所に毎日通ったんですよ。そうしたら、ある日突然、本当にモリアオガエルに出会って、その美しさに惹かれてしまって。本当に偶然に見ることができただけですが、それからずっとカエル一筋です」と笑って話すのは、広島大学両生類研究センターの三浦さんだ。現在カエルの性染色体についての研究を行っている。

 染色体は遺伝情報をもつ遺伝子を含んだ長い鎖のようなもので、2本の染色体が対になって存在している。性決定をする遺伝子を含む染色体を性染色体、それ以外を常染色体という。例えばヒトは、23対46本の染色体を持っていて、そのうち22対が常染色体、1対が性染色体だ。

 性染色体に限ったことではないが、生物学研究はどうしてもヒトをはじめとする哺乳類と鳥類が中心になっている。これらは脊椎動物と言われるグループに属している。しかし脊椎動物には他にもたくさんの種類の動物がいて、その全てが哺乳類と鳥類と同じ特徴を持つとは限らない。

 例えば哺乳類の性染色体研究について考えてみても、現在の調査研究は、今生息している哺乳類の一部を対象にしているのであって、全ての種類のことがわかっているわけではない。さらに、約2億年前に哺乳類が生まれた頃はどうだったかのかもわからない。しかし、脊椎動物の研究といえば哺乳類と鳥類の研究が大半を占める。そのせいか、性染色体も含めて、哺乳類と鳥類の特徴が脊椎動物全体の常識だ、と考えられている側面があるらしい。

台湾のカエル、染色体が三つ巴に融合

 さて、性染色体研究の中身に話を戻そう。鳥類と哺乳類だけは、性別を決定するパターンがそれぞれ1つに決まっている。でも実は、魚類、爬虫類、両生類など脊椎動物全体で見ると様々なバリエーションを持っているのだ。鳥類と哺乳類の特徴が脊椎動物の特徴だと思われがちだが、実はそうではない。

 生物学的に性別を決定する染色体は、例えばヒトの場合はXY染色体、鳥の場合はZW染色体だ。ヒトのXとY染色体、鳥のZとW染色体、それぞれ形が異なる異形の染色体2本の組み合わせで性別が決まっている。

スインホーハナサキガエル(広島大学提供)

 しかし、三浦さんたちのグループが調査した、台湾に生息するスインホーハナサキガエルでは少し違っている。オスはX染色体を3本とY染色体を3本、メスはX染色体を6本持っていること、これら6本の染色体は3本ずつ融合していることがわかったという。性染色体が常染色体と融合することは動物でも植物でも報告されており、特に珍しいことではない。しかし、今回融合した3本の組み合わせを調べると、染色体が三つ巴になって融合していたのである。

スインホーハナサキガエルの性染色体(上)と融合の様子(下)三つ巴状になって融合している(いずれも広島大学提供)

 カエルは性染色体も含めて、全部で13対26本の染色体をもっている。ヒトでは考えられないのだが、カエルは性染色体になりうる潜在的染色体を6つ持っている。そのうちのどれか1つが性染色体として使われ、残りの5つは常染色体として働く。

 今回の調査で融合が確認された3本の染色体は、この6つの潜在的染色体の中の3本だったのだ。性染色体になりうる遺伝子は、構造が似ているのではないかと考えられており、だからこそ必然的に6つの中から3本が融合したと考えられる。

カエルの潜在的性染色体(広島大学提供)

 もし、本当に3本の染色体が完全にランダムに選ばれたのではなく、必然的に潜在的染色体から選ばれるのであれば、性染色体と常染色体の融合について、新しい解釈を投じることになる。性染色体の進化の謎を解明する糸口になる可能性が高い。

 実は、今回調査したカエルの性決定に使った3本の性染色体のうち、1本は鳥の、もう1本はヒトの性決定遺伝子を持つものがあることも判明した。残りの1本についてはまだ何もわかっておらず、これについても今後研究を進めていく。

異形なのに同形の性染色体を持つツチガエル

 さて、ヒトや鳥の性染色体はXYやZWで形が異なっていることを紹介した。しかし、多くの脊椎動物は同形の性染色体を持っている。カエルも9割以上は同形だ。

 実は、性染色体はもともと同形だった。しかし、何かのきっかけで染色体の片方が形を変えて異形化した性染色体が生じることがわかっている。鳥類の場合は、鳥類に進化する最初に異形化し、ヒトを含む哺乳類の場合はカモノハシの仲間である単孔類と分岐した頃に異形化したと考えられている。

 一方で、魚類、両生類、爬虫類の場合は基本的に同形の性染色体を持つが、種や属、場合によっては集団の単位で異形化が起こる。ほとんど同形だけれど、ぽつりぽつりと異形のものが存在するので、性染色体にバリエーションがあると言える。

 異形化した性染色体は同形に戻ることはできない。そればかりか、損傷を受けたりして遺伝子を失い、徐々に小さくなる。このような異形化した染色体の退化は一般的によく知られている。しかし、日本固有種のツチガエルは少し事情が違うようだ。

ツチガエル(広島大学提供)

 カエルなどの両生類は同形の性染色体を持つものが多いが、ツチガエルの性染色体はバリエーションに富んでいる。まず、ヒトと同じXY型と鳥類と同じZW型の両方を持つ。このうちZW型はZとWの形が違う異形の染色体だが、XとYについては同形のグループと異形のグループ両方が存在している。

ツチガエルの性染色体グループごとの生息分布(広島大学提供)

 ツチガエルは、主に本州、四国、九州に生息していて、性染色体がZWなのかXYなのか、同形なのか異形なのか、で5つの地域グループにわかれている。三浦さんたちは、その中でも近畿地方に生息するNeo-ZWというグループの生息範囲を調査するなかで、これまで出会ったことのない、なんだか変だぞ?というツチガエルに出くわした。そのツチガエルのグループは、遺伝子的には異形の特徴を持っているのに、同形の性染色体を持っていたのである。

遺伝子的には異形なのに同形の性染色体(広島大学提供)

 よく調べていくと、同形の性染色体を持つ西日本グループと異形の性染色体を持つNeo-ZWグループの生息域境界付近で2つのグループが交雑して生まれたものであることがわかった。このグループを「Neo-西日本」と呼んでいるが、交雑して生まれた個体が同形の染色体を持つことは、大きな衝撃だった。

 性染色体は、異形化すると再び同形には戻らないというのがこれまでの常識であるため、子孫の性染色体が同形に戻るというのは、とても興味深い結果だ。もしかしたら、同形・異形両方の性染色体が存在する脊椎動物は、同形を積極的に選択している可能性がある。

進化研究にはもってこいの生き物

 実は、染色体が異形化すると不便なことがある。同形で構成する要素が同じ順に並んでいれば2つの染色体の間で一部が交換される、「乗り換え」という現象が起こることがある。一方で異形化した染色体は、要素の並び順が変わっていることが多く、乗り換えは起こらない。

 例えば、染色体上に存在する遺伝子が壊れるなどしたとき、同形の染色体があれば乗り換えられ、遺伝子が壊れた部分が正常に戻ることも可能だ。でも、乗り換えられない異形性染色体は、壊れた遺伝子がたまり続けることになる。そう考えると同形性染色体を持っている方が遺伝子的には有利になる。

 もしかすると、遺伝子的に有利な状態を好むために異形の性染色体をもつ個体と同形の性染色体の個体が交雑すると、同形の性染色体を持つよう選択されるのかもしれない。まだ、はっきりしたことはわからないため、今後の研究で明らかにされていくのだろう。

 「こんな例は、他にはないですからね。こういう仕事は他ではなかなかできにくいんですよ。ツチガエルは、性を決める遺伝子がXYとZWの2種類、そして染色体が同形と異形の両方が存在する。さらに、ツチガエルの性染色体パターンごとの生息域がきれいに分かれている。だから、性染色体の進化の研究をするにはもってこいの生き物なんですよ」と三浦さん。こんな動物は、世界を見渡してもなかなかいないそうだ。

種の保存に有利か不利か?

 ところで、性染色体にバリエーションがあった方が様々な変化に対応できる個体が生き残っていく可能性も高く、種の保存に有利な気がする。カエルをはじめとする両生類は、およそ3億年もの歴史がある。しかし、ヒトや鳥にはバリエーションがない。それは何故なのか? 種の保存に不利にならないのか? 三浦さんにたずねてみると、「鳥類は1億年、哺乳類は2億年も続いている。もしかしたら、恒温動物である鳥類や哺乳類にとっては異形の性染色体が都合が良い可能性もあるのかもしれない」ということだった。

 例えば、同形の爬虫類などは卵の温度が性の決定に大きく影響する。しかし哺乳類は大体が36~37度程度なので、もし同じ仕組みを持っていたらみんな性別が同じになってしまう。もちろんこれは例えばの話だが、おそらく異形の方が都合が良い理由があるのだろう。

 「脊椎動物といえば、哺乳類や鳥類が代表的です。でも、生物学は哺乳類や鳥類が全てではなくて、動物も植物もあるし生物全般もあります。その中の原理原則を見つけるのが生物学。だから、カエルの方から、同じ脊椎動物でも哺乳類や鳥類とは違うことがあるんですよ、ということを追求し、報告していきたい」と三浦さん。今後、カエルの世界からどんな報告があるのか楽しみだ。

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