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マスク効果で顔の魅力アップ!? コロナ禍で変わった印象

2021.09.24

一條亜紀枝 / サイエンスライター

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は終息の兆しがみえず、マスクの手放せない生活が続いている。近年、今ほど顔を隠して暮らした日々はない。接客や商談、面接の時もマスクを外せないのならば、マスク顔を少しでも好印象にしたいものだ。

 この問題に認知心理学の観点から取り組んでいる興味深い研究がある。マスクが顔の印象に及ぼす効果を測定、検証したもので、北海道大学の河原純一郎教授と福山大学の宮崎由樹准教授らの研究グループが、コロナ流行前後の変化を明らかにした。

マスク姿を想像すると…調査で浮かんだ疑問

マスクは人の魅力にどう影響するのだろう(河原純一郎北海道大学教授提供)
マスクは人の魅力にどう影響するのだろう(河原純一郎北海道大学教授提供)

 きっかけは10年ほど前。河原教授は、インフルエンザの流行期でも花粉症の時期でもないのに、マスクをしている学生たちがいることに気づいた。教室の中で1割に満たない人数ではあったが、「表情が読み取れないため、講義の内容が伝わっているのか分かりづらく、コミュニケーションの妨げになると感じました」。そこで、マスクによって見た目がどれだけ変わるのかを調べようと考え、2014年ごろから研究に取り組んできた。

 河原教授の研究室では、さまざまなアプローチで「注意」に関する研究を行っている。その中で、もともと顔や表情の研究をしていた。

 マスクの効果を調べるにあたり、まず、コロナ禍以前の2015年、着用時の印象について約300人を調査した。「マスクは魅力を上げるか、下げるか」「マスク着用者は健康的に見えるか、不健康に見えるか」という2つの質問に対し、白いマスクを着けた顔を想像して回答してもらったところ、「魅力を上げる」が44%、「下げる」が29%。また「健康的」が7%、「不健康」が50%という結果を得た。

2015年時点のマスク着用のイメージ(河原教授提供の資料より作成)
2015年時点のマスク着用のイメージ(河原教授提供の資料より作成)

 この結果に、河原教授は違和感を覚えた。「約半数の人がマスクは魅力を上げると想像し、同じく半数がマスクは不健康に見えるとした。果たして、不健康に見える人に魅力を感じる人がいるだろうか。それは通常だと考えづらい。やはり、実測しなければ事実は分からない」と思ったのだ。

コロナ禍以前、マスクは顔の魅力を下げた

 そこで、次のような実験を行った。

 (1)あらかじめ被験者とは別の人たちに約3000枚の顔写真を見せ、主観により、魅力が「高い」「中程度」「低い」の3グループに分類してもらう。その後、半数の写真にマスクを合成する。

 (2)3グループから22枚ずつ(マスクあり、なし各11枚)、計66枚を選ぶ。

 (3)約30人の被験者に写真を1枚ずつ見せ、魅力を1(非常に低い)から100(非常に高い)の数値で評定してもらう。

 その結果、もともと魅力が低いグループは有意差がなかったものの、全体としてはマスクを着けた方が魅力が低かった。予想通りだったが、注目すべきは、もともとの魅力が高いほど魅力の低下が著しいことである。

マスクが顔の印象に及ぼす効果(2016年、河原教授提供)
マスクが顔の印象に及ぼす効果(2016年、河原教授提供)

 この要因は2つ考えられるという。一つは「遮蔽(しゃへい)効果による平均化」で、マスクによって魅力も欠点も隠れてしまい、魅力の差が縮まること。もう一つは「不健康効果」で、マスクは不健康の象徴であり、魅力の度合いに関係なく一律に魅力を下げるというもの。つまり、魅力の高い顔はその良さが隠れる(=マイナス)上に不健康に見える(=マイナス)ため、もともとの魅力が大幅に下がる。これに対し魅力の低い顔では、欠点は隠れる(=プラス)ものの不健康に見える(=マイナス)ため、もともとの魅力に大きな変化はないと考えられるのだ。

 なお、魅力は個々人の好みによって差が出そうだが、被験者が評定した段階で、グループが入れ替わるまでの差は出なかった。心理学の研究では、多くの人が左右対称性や女性的、平均的といった身体的特徴、肌のきめ細やかさや血色の良さなどに魅力を感じることが、実証されているという。

コロナ禍で、マスクに不健康の印象なくなる

 2020年、コロナ禍によりマスク事情が大きく変わった。素顔よりもマスク顔が通常モードになったことで、マスクが顔の印象に及ぼす効果も変わったのではないか。そこで河原教授の研究グループは、再び実験してみることにした。

 まずマスクの着用率を調べたところ、北海道大学のある札幌市の街中では、ほぼ100%。また、動画サイト「ユーチューブ」で東京の電車の乗り換えシーンの動画を分析すると、コロナ禍以前はインフルエンザの流行期や花粉症の時期でも30%ほどだったのに対し、以降はほぼ100%だった。この結果から、マスク姿が不健康とはもはや誰も思わないと推測できる。となれば、2016年時点で顔の魅力を下げる要因だった不健康効果はなくなっているはずだ。

 実験手法も使った写真も、2016年と同じ。 魅力が「高い」「中程度」「低い」の3グループに分類した計66枚を被験者59人に評定してもらった。

 結果は予想通り。マスクをつけることで、魅力がもともと高い顔は魅力が下がり、低い顔は上がった。コロナの流行でマスクの不健康効果がなくなり、遮蔽効果のみが生じたのである。

マスクが顔の印象に及ぼす効果。2016年と21年の比較(河原教授提供)
マスクが顔の印象に及ぼす効果。2016年と21年の比較(河原教授提供)

印象を良くするマスクの色は

 では、もともとの魅力にかかわらず、少しでもマスク顔を良く見せる方法はないのだろうか。実は、ある。2016年と21年の実験から、マスクの色が顔の印象に影響することが裏づけられたのだ。河原教授によると心理学では、赤は血色の良さを連想させて見た目の魅力を上げることが知られている。そこでピンクのマスクで実験してみると、もともとの顔の魅力に関係なく、魅力が上がったという。

 では黒マスクはどうだろう。コロナ禍前の調査では、不健康に見えるという割合が白マスク以上に高かった。コロナ禍で割合は低下したものの、それでも白マスクよりネガティブな印象が強いようだ。

マスク着用のイメージの、コロナ禍前後の変化(河原教授提供の資料より作成)
マスク着用のイメージの、コロナ禍前後の変化(河原教授提供の資料より作成)

 研究成果は知覚心理学の専門誌「アイ・パーセプション」に6月27日に掲載されている。

河原純一郎教授(本人提供)
河原純一郎教授(本人提供)

 「100年ほど前にスペイン風邪が流行った時、人々は黒マスクを着けていました。でも廃れたわけですから、マスクをして顔を隠すよりも、外して顔を見せる方が良い影響をもたらしたはずです」と河原教授。「マスクが顔の魅力を高めるとしても、コロナ禍が終息したら、だんだんマスクをしなくなるでしょう」と予想している。

 その時まではマスクの色を意識して、顔の印象を良くしたい。ピンクをはじめ、さまざまな色の不織布マスクがあるので、似合う色を選べるはずだ。今は口元が見える透明マスクも流通している。そうした製品は介護職や保育士、手話通訳士など、コミュニケーションのために表情が重要となる職業の人たちはもちろん、口元や表情が見えず、コミュニケーションに不安を抱えている人にも有効かもしれない。

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