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彗星みたいな小惑星? 謎の天体「フェートン」はナトリウムを噴出か

2021.08.23

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 太陽系には惑星や衛星のほか、小さな天体が無数にある。代表的なのは彗星(すいせい=ほうき星)や小惑星だが、どちらとも言い切れない曖昧な星の存在が次々判明し、天文や宇宙科学の関心の的となっている。こうした星の一つ、小惑星「フェートン」について米国の研究グループは、彗星のように噴き出す物質の正体がナトリウムではないかとする研究結果を公表した。日本では、この星に探査機を送る準備が正式スタート。実態解明が進むか注目される。

気化したナトリウムを放出する小惑星「フェートン」の想像図(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)

物質を活発に放出する「活動的小惑星」

 夜空に美しい尾を描く彗星。その本体の主成分は氷の水で、ほかに二酸化炭素や一酸化炭素などのガス、ちりでできており「汚れた雪玉」と表現される。細長い楕円の軌道を持つものが多く、地球などの惑星の円に近い軌道とは対照的だ。太陽に近づく度に温まり、氷が蒸発してガスやちりとともに放出。これにより、太陽と反対の向きに尾を引く。一方、小惑星は主に岩石質で、太陽に近づいても特に目立って何かを放出することはない。

小惑星フェートンの軌道(白い楕円)と2021年8月23日時点の位置。水星(Mercury、ピンク)より太陽に接近する。軌道面は惑星のものとは大きくずれている(NASA提供)

 ところがこのところ、小惑星に分類される星の中に、物質を活発に放出する不思議な「活動的小惑星」の存在が続々と判明してきた。最もよく知られる星の一つ「フェートン」は直径5.8キロで、1.4年の細長い周回軌道を持ち、太陽に水星よりも接近して一時的に物質を放出する。最接近時、フェートンの表面温度は750度に達するという。日本の探査機「はやぶさ2」が訪れた「リュウグウ」と同じ炭素質の星で、氷はほとんど含まない。地球に極端に近づくことがある最大級の「潜在的に危険な小惑星」とされる。

 いったいこのフェートンは太陽に近づく際、何を放出しているのだろうか。米カリフォルニア工科大学と米航空宇宙局(NASA)の研究グループは仮説を立て、実験に挑んだ。同大のジョセフ・マシエロ氏はNASAの発表資料で「小惑星に比較的多く含まれているナトリウムに着目した」としている。

「小惑星と彗星の区別は複雑」

 仮説はこうだ。フェートンが太陽に接近して高温になると、ナトリウムは気化して宇宙へと放たれる。ただし、こうして既に枯渇したナトリウムは表面のものだけ。内部にはまだ残っており、今も太陽に近づく度に気化し噴出しているのではないか。

 そして1969年にメキシコに落下した炭素質の「アエンデ隕石」の破片を実験室に持ち込み、フェートンの太陽接近時の最高温度付近まで加熱した。実験後に調べると、破片からナトリウムは失われていたが、他の元素は残っていた。研究グループはこの結果が仮説と整合し、フェートンでも同じことが起きている可能性を示したとしている。

 小惑星と彗星の区別は氷の有無だけでなく、高温でどの元素が気化するかによっても異なるようだ。マシエロ氏は「ナトリウムが(フェートンのほか)いくつかの活動的小惑星の性質を説明できるかもしれない。小惑星と彗星の区別は、これまで私たちが考えてきた以上に複雑だ」とする。成果は米国の惑星科学専門誌「プラネタリー・サイエンス・ジャーナル」に16日に掲載された。

 なおフェートンが楕円軌道にまき散らしたちりは、地球で毎年12月に観察される「ふたご座流星群」の原因としても知られている。ちりが地球大気に飛び込んで流星となる際の発光の色から、ちりにはナトリウムが少ないことが知られている。

ふたご座流星群=2004年12月14日、茨城県常陸大宮市(国立天文台提供)

探査機送り「一発勝負」に挑む日本

 謎めいたフェートンに探査機を送るのが日本だ。深宇宙探査技術実証機「DESTINY+(デスティニープラス)」。地球出発後、航行中に宇宙空間のちりを捕集して分析。フェートンに近づくと複数のカメラで表面を詳しく観察し、放出するちりの軌道や化学組成を分析する。「はやぶさ」「はやぶさ2」のように着地したり物質を地球に持ち帰ったりはせず、その場で分析する。

フェートンを探査するDESTINY+の想像図(JAXA提供)

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の資料によると、フェートンに500キロまで近づいて探査する。相対速度は秒速36キロという高速で、シャッターチャンスはわずか数分間。すれ違いざまの一発勝負だ。ナトリウムというキーワードを打ち出した米国の成果に対し、どんなメッセージを伝えてくれるだろうか。

 航行技術でも意欲的な挑戦をする。探査機は従来、ロケットで惑星間空間に一気に投入されてきた。これに対しDESTINY+はロケットでいったん地球の周回軌道に投入し、省エネの電気駆動装置「イオンエンジン」で1~2年をかけて高度を上げ、月の引力なども利用して加速し(スイングバイ)、惑星間空間へ向かう。電力消費を抑える工夫も重ね、低コストでの探査機実現に道を開く。

 2011年度に研究者らが工学目的の実証機「DESTINY」として検討を始め、後に理学の目的もプラスし「DESTINY+」とした。科学機器の一部はドイツが開発する。今年5月1日にはプロジェクトチームが正式に発足。政府の宇宙基本計画工程表などによると、開発中の小型ロケット「イプシロンS」で2024年度に打ち上げる。

 彗星や小惑星などの小さな天体は、水金地火木…といった惑星に比べると一見、目立たない存在だ。だが大きな星に取り込まれて変質することなく、太陽系初期の状態を比較的よくとどめるタイムカプセルといわれる。フェートンをはじめとする活動的小惑星の謎解きの意義は、単に「彗星と小惑星の区別の見直し」という宇宙ファン向けの話にとどまらない。太陽系の歴史の理解はもとより、地球に生命が存在する謎をひも解くヒントが隠されているのかもしれない。

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