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「幽霊粒子」で宇宙の謎を解け! ハイパーカミオカンデが着工

2021.05.31

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 ノーベル賞のおかげで、日本人の耳に馴染みのある素粒子「ニュートリノ」。宇宙に満ちあふれるが、目に見えず触れもせず、私たちの体をどんどんすり抜けていく。「幽霊粒子」とも呼ばれるこの謎めいた存在こそ、物質や宇宙の成り立ちを探るのに重要な鍵を握るとして、研究者が日々、観測や理論研究を続けている。

 その次世代の観測施設「ハイパーカミオカンデ」が岐阜県飛騨市神岡町で着工し28日、東京大学が記念式典を開いた。現行の「スーパーカミオカンデ」の性能を飛躍させた後継施設として2027年度の観測開始を目指している。

「世界の先陣を切り成果を」

 ハイパーカミオカンデは素粒子の中で極端に小さく軽く、性質の理解が難しいニュートリノの観測を通じ、大きな成果を目指すのが基本コンセプト。地下650メートルに直径68メートル、高さ71メートルの円筒形のタンクを建設する。内壁にセンサー「光電子増倍管」を4万本取り付け、26万トン(うち観測に19万トン使用)の水を入れる。電気的に中性のニュートリノは物をすり抜けてしまうため、水分子に衝突して生じるかすかな光を検出する仕組み。地下に建設するのは、別の宇宙線による観測の妨げを抑えるためだ。

 スーパーカミオカンデに比べタンクの有効体積は10倍となり、100年分のデータが10年ほどで得られるようになる。光電子増倍管は感度を2倍に向上させ、取り付ける数も1万1000本から大幅に増やす。

ハイパーカミオカンデの模式図(左)と、性能を高めた光電子増倍管(いずれもハイパーカミオカンデ研究グループ提供)
ハイパーカミオカンデの模式図(左)と、性能を高めた光電子増倍管(いずれもハイパーカミオカンデ研究グループ提供)

 計画は東大と高エネルギー加速器研究機構を中核とし19カ国、約450人の研究者が参加。建設費のうち約500億円を日本が負担する。6日にトンネルの掘削を開始し、工事が本格的に始まった。28日に現地でオンラインを併用して開かれた記念式典で、山内正則・高エネ研機構長は「物理学において非常に重要な意義のある計画。世界の同様の計画と競い合い、先陣を切って成果を出してほしい」と力説した。

着工式典でくわ入れをする関係者と、オンラインによる列席者=28日、岐阜県飛騨市(取材用の中継画面から)
着工式典でくわ入れをする関係者と、オンラインによる列席者=28日、岐阜県飛騨市(取材用の中継画面から)

 顕微鏡であり、望遠鏡でもある

 小柴昌俊・東大特別栄誉教授(昨年11月死去)が初代施設「カミオカンデ」で、星の一生の終わりに起こる「超新星爆発」によるニュートリノを観測し2002年に、梶田隆章・東大宇宙線研究所長が後継のスーパーカミオカンデの観測でニュートリノに質量があることを発見し15年に、それぞれノーベル賞を受賞している。基本的な仕組みを引き継ぎつつパワーアップするハイパーカミオカンデは、素粒子を観察する“顕微鏡”と、天体や宇宙の現象を観測する“望遠鏡”の性格を併せ持ち、主に3つのテーマを掲げる。

 (1)295キロ離れた茨城県東海村の実験施設「J-PARC」から発射されるニュートリノや、自然界のニュートリノを精密に測定。宇宙の歴史で物質を構成する「粒子」が残る一方、電気的性質が反対の「反粒子」が消滅した現象「CP対称性の破れ」を、一部の素粒子に続いてニュートリノでも発見を目指す。現在の宇宙に物質があふれている理由を突き止めるための、大きなヒントを得られるかもしれない。

 (2)138億年前の宇宙の始まりには、力は1種類だけ存在し、やがて4種類に分かれたと考えられている。物理学が検証を目指すのは、4種類のうち重力を除く3種類をまとめて説明できる「力の大統一理論」だ。そこでこの理論が予言している、陽子の崩壊の発見を目指す。「ハイパーカミオカンデで見つかるのでは、と強い期待を抱いている。発見すれば素粒子物理学が大きく変わるインパクトを持つ」と山内機構長。

 (3)超新星爆発などから飛来するニュートリノを観測する「ニュートリノ天文学」に貢献する。爆発の仕組みなどの解明を目指す。「飛来する時間や数、エネルギーを時々刻々、詳細に観測できるのがハイパーカミオカンデの強み」と語るのは、実験代表者の塩沢真人・東大宇宙線研究所教授。可視光やエックス線、電波などの電磁波、宇宙線、重力波などによる観測と連携して「マルチメッセンジャー天文学」の一翼を担う。

「日本がホスト国、本当に素晴らしい」

オンラインで会見する梶田隆章・東大宇宙線研究所長
オンラインで会見する梶田隆章・東大宇宙線研究所長

 オンラインで会見した梶田所長は「ハイパーカミオカンデはサイエンスとして極めて重要だ、と世界中の研究者が思っている。構想から20年以上かかったが、日本がホスト国となってできるのは本当に素晴らしい。着実に建設を進め、良い成果がどんどん出てほしい」と述べた。

 ニュートリノの質量は未解明だが、ニュートリノ以外で最も軽い素粒子である電子の100万分の1以下なのだとか。ハイパーカミオカンデはこの極微の「幽霊」を手なずけ、巨大な宇宙の神秘をどんな風に解き明かしていくのだろう。

始まったトンネル掘削工事=6日、岐阜県飛騨市(ハイパーカミオカンデ研究グループ提供)
始まったトンネル掘削工事=6日、岐阜県飛騨市(ハイパーカミオカンデ研究グループ提供)

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