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人類や恐竜に道を開いた三畳紀の“恵みの雨”、原因は火山活動か

2021.01.12

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 恐竜が誕生し、多彩な種類へと進化して繁栄の足がかりを築いたのは、中生代三畳紀(2億5190万〜2億130万年前)のことだ。人類のルーツである哺乳類も誕生したらしい。生き物が大変革したこの時代をめぐり今、世界の研究が熱い。「大規模な火山活動が引き金となって雨が多く降ったのが大変革の原因」とする見解に確証がない中、九州大学などの研究グループが、これを支持する極めて有力な手がかりをつかんだ。地球史上繰り返し起こった大量絶滅の解明にもつながる、壮大な研究テーマになっている。

超大陸「パンゲア」に降った雨の謎

「カーニアン多雨事象」があったことを物語る、大量の土砂を含む地層(赤矢印)=イタリア北部・ドロミテ(九州大学提供)
「カーニアン多雨事象」があったことを物語る、大量の土砂を含む地層(赤矢印)=イタリア北部・ドロミテ(九州大学提供)

 古生代後半、世界の大陸が合体して超大陸「パンゲア」と超海洋「パンサラサ海」が生まれた。パンゲアは三畳紀末頃に分裂するまで、おおむね高温で乾燥していたようだ。ところが三畳紀のうち、2億3400万〜2億3200万年前の200万年ほどは、例外的に大量の雨が降ったことが明らかになっている。陸から海へと流れ込んだ土砂が、世界各地の地層に残っていることが、その証拠だ。1989年にイギリスの研究者が見いだしたもので、三畳紀の中の小さな時代「カーニアン」(2億3700万〜2億2700万年前)にこの現象が起こったことから「カーニアン多雨事象」と呼ばれている。

(九州大学提供)
(九州大学提供)

 この雨が陸の植生を変え、陸で風化した岩石などから海に流れた栄養分により大発生したプランクトンが海中の酸素を使い尽くすなどして、環境が大きく変化。その結果、恐竜が爆発的に多様化し、哺乳類が誕生するなど、生き物の様相が大きく変わったと考えられている。ただ、雨が多く降った原因はよく分かっていなかった。カナダの研究者が10年前に火山活動が原因だと主張したものの、そこで根拠とした北米北西部の玄武岩(火山活動でできる岩石の一種)の年代測定に不確かさが指摘された。そのため、多雨と火山活動が同じ時代に起きたのかははっきりせず、研究は袋小路に入り込んでいた。

 「この多雨は人類につながる生命の移行期に起きており、地球史上、極めて重要なできごとだったことがうかがえる。ぜひとも解明したい」。九州大学大学院理学研究院教授の尾上哲治(おのうえ・てつじ)さん(地質学)は研究の動機を振り返る。

手がかりは岐阜の地層に

 尾上さんらの研究グループは、岐阜県坂祝(さかほぎ)町の木曽川岸の堆積岩「チャート」に着目した。チャートはプランクトンの死骸が海底に降り積もってできた岩石。木曽川のものは化石が豊富で状態も良く、カーニアンを含む長い時代を細かく調べられることで世界的に有名だ。

木曽川岸に連なるチャート。左ほど新しい年代のもの=岐阜県坂祝町(九州大学提供)
木曽川岸に連なるチャート。左ほど新しい年代のもの=岐阜県坂祝町(九州大学提供)

 このチャートに含まれる元素「オスミウム」を調べたところ、前期カーニアンのものから、特有の同位体比が検出された。同位体比とは、ある物質がそこに存在するまでのプロセスを物語るとして、研究で広く利用されている指標だ。このオスミウムでは、特徴のある同位体比が長期間続いていた。このことから研究グループは、地球内部を構成する「マントル」の深部の物質が地表へ上昇する「スーパープルーム」に伴う大規模な火山活動によって、マントルのオスミウムが海洋に大量に送り込まれたと判断した。前期カーニアンに火山活動があったことが、こうしてはっきりした。

 さらに、火山活動と多雨の時代がピタリと一致することを、この時代の脊椎動物「コノドント」の化石の特徴と、各地の堆積物に含まれる有機物の炭素同位体比とを手がかりにして確かめた。こうして尾上さんの研究グループは「カーニアン多雨事象は火山活動で引き起こされた可能性が非常に高い」と結論づけた。

 尾上さんらが描く筋書きはこうだ。「パンサラサ海でスーパープルームにより大規模な火山活動が起き、地球が温暖化した。気温が上昇したことで、大気が水蒸気を多く含みやすくなり、雨が多く降るようになった」

オスミウム同位体比と有機炭素同位体比の分析から、大規模火山活動とカーニアン多雨事象が同時期に起きたと判明した。恐竜の多様化もこの時期に始まったと考えられている(九州大学提供)
オスミウム同位体比と有機炭素同位体比の分析から、大規模火山活動とカーニアン多雨事象が同時期に起きたと判明した。恐竜の多様化もこの時期に始まったと考えられている(九州大学提供)

因果関係の解明が次の難題

 尾上さんは「三畳紀には哺乳類など、現代につながる生物群が数多く出現した。その引き金となった火山活動の痕跡は、木曽川のチャートのすぐ近くにも玄武岩としてみられる。日本の地層に記録されていたことは大きな驚きだ」と述べている。

 この研究には九州大学のほか熊本大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)などが参画し、イタリアの研究者が協力した。成果は国際地球科学誌「グローバル・アンド・プラネタリー・チェンジ」の電子版に11月25日に掲載され、九州大学などが先月発表している。

 火山活動と多雨が同時に起きたという今回の成果は、生命の歴史の解明に向けた大きな飛躍となったことは間違いない。ただし、先に「筋書き」として記した両者の因果関係は、いわば“極めてもっともらしいストーリー”であり、まだ根拠を示せた訳ではない。意地悪な言い方をすれば、たまたま同時に起きただけかもしれない。この関係を何らかの方法で解明することが、越えるべき次の高いハードルとなった。

「もう一つの大量絶滅」世界に衝撃

 研究グループは今回、この大規模な火山活動に関する重要な仮説を見出した。

 大規模な火山活動でできた玄武岩の地域は、北米北西部や日本のみならず、ロシア極東など環太平洋のあちこちに存在する。尾上さんはこのことを長年、不思議に思ってきたが、いずれも同じ前期カーニアンにできたものだったことが分かってピンときた。「これらはもともと、一つの同じ火山活動でできたのではないか」

 この時代にパンサラサ海の真ん中にスーパープルームがあり、そこに巨大な玄武岩の地域ができた。その後、パンゲアの分裂と並行して海洋プレート(岩板)が移動し、玄武岩地域が分裂した結果、現在のように各地に点在しているのではないか。そしてこの火山活動こそが、カーニアン多雨事象の引き金になったのではないか。

仮説に基づくカーニアンの地球。パンサラサ海で起きた大規模火山活動が引き金となり、多雨事象が起きた。この時に噴出した大量の玄武岩が海洋プレートの移動により分裂し現在、北米北西部や日本など環太平洋各地に分布していると考えられる(九州大学提供)
仮説に基づくカーニアンの地球。パンサラサ海で起きた大規模火山活動が引き金となり、多雨事象が起きた。この時に噴出した大量の玄武岩が海洋プレートの移動により分裂し現在、北米北西部や日本など環太平洋各地に分布していると考えられる(九州大学提供)

 カーニアン多雨事象は最近、大きな注目を集めている。というのも、昨年9月に「この時代、恐竜を大繁栄へと導いた未知の大量絶滅が起きていた」などとする論文を海外の研究グループが発表し、衝撃を与えたばかりだからだ。米科学誌「サイエンス・アドバンシズ」に掲載された。もし本当なら、既知の5回の大量絶滅のうち3回目と4回目の間に起きており、また今回の尾上さんらの成果から、その引き金は火山噴火だった可能性が高いことになる。

「生命の命運はかなり、岩石が握ってきた」

九州大学教授の尾上哲治さん(同大提供)
九州大学教授の尾上哲治さん(同大提供)

 大量絶滅は恐竜が絶滅した白亜紀末(6600万年前)の、天体衝突が原因とされるものがよく知られている。大量絶滅をめぐっては、既知のうち3回目である古生代ペルム紀と中生代三畳紀の境界(2億5190万年前)のものが、火山活動が原因だったことが確実視されている。ほかの大量絶滅の際にも少なからず、火山活動があったと指摘されている。

 今回の研究では、火山活動の最盛期に海が無酸素化したことも分かっている。火山活動と大量絶滅との関係が地質学や古生物学にとって、今後の大きな研究課題になることは疑いない。

 尾上さんは「人類につながる進化の歴史を知りたいとの思いが、研究の原動力になっている。生物はかつてどんな危機を乗り越えたのか、あるいは、どんな時に絶滅したのかは、実に興味深い。岩石の化学的、物理的な変化がかなり、生命の命運を握ってきたように感じている。何の役に立つかはよく分からないが、こうした研究は生命の今後を考える道しるべにもなるのでは」と語っている。

 人類の繁栄や他の生物の大量絶滅はいったい、どのようにして起きてきたのだろう。われわれが挑んできたこの謎解きは今、かなり面白いところに差し掛かっており、地学の教科書が大きく書き換えられる「前夜」にあるようだ。

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