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狙った特徴をもつ分子をAIが設計 その機能検証に成功!

2018.11.01

大谷有史 / サイエンスライター

 AI(人工知能)将棋、AIを利用したスマート家電、AIによる病理診断……。近年、あらゆるところにAIが使われるようになり、その言葉を聞かない日はないほどだ。なるほど、AIというものを使えばなんだか生活が便利になったり、今までできなかったことができたりしそうな気がする。では、そのAIが化学の研究に使われると、どんなことができるようになるのだろうか?

苦労の割にうまくいかない分子設計

 理化学研究所、物質・材料研究機構、東京大学の研究グループは、AIに「狙った機能を持ち、実際に人間が合成できる分子」を設計させることに成功した。

 分子は、物質を細かく分けていったとき、その性質がなくならずに残っている最小の粒だ。医薬品や農薬、スマートフォンのディスプレー、撮影した写真や音楽データを記録するメモリー、ペットボトルや発泡スチロール。これらはすべて、それぞれの機能に関わる特徴を持つ「分子」がもとになっている。このように、私たちの身の回りは様々な機能を持つ分子であふれているのだが、そうした特別な機能を持つ分子を設計し、実際に合成することは、じつはとても難しい。

 たとえば医薬品や農薬。昔は、私たちにとって有益な機能を持つ分子を動植物から取り出して構造を調べ、同じものを作ったり、少し変形させたものを作ったりして目指す機能を持たせるという方法で開発されてきた。これには、多くの知識や経験が必要だ。さらに大変なのは、自然界にまったく存在しない分子の場合だ。化学だけではなく、医学や薬学、農学などの多くの知識を駆使して分子の構造を設計する。この過程には、多くの時間と労力が必要だ。

 また、こうして分子が設計できたとしても、あくまで「このような形の分子なら、こういう機能を持つ」という可能性を理論のうえから示しただけなので、実際に合成しようとしてもうまくいかないことが少なくない。その結果、狙った機能を持つ分子ひとつの合成に、予想以上の時間と労力がかかってしまう。

AIに分子を設計させる

 これは医薬品や農薬に限ったことではない。ある機能を持った物質を一から作り出すときには、つねにこの大変さがついて回る。狙った機能を持ち、実際に合成可能な分子を効率よく設計するには、どうすればよいか。そして研究者たちが考えついたのは、人間より多くの情報を扱うことができる「AI」と「コンピューターシミュレーション」を使う方法だ。

 じつは、コンピューターを使った分子の設計はすでに行われてきた。しかし、これまでの方法は、分子についての様々な情報を、あらかじめ人手で網羅的にコンピューターに入力しておかなければならず、その手間が大変だった。

 この問題を解決するために使われるようになったのが、人間の脳に似た機能を持つAIに、分子について深く学習させる方法だ。この方法では、人間が教え込まないことまでAIがみずから学習し、それを判断や推測に反映させる。つまりAIは、あらかじめ入力された「人間の知識と経験」に加え、そこから「AI自身が学習して得た知識」も分子を設計するための情報として使うことができる。人間には思いもつかなかった分子を設計できる可能性があるのだ。

分子を設計(分子生成)し、シミュレーションによって特徴や安定性を予測、評価する。この評価の結果を、次の分子生成に反映させている。MCTS、RNN、DFTは、いずれも研究手法の名称。
分子を設計(分子生成)し、シミュレーションによって特徴や安定性を予測、評価する。この評価の結果を、次の分子生成に反映させている。MCTS、RNN、DFTは、いずれも研究手法の名称。

AIとコンピューターシミュレーションは人間の技を超えるか?

 理化学研究所などの研究では、分子の内部で働く力の法則、分子と分子の間で働く力の法則など、分子の構造を決めるのに必要な基本的な法則を、あらかじめAIに教えた。そのうえで、「特定の光を吸収する分子を設計せよ」という課題を与えた。その結果、AIは、なんと2日間で3200個もの分子を設計したのだ。

 しかし、この時点でAIが出した結論は、「特定の光を吸収する分子として、このような構造のものが考えられる」というだけで、それが実際に合成できるのか、本当にその光を吸収するのかといった詳細は、まだわかっていない。まだ「可能性」の段階なのだ。

 これを先に進めるのが、コンピューターシミュレーションだ。10日間に及ぶシミュレーションの結果、はじめにAIが見つけ出した3200個の分子の中に、特定の光を吸収する可能性を持つ分子が86個含まれることがわかった。さらに調べてみると、この86個のうち実際に合成された実績のあるものが6個含まれていて、そのうち5個の分子については、狙いどおり、特定の波長の光を吸収することもわかった。となれば、いまだ合成されたことのない残りの80個も有望だ。

 繰り返すが、ここまでにかかった日数はわずか12日。こんな短時間で3200個もの分子を設計し、その中から有望な86個を選び出すなんて、私たち人間には不可能といえるだろう。

はじめに述べたように、これまで人間は、自然界にある分子をもとに様々な機能を持つ分子を作り出してきた。これは、素晴らしいことだ。しかし、私たちがどんなに多くの知識を持っていても、一人ひとりが持つ知識の量や知識の組み合わせで得られる情報は限られてしまう。今回の研究で明らかになったのは、人間がこれまで考えつかなかったような「私たちが望む機能を持つ分子」をAIが発見してくれる可能性だ。今後、この研究が発展することで、より有用な機能を持つ分子の開発が進むことが期待されている。

(サイエンスライター 大谷有史)

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