サイエンスクリップ

新発想!スタンプラリーで防災・減災の訓練と教育を

2017.12.11

丸山恵 / サイエンスライター

 防災訓練と聞いて何を思い浮かべるだろうか?避難経路や集合場所の確認、救助のシミュレーションなど、決められたメニューをこなすのが典型的な防災訓練のイメージかもしれない。それを覆す新しい防災訓練ツール「防災・減災スタンプラリー」をシヤチハタ株式会社、東北大学災害科学国際研究所、東北大学学際科学フロンティア研究所が共同で開発した。スタンプラリーで避難経路をたどりながら、災害時の行動について自分で考える。スタンプラリー実施前のレクチャーや実施後のディスカッションを通した総括的な防災教育を紹介しよう。

東日本大震災で生まれた問いに答えながら自分の「防災タイプ」を知る

 防災・減災スタンプラリーは、子どもから大人まで、誰もが簡単に取り組める構成だ。避難訓練で、避難経路のスタートからゴール(避難所)までに設置された6つのチェックポイントでスタンプを押す。

図1.防災・減災スタンプラリーの流れ。避難経路を回り、チェックポイントで設問に対する自分の考えに近いスタンプを選ぶ 出典:プレスリリース
図1.防災・減災スタンプラリーの流れ。避難経路を回り、チェックポイントで設問に対する自分の考えに近いスタンプを選ぶ 出典:プレスリリース
写真1.チェックポイントに設置されるスタンプ 出典:プレスリリース
写真1.チェックポイントに設置されるスタンプ 出典:プレスリリース

 スタンプラリーの顔とも言えるスタンプ(写真1)は、ひとつのチェックポイントに5つ設置される。全部押したくなってしまいそうな愛らしさが溢れるが、押せるのはひとつ。各チェックポイントに用意された設問に対する自分の考えに一番近いスタンプたったひとつだ。

図2.チェックポイントに設置される設問パネルと回答パネルの例 出典: シヤチハタ ホームページ
図2.チェックポイントに設置される設問パネルと回答パネルの例 出典: シヤチハタ ホームページ

 設問は全て、「いざという時、◯◯◯は、どうすればいいか考えてみよう」というスタイルになっている。◯◯◯には、次に挙げる災害時の大きな課題6つを当てはめ、参加者に自らの行動をイメージさせる。

いざという時、どうすればいいか考えてみよう

 これらの6テーマは、東日本大震災での多くの課題から、どの地域でも問題となりそうなものを厳選したという。6つという数字は、スタンプラリーの形式をとる上で、自分の答えを見つけながら実施し、事後のふり返りで中身を定着させるのにちょうどいい数と考えられた。

 例えば5の設問「いざという時、避難所の食事はどうすればいいか考えてみよう」の回答は次の5つ。回答に答えはなく、全ての答えが正解だ。あなたならどれを選ぶだろうか?

図3.設問「いざという時、避難所の食事はどうすればいいか考えてみよう」に対する回答選択肢 出典: シヤチハタ ホームページ
図3.設問「いざという時、避難所の食事はどうすればいいか考えてみよう」に対する回答選択肢 出典: シヤチハタ ホームページ

 赤、緑、青はそれぞれ、「自立タイプ(自助)」「協力タイプ(共助)」「支援タイプ(公助)」のアクションを意味する。ゴールでは、スタンプ台紙に色とりどりの花が咲く。どの色が多いかで、参加者の防災タイプ(自助/共助/公助のいずれのタイプか)が分かるという。

写真2.スタンプが全部そろうと、各自の防災タイプが見えてくる 出典:プレスリリース
写真2.スタンプが全部そろうと、各自の防災タイプが見えてくる 出典:プレスリリース

スタンプラリーの前後で、総括的な防災教育

 防災・減災スタンプラリーは、これまで東北地方の小学校や、インドネシア、フィリピン、タイなど東南アジア諸国でも実施されてきた。スタンプに言葉の壁はないのだ。スタンプラリー後のアンケート調査では、5段階で4.61の高評価を得ているという。その決め手は、スタンプラリーだけで終わらない総括的なプログラムだろう。というのも、防災・減災スタンプラリーでは、その前後に、防災の専門家による防災・減災についての事前レクチャーと事後ディスカッションを行っているのだ。

 例えば、事後ディスカッションでは、少人数グループでお互いに自分が選んだスタンプやその選択理由を共有する。たったひとつのシチュエーションでも、個々の意見が5つに分かれることもあるそうだ。いろいろな立場の考えを知ると、家庭での備えには多様な考え方で取り組む必要があることが分かる。また、例えば、避難所のルール作りで、集団生活への創意工夫を取り組むための最適な役割分担が自然と見えてくる。他の人の考えに対し、「そういう考え方もあるんだな」と受け入れるこうした事前訓練が、ストレスの多い避難所生活でのトラブルを未然に防ぐことにもつながるだろう。

個人、コミュニティ、地域レベルで柔軟に対応できる人材育成を目指して

 開発と実証に2年も要したという防災・減災スタンプラリー。このような新しいコンセプトの防災教育ツールが誕生した背景には、変わりつつある防災教育の現状があった。開発に携わった東北大学災害科学国際研究所の保田真理(やすだ まり)さんは、現状の防災・減災は“熱が出たから解熱剤”というように対処療法を考えがちだが、考え方にもう少し幅が必要だと話す。

 私たちは、災害で一時的に身を守った後も災害時を生き抜かなくてはならない。災害対応は誰かが担当するものではなく、個人から地域行政まで社会全体で対応していくものだ。災害時の問題点を広い視野で想定することは、その解決のために自分ができることと一人では難しくても周りと連携すればできること、地域全体で有用な対策を考えるべきことの違いを区別して判断し、より適切でフレキシブルに行動する“対応力”を育てることにつながる。このような、「個人/コミュニティ/地域」の各レベルでの対応を整理して考えられる人材の育成を理念に、「学習は楽しくないと深まらない」の考えを加えて、防災・減災スタンプラリーは誕生した。

評価される日本人の防災意識

 災害時の日本人の秩序ある行動が、世界の人たちを驚かせたという報道を耳にしたことはないだろうか。そんな日本人の災害に対する姿勢について、保田さんは次のように話す。

 「日本では、支え合うことが当たり前で、そのためには個人が自立する必要があることを、社会全体が理解しています。またこの点は、他の国からも高く評価されています。災害が多発する小さな島国で生き抜くには、一つの船で生活しているような“共同体”を大事にする考えが自然と受け継がれ、みんなで生きようとする社会が構築されてきたのではないでしょうか。また、そのような共同体意識を醸成する社会の背景には、国の隅々まで平等に及んでいる災害政策の存在も大きいといえそうです」

 保田さんによれば、日本人の繊細な考え方は、災害の対応にも現れるという。例えば、人の死の捉え方では、日本人は犠牲者への思いがアジア諸国の中でも特に強く、生き残った人の心のダメージが大きく復興の進捗にも影響があるほどだという。また、社会的な考えの中には「同じ過ちを繰り返さない」という考え方が存在するという。私たちが常識と思っていた行動や思考に、このような背景が存在していたとは興味深い。

おわりに

防災・減災スタンプラリーは、30?60人程度の団体向け、1班5?8(最大10)名、6班での実施を推奨している。1セット(スタンプ30個)99,000(税抜)で販売され、英訳つきの設問と回答パネルは無料でダウンロードできる。団体用ではあるが、このイメージトレーニングは個人でもぜひ取り入れたい。従来の防災訓練で行う命を守る行動シミュレーションに加え、このプログラムによって、周りの人びとと共に災害時を乗り越えるトレーニングを日ごろから意識して行い、近い将来、確実に訪れるとされる“その時”に備えたい。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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