サイエンスクリップ

急性骨髄性白血病の根治を目指す、新たな治療法につながる化合物発見

2017.12.07

北原逸美 / サイエンスライター

 急性骨髄性白血病には、抗がん剤、骨髄移植、臍帯血移植などの治療があるものの、再発率が高く、死亡者も少なくない。そのため、再発を防ぎ根治する治療法が強く望まれている。石川 文彦(いしかわ ふみひこ)理化学研究所統合生命医科学研究センターヒト疾患モデル研究グループディレクターらの研究グループは、急性骨髄性白血病に優れた効果を発揮する治療薬の候補となる化合物を発見した。

白血病とはどんな病気か

 白血病は血液のがんである。赤血球、白血球、血小板などの血液細胞ががん化し、増殖することで、貧血、出血、微熱などの症状が出る。また、がん化した細胞のタイプによって「骨髄性」と「リンパ球性」に分けられる。リンパ球性白血病では分化するとリンパ球(白血球の一部)になるはずの細胞ががん化し、骨髄性白血病ではリンパ球以外の白血球、赤血球、血小板になるはずの細胞ががん化する。また白血病は、病気の進行の速さによって「急性」と「慢性」に分けられる。慢性白血病は、がん細胞の増殖が比較的遅く、正常な血液細胞に分化成熟する働きが保たれているもので、急性白血病が慢性化したものではない。日本では、白血病の約8割が急性白血病である。急性白血病の中で、成人では8割が骨髄性なのに対し、小児では8割がリンパ球性である。

 慢性骨髄性白血病では、発症の原因となる遺伝子異常が全ての患者で同じであるため、その異常を手がかりとした治療によって、多くの患者が長く生きられるようになった。一方、急性骨髄性白血病では、抗がん剤治療、骨髄や臍帯血などの造血幹細胞移植治療※1などがあるが、再発率が高く、死亡する人が少なくない。米国では毎年約2万人が発症し、その半数以上が死亡する現状にある。日本でも、毎年約6,000人が発症し、約3,000人が死亡、最新の5年生存率は27%と報告されており、決定的な治療法の確立にはまだ至っていない。(急性骨髄性白血病についてより詳しく知りたい方は、「国立がんセンター」ホームページを参照のこと)

※1 骨髄や臍帯血などの造血幹細胞移植治療/健康な提供者の骨髄や臍帯血に含まれる造血幹細胞を移植することで、患者の造血機能を回復させる治療法。

独自に開発した「ヒト化マウス」で急性白血病に関わる遺伝子を追究

 白血病は、体内に生じた白血病の元となる細胞(白血病幹細胞)から、白血病のがん細胞(白血病細胞)が分化、増殖して発症する。したがって白血病を治すには、この白血病幹細胞を死滅させる必要がある。石川氏らの研究グループはこれまでに、白血病の患者らから得られた白血病幹細胞を出生直後の免疫のないマウスに移植することにより、拒絶反応を起こさずに患者の病態を再現する「ヒト化マウス」を開発してきた。

 そして2013年に、急性骨髄性白血病のヒト化マウスを使って、正常な造血幹細胞には発現※2せず、白血病幹細胞にのみ発現する遺伝子を複数同定した。さらに、その中のFTL3という遺伝子に異常があり、従来の抗がん剤に治療抵抗性を示す患者由来ヒト化マウス対して、「RK-20449」という低分子化合物がFLT3タンパク質※3の異常なシグナルを阻害するのに有効なことを明らかにした(写真1)(参考:理化学研究所2013年4月18日プレスリリース「白血病再発の主原因「白血病幹細胞」を標的とした低分子化合物を同定」)そして、この画期的な成果に対して、石川氏は第10回(平成25年度)日本学術振興会賞を受賞している。(参考:第10回(平成25年度)日本学術振興会賞HPより)

※2 発現/タンパク質合成を起こすための遺伝子のスイッチがオンになること。

※3 FLT3タンパク質/細胞表面に発現し、細胞外からリガンドが結合すると免疫細胞に分化などのシグナルを伝える役割をする。

 石川氏はこのときの成果をこう振り返る。「しかし、近年の遺伝子解析技術の発展に伴い、急性骨髄性白血病では、患者ごとに複数の異なる遺伝子異常が存在することが明らかになってきました。そのうちのどの遺伝子異常が発症に不可欠で、かつ治療の標的として最適なのかも分かっていませんでした」

写真1.2013年4月のプレスリリースより。ヒト化マウスの骨髄で、低分子化合物「RK-20449」により白血病細胞が減少し、正常な造血が回復する様子。(上段)急性骨髄性白血病が発症すると、骨髄では赤血球など正常な血液を作ることができず、貧血(真っ白になった骨髄)になる。(中段上)従来の抗がん剤を投与しても貧血は改善されない。(中段下)RK-20449を6日間毎日投与すると、貧血が改善された。(下段)RK-20449を52日間毎日投与すると、骨が正常に近い外観を維持した 提供:理化学研究所(以下の図も全て)
写真1.2013年4月のプレスリリースより。ヒト化マウスの骨髄で、低分子化合物「RK-20449」により白血病細胞が減少し、正常な造血が回復する様子。(上段)急性骨髄性白血病が発症すると、骨髄では赤血球など正常な血液を作ることができず、貧血(真っ白になった骨髄)になる。(中段上)従来の抗がん剤を投与しても貧血は改善されない。(中段下)RK-20449を6日間毎日投与すると、貧血が改善された。(下段)RK-20449を52日間毎日投与すると、骨が正常に近い外観を維持した 提供:理化学研究所(以下の図も全て)

患者提供の細胞から治療のための標的を突き止める

 急性骨髄性白血病の発症メカニズムと治療の標的を明らかにするためには、造血幹細胞から血液細胞に分化成熟するどの段階で、どのような遺伝子異常が生じれば正常な血液が白血病の血液に変化するのかを突き止める必要がある。そのために研究グループは、虎の門病院(東京都港区)の急性骨髄性白血病の患者らから血液の提供を受け、それぞれの患者の病態をヒト化マウスで再現して、正常な状態から白血病を発症するまでの段階を調べた。その結果、発症段階は患者によって異なり、多くの場合は幹細胞が少し分化した前駆細胞の段階で、白血病細胞に変化していることが分かった。

 次に、どの遺伝子異常が発症に不可欠なのかを調べるために、研究グループは、それぞれのヒト化マウスから正常な造血幹細胞と白血病幹細胞を一つずつ取り出し、1幹細胞ごとの遺伝子解析を繰り返した。その結果、FLT3遺伝子に異常が生じると、白血病を発症することが分かった(図1)。

図1.複数の遺伝子に異常があっても、FTL3遺伝子に異常を生じないと白血病細胞を発症しない。大きな丸が細胞を、細胞内の小さな丸は遺伝子異常ではあるが白血病に変化させない遺伝子異常を、赤い三角は白血病を発症させる引き金となるFTL3遺伝子異常を表わしている
図1.複数の遺伝子に異常があっても、FTL3遺伝子に異常を生じないと白血病細胞を発症しない。大きな丸が細胞を、細胞内の小さな丸は遺伝子異常ではあるが白血病に変化させない遺伝子異常を、赤い三角は白血病を発症させる引き金となるFTL3遺伝子異常を表わしている

 前述のように、急性骨髄性白血病では患者ごとに複数の異なる遺伝子異常が生じている。果たして、FLT3遺伝子異常による影響を断ち切るだけで有効なのだろうか。

 これを検証するために、FLT3遺伝子異常に加えてほかの遺伝子異常も生じている19人の患者の白血病細胞を使い、それぞれの病態を再現するヒト化マウスを作製し、RK-20449を投与した。すると、全てのヒト化マウスの体内で、患者由来の白血病細胞が減少した。なかでも、5人の患者由来の白血病細胞は、血液中だけでなく、白血病が発症・再発する骨髄でも、ほぼ全てが死滅していた(成功率:19人中5人≒25%)。つまり、複数の遺伝子に異常が起きていても、発症の原因となるFLT3遺伝子異常による影響をRK-20449でたたけば、白血病を根治できる可能性がある。しかし残る14人の症例では、白血病細胞は著しく減少したものの、一部死滅しない細胞が存在した。そのため研究グループは、次にこれらの白血病細胞がなぜRK-20449に治療抵抗性を示すのか原因を探った。

2剤の併用投与で症例の約8割を根治に導くことを発見

 細胞は、細胞を生かし続ける方向もしくは細胞死へと向かわせる方向へと誘う複数のタンパク質が作用することで、不要な細胞が死んで必要な細胞が生存するというバランスを保っている。だが、患者らの細胞を調べたところ、本来は細胞死に誘導されるべき白血病細胞が強く生きようとして、細胞の生存に必要なタンパク質が働き、正常な細胞の生死を決めるバランスが失われていることが明らかになった。さらに調べると、RK-20449投与で死滅しなかった白血病細胞では、「BCL2タンパク質」が細胞を生かし続ける方向へと作用し、RK-20449の効果を阻んでいたことが分かった(図2)。

図2.RK-20449を投与した白血病細胞の模式図。BCL2タンパク質が強く作用して、細胞生存・治療抵抗性に向かうが(左)、BCL2タンパク質の作用を止めることにより、白血病細胞の治療抵抗性を克服して、細胞死が誘導される(右)。その結果、治療の有効性が上がる。図中のBCLxL、MCL1、BAD、NOXA、HRKは細胞の生死にかかわるタンパク質を表している
図2.RK-20449を投与した白血病細胞の模式図。BCL2タンパク質が強く作用して、細胞生存・治療抵抗性に向かうが(左)、BCL2タンパク質の作用を止めることにより、白血病細胞の治療抵抗性を克服して、細胞死が誘導される(右)。その結果、治療の有効性が上がる。図中のBCLxL、MCL1、BAD、NOXA、HRKは細胞の生死にかかわるタンパク質を表している

 そこで、研究チームは再度、ヒト化マウスを用いて調べることにした。RK-20449に治療抵抗性を示す14症例のうち12症例に、RK-20449とBCL2タンパク質の作用を止めるBCL2阻害剤(低分子化合物)を併用投与したのだ。すると、9症例で白血病細胞が死滅した(成功率:12人中9人=75%)。

 以上の結果をまとめると、RK-20449投与による白血病細胞死滅が症例の25%、残り75%の症例にBCL2阻害剤を投与したうち、75%の症例で白血病細胞が細胞死へと誘導され死滅した。すなわち、「FLT3遺伝子異常を持つ症例」の約8割(0.25+0.75×0.75≒0.8)で、白血病細胞を根絶させることに成功したのだ(図3)。残りの2割の症例でなぜ白血病細胞を根絶できないのかは、まだ分かっていない。石川氏は「引き続き、原因究明のための研究を進めていきます」と話す。

図3.2種類の化合物でFLT3遺伝子異常を持つ急性白血病の症例の約8割を根治した
図3.2種類の化合物でFLT3遺伝子異常を持つ急性白血病の症例の約8割を根治した

2019年の臨床試験開始を目指す

 FTL3遺伝子異常を持つ急性骨髄性白血病の患者は全体の20〜25%といわれ、同患者の一部であるともいえる。しかし、FTL3遺伝子異常は白血病の遺伝子異常の中では最も多く、また悪性度も最も高い。したがって、今回の成果は、全ての症例に適用できるものではないが、最も予後不良で治療の難しい症例に対して効果を発揮するという点で重要といえるだろう。

 理研は2016年6月に、急性白血病治療法の開発を目的としたベンチャー企業のフラッシュ・セラピューティクス(米国マサチューセッツ州ボストン)をハーバード大学と共同で設立している。既に投資家からの投資を受けており、石川氏は「1年半から2年後には、RK-20449と BCL2阻害剤の併用投与に対する臨床試験※4を虎の門病院またはハーバード大学で始めたい」と考えている。

 RK-20449については、一般毒性、免疫毒性、遺伝毒性などの安全性試験は既に終了している。さらにRK-20449の分子構造を少し変化させることで、より高い効果の候補化合物を見つける研究も行っている。またBCL2阻害剤については、製薬会社のアッヴィとロシュが共同で白血病に対する経口薬として既に作製し、現在、日本でも臨床試験が進められている。RK-20449も経口薬にして、アッヴィ/ロシュのBCL2阻害経口薬との併用で、将来的には外来での治療ができるようにする方針だ。

 石川氏の原動力は、まだ若い医師だったころ、九州大学病院で治療していた白血病の患者と過ごした日々にあるという。研究者となった今は、「この努力を続けていたら患者さんを助けられる日がきっと来る」と自らに言い聞かせ、日々を過ごしている。そして、「私たちの研究を長い間サポートしてくださっている虎の門病院の患者さん、そのご家族、病院の診療スタッフに恩返しができるように、また、この病気と闘っている全国の患者さんを助けるために、この成果を臨床の現場に安全で速やかに持っていけるよう尽力したい」と語る。真っ直ぐに白血病根治の研究に向き合う石川氏の取り組みに、人一倍の誠実さと忍耐強さを感じた。

※4 臨床試験/病気に対する新しい薬や治療、診断方法などの有効性や安全性などを検討するために、患者や健康な人を対象として行われる試験。

(サイエンスライター 北原 逸美)

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