サイエンスクリップ

子どもが楽しく学べる遺伝子ワークブック、東北メディカル・メガバンク機構が制作

2017.05.15

 東北大学東北メディカル・メガバンク機構ゲノム医学普及啓発寄附研究部門は、幼児から小学生の子どもたちが遺伝子について楽しく学ぶことを目的に、ワークブック「親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳」を制作し、2017年3月に発行した。全20ページ、オールカラーのワークブックは、やさしいタッチのイラストがまるで絵本のようで、“遺伝子は難しい”というイメージを和らげる工夫であふれている。シールを貼ったり、2つの絵の違いを探したり、あるいはカードで絵合わせをしたりと、幼い子どもでも手を動かしながら遊び、学べる要素がちりばめられている。専門用語を分かりやすく噛み砕いた解説は、科学コミュニケーションに携わる人たちにも役立ちそうだ。

図1.「親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳」の表紙 出典:プレスリリース
図1.「親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳」の表紙 出典:プレスリリース

大人も楽しめる!?その内容は…

 ワークブックは4つのトピックを柱とした、とてもシンプルな構成だ。1)生き物と遺伝子の数、2)DNA、3)セントラルドグマ、4)体質、のそれぞれのトピックで、簡単なワークの後に解説が続く。解説は、“ドクターすにっぷ”という登場人物が担当する。独特の雰囲気を醸し出す彼の言葉は、短く無駄がない上にポイントを得ていて読みやすい。ちなみに、すにっぷ(SNP)とは、体質の違いの要因と考えられている“一塩基多型”を意味する遺伝学用語で、ここにも遺伝学を身近に感じてほしいというメッセージが読み取れる。

図2.ドクターすにっぷ 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳
図2.ドクターすにっぷ 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳

 個々のトピックについて、どんなワークと解説がされているか、簡単に紹介しよう。

1) 生き物と遺伝子の数

 ワークは、5種類の動物や植物のシールを、遺伝子の数の多い順に貼るというものだ。解説では、遺伝子を“体をつくる組立図”と言い換え、その数が生き物によって異なることをグラフで可視化する。遺伝子の数は“植物よりも動物の方が多いにちがいない”とか、“大きな生き物の方が小さな生き物より多いだろう” といった誤解されやすいイメージを覆すデータが意外性をつく。

図3.私たち人間より体は小さいが、遺伝子の数が多い生物の存在が一目でわかる。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“生き物と遺伝子の数”の解説ページより)
図3.私たち人間より体は小さいが、遺伝子の数が多い生物の存在が一目でわかる。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“生き物と遺伝子の数”の解説ページより)

2) DNA

 ワークは、2枚の絵の違い探しだ。DNAの塩基の組み合わせの違いに読者の意識を向ける。解説では、ドクターすにっぷが体の中のミクロの世界に入り込み、細胞、染色体、DNAの順にひも解いていく。目には見えないが、すべての生き物が必ず持っている“体をつくる大切な部品”として、DNAが確かに存在することが一目で分かる。

3) セントラルドグマ

 ワークはシール貼りで、5種類の食べ物のシールを、タンパク質の多い順に並べる。解説では、タンパク質が体をつくる材料であることを前提に、DNAの遺伝情報からタンパク質ができあがるしくみ“セントラルドグマ”を、①転写と②翻訳の2ステップで図解する。一連の流れが、部品や車のイラストで描かれ、読者はイメージを掴みやすい。

図4.DNA情報がRNAに①転写され、それが②翻訳されてタンパク質になる流れを、段階的に捉えている。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“セントラルドグマ”の解説ページより)
図4.DNA情報がRNAに①転写され、それが②翻訳されてタンパク質になる流れを、段階的に捉えている。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“セントラルドグマ”の解説ページより)

4) 体質

 ワークは違い探しで、女の子のまぶたが一重か二重かという違いに読者の意識を向ける。解説では、ほんのわずかな遺伝子の違いが、まぶたの形や背の高さなどの体質の違いに関係することを視覚的に訴える。また、食べているものや暮らす場所の気候といった環境要因も体質に関わることを、生活習慣病へのなりやすさを例に挙げて説明している。

図5.3つの体質(生活習慣病へのなりやすさ、体格、血液型)に遺伝要因と環境要因がどのくらいの割合で関わっているのか、イメージを掴みやすい。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“体質”の解説ページより)
図5.3つの体質(生活習慣病へのなりやすさ、体格、血液型)に遺伝要因と環境要因がどのくらいの割合で関わっているのか、イメージを掴みやすい。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(“体質”の解説ページより)

 さらに、付録として専門用語を視覚的に学ぶカードもある。“さいぼう”、“かく”、“タンパクしつ”などの用語とそのイラストが描かれたカードは、真ん中で2つに切って、絵を合わせて遊ぶ。

図6.ワークブックで学んだ専門用語を、イラストで楽しく効果的に復習できる。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(付録)
図6.ワークブックで学んだ専門用語を、イラストで楽しく効果的に復習できる。 出典:親子であそぼ!!遺伝子るんるん学び帳(付録)

実際にワークブックを手に取った子どもたちの反応は?

 やさしい言い回しや親しみやすいイラストを使っているとはいえ、内容はかなり専門的だ。子どもたちの反応はどうなのだろうか。東北メディカル・メガバンク機構の制作グループが、1歳から16歳の子どもとその家族(約100組)にワークをしてもらったところ、特に幼児から小学生の子どもがワークを面白いと感じるとの結果が得られたという。2017年4月12?30日には、全国に配布の希望を募ったところ、北は北海道から南は広島までの広範囲から約125件の申込みがあり、約300部を送付したそうだ。

グループは、親が子どもに読み聞かせることによって、親子で遺伝学への関心を高めてほしいと期待している。子どもたちにとって、親に絵本を読んでもらう時間は特別だというが、このワークブックはそんな大好きな時間を学びの機会につなげるきっかけになりそうだ。また、家庭内にとどまらず、科学館や学童保育などでの科学コミュニケーション活動のツールとしても活躍しそうだ。

じっくりと作り上げられ、進化を続けるワークブック

 東北メディカル・メガバンク機構では、地域住民が参加するコホート調査をはじめ、一般市民への遺伝学教育ツールの開発など、ゲノム医学を社会に還元する活動を行なっている。今回紹介したワークブックもその活動の一環だ。その制作背景や今後の活動について、本ワークブックの企画・編集を担当した、当機構助教で小児科医の小林朋子(こばやし ともこ)さんにお話を伺った。

Q. 子どもが楽しく学べる遺伝教育ツールは、遺伝学の専門知識だけでは難しそうですが、今回実現に至った経緯を教えてください。

A. 私は小児期の発達を専門とする小児神経専門医であり、また遺伝医療を専門とする臨床遺伝専門医でもあります。幼児対象の絵画教室を主宰していて、当機構の中ではGMRC(ゲノム・メディカルリサーチコーディネーター)として活躍している菅原美智子(すがわら みちこ)さんとの出会いもあり、小児向けの遺伝教育ツールを制作したいと考えました(菅原さんは本冊子のイラストとデザイン、データ編集を担当)。監修を担当した小児科医の鈴木洋一(すずき よういち)教授の賛同や、科学コミュニケーション専門の長神風二(ながみ ふうじ)特任教授らの協力を得ながら、ワークブック完成に至りました。

Q. 対象に、幼児から小学生を選んだのはなぜですか?

A. 小児期早期に、「遺伝学は面白い!」と感じてもらえれば、学校教育などでのその後の学びの機会に遺伝学への興味・関心を持ち続けてもらえるだろうと考えたからです。また、幼児から小学生の子どもは、親と一緒に行動するため、子どもが興味を示せば親も興味を示し、親の遺伝リテラシー向上へもつながるとも考えました。

Q. 具体的に、どのようにテーマを決め、内容を組み立てたのですか?

A. 一つの研究として、「遺伝の仕組みと生物の多様性を学ぶための幼児を対象とした遺伝教育ツール」とう研究題目のもと、制作に取りかかりました。幼児でも分かりやすく面白い内容にすること、科学的に正確であることを重要視し、2015年度に「DNA」と「体質」のワークシート(違い探し)をそれぞれ作成しました。2015年夏、当機構の調査に参加した2~15歳の子ども39人に、これらを試用してもらい、子どもとその家族から改良点や面白いとの意見をもらいました。2016年度には、「生き物と遺伝子の数」と「セントラルドグマ」のワークシート(シール貼)を作成しました。2016年夏も前年度と同様に、1~16歳の子ども56人に試用してもらい、高評価をもらいました。そこで、4つのワークシートを一冊にまとめることにしました。私にも幼児の娘がおり、制作途中随時、モニターになってもらいました。

 多分野の専門家の知識を盛り込み、子どもたちの声も聴きながら月日をかけて丁寧に作りあげられたワークブック。冊子の中身を見て体験した上で小林さんのお話をうかがうと、しかるべき道のりを経て作られた成果物であることが納得できるだろう。全国への配布期間は終わったが、ワークブックは今後、研究事業として宮城県内の小学校に配付される予定だ。また、次は遺伝情報を活用する「ゲノム医療」をテーマにしたワークシートを作成するなど、シリーズ数を増やしていく予定もある。

おわりに

 東日本大震災の被災地の復興に取り組むために設立された東北メディカル・メガバング機構が、今回のワークブックを全国に配布するに至ったのにはどのような意味が込められているのだろう。今後、個人の遺伝情報に基づいた「個別化医療」の時代が訪れると言われており、この機構でも、地域医療に寄り添いながら、そのような未来型医療を実現することを目指している。そのためにも、子どもから大人まで一人ひとりが遺伝学の基礎を知っておくべきだろう。被災地からの斬新な取り組みに、非常に前向きで強いメッセージを感じた。

(サイエンスライター 丸山 恵)

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